ひまわりのピース
僕が部屋に戻り、セロテープを探してからもう一度廊下へ出ると、少女は床にお尻をつけた姿勢で足だけを動かしバラバラになった絵本を蹴り飛ばしていた。後ろ姿を見る限りいじけている子供のようで可愛かったけど、横顔は車に轢かれた子猫のように潰れている。
僕は急いで廊下に散らばるバラバラになった絵本から表紙を探した。そんな僕を少女はチラリと見たけど足の動きは止めないでいる。
僕が表紙を探しだし少女に差し出すと、少女はやはりチラリと見るだけで足の動きは止めずに動かし続け、気持ち早く大きくなった。けれどそこにはすでに少女が全て蹴り飛ばしていたので絵本は無い。それでも少女は足を蹴り続けている。
僕は次のページを探す。すぐに見つかり表紙とそれをセロテープで繋げる。そしてまた次を探し、それを繋げる。ページは見なくても分かる。絵本を読む少女の声を毎日聞いていたから。頭の中で少女が絵本を読み、それを僕が拾う。たまに少女は言い間違えているけれど、僕も絵本は覚えているから大丈夫。一枚、一枚と繋げていき絵本を完成させていく。少女を見ると顔がこちらを向き、足の動きが遅くなっていた。
僕は絵本を拾い、それをセロテープでとめる。その度に物語が進んでいくので、まるで僕が物語を作っているようだった。バラバラになって散らばっている中から一枚を選び、それを繋げて物語を紡いでいく。
その絵本は少女が毎日読んでいて、毎日世界中の誰かが読んでいて、みんな知っている絵本だけど、僕も暗記した絵本だけど、今僕が手に持つセロテープでとめてある絵本はまだ途中しかなく、次のページは僕が探し僕がとめる。新しい物語を僕が作っているんだと誇らしく思えた。
人生もこうだといいのに。
人生は決まっているのかもしれないけれど、終わりの絵は用意されているのかもしれないけれど、僕はまだ先を知らない。結末を見ていない。きっと僕の事だからつまらない幸せでない最後のページがあるんだろうけれど、それでも僕は散らばった中から選び紡いでいく。次はこれかな? あれかな? と選びながら人生を紡いでいく。それだったら楽しいだろうな。きっと絵本を読んでいくようにドキドキハラハラとして楽しいに違いないだろうにな。
そう思ったらとても大事な事をしているようで、僕は緊張してきた。間違ったら大変な事になってしまうので慎重に選ばなければいけない。僕が拾い僕がセロテープでとめているけれど、これは少女の絵本なんだから、少女が毎日読んでいたのだから、適当に拾って気安くとめてはいけない。
最後のページは幸せで綴じないといけない。悪い巨人に追い掛けられるページで終わってはいけない。
そう考えると僕はますます緊張してしまって、次のページが分からなくなってきた。頭の中の少女の声は止み、僕の記憶も途切れてしまう。バラバラに散らばっているページの絵がぼんやりとにじみ出し、どれも同じ絵に変わっていく。その絵は鳩の糞に似ている。
僕は絵本を拾えなくなった。鳩の糞が描かれたページが襲ってきそうで怖くなり逃げ出したくなった。頑張って勇気を出し絵本を拾わなくちゃと思うのに、ポケットの中の物が重みを増し尖った刃先で服を破り出てこようとする。黒く固まった僕の血をジャリジャリとこぼしながら、次の新しい血を欲している。
視界に動く物があった。そこには少女しかいない。
僕は右手をポケットに入れる。そこにはナイフがあるはず。血を欲したジャックナイフがあるはず。
視界の中で少女が動く。
僕の右手がナイフを探す。
視界の中で動く少女を僕の目が追う。
それに合わせ僕の右手はポケットの中のナイフを探し続ける。
少女はお尻を床につけたまま、トコトコと移動した。そこにはバラバラに散らばった絵本がかたまって落ちている。そこまで移動して、また足を蹴飛ばす。
けれど今度は今までみたいにバタバタとは動かさず、一度だけ足を蹴飛ばした。大きく強く一度だけ蹴飛ばした。
散らばっていた絵本のかたまりの中から一枚だけが、とても元気よく明るく飛んでいく。まるで楽しそうに駆け回る子猫のようにリズムよく跳ねていく。もしかしたら少女はその一枚だけを蹴飛ばしたのかもしれない。
その一枚はあちこち跳び跳ね回りながら僕の方へとやって来て足元で止まる。その絵はまだぼやけていたけど鳩の糞ではなかった。何の絵か分からないけど、僕はそのページを手に取ってみる。とたんにそのページは絵本の絵となった。しかもそれは僕が探すはずだった次のページ。絵本を、人生を、紡いでいく為にセロテープでとめるべき次のページだった。
僕が驚いていると、少女はまたお尻を床につけたままトコトコと移動して次の絵本を蹴飛ばした。それも楽しそうに駆け回り、やはり僕の足元で止まる。僕は大慌てでページをセロテープでとめていく。すでに少女は次のページを見つけてトコトコを移動している。早くしないと僕の足元に絵本が溜まっていってしまう。僕はセロテープを切るのももどかしく急いでページを繋げていった。
僕は嬉しかった。少女は絵本の続きを間違えることなく正確にページを届け続け、それをとめていく僕の右手にはナイフが握られていなかった事が。
僕の右手はポケットの中のナイフを探していたけれど、そこにナイフは入っていなかった。セロテープを取りに部屋へ戻った時に僕はナイフを部屋へ置いてきたんだ。鳩やふらつく靴を裏切ってやったんだ。僕のポケットからナイフを追い出してやったんだ。
僕は嬉しかった。
また次のページが僕の元へ送り届けられてきた。今度は少女が直接持って来た。そして僕の顔を見てはにかむと、すぐさま次のページの所へ走っていく。少女も駆け回る子猫のように楽しそうだ。
セロテープでとめる作業に追われ忙しかったけど、僕も楽しかった。




