Alaska-3
2022\10\23
08:59
「第一滑走路に降下したようだな」
へッドホンを通じて、ミラーの声が耳元で囁きかける。
ミラーはいま司令部、まだ死体が幾つか転がってる司令部で、基地内の様子を隈なく確認しているはずだ。
「第一、となると俺が相手を?」
「その必要は無いヤコブ、ジョセフに任せてある」
厚い鉄筋コンクリートの屋上、降下した敵同様の烈風のなか、横たえた体を起こしてダネルNTWの銃身を担ぎ上げる。
「移動するか」
「ああ、今は東だな。 じゃあ北側の屋上にいてくれ、そのうち敵が来る」
「敵は南の海から来るんだろう?」
「その通りだ。 だが、そっちから来る」
「…了解した。 あんたに従うさ」
ミラーの考えに間違いがあったことは、今までに一度もない。
いつも突拍子も無いことを言って、俺たちをその度に困惑させたものだが、あいつは自信たっぷりで、しかも… 外したことは無い。
態勢を低く保ったまま、左に回ってゆっくりと歩く。
敵のブラックホークとヴァイパーの目がある以上、頭を重力に逆らわせてダッシュするわけにはいかないし、熱探知を防ぐためにも走って体温を上げてはいけない。
「もうすぐジョセフがそっちに行く」
空を見上げると、低い、威圧感のある音声が風の隙間から降ってきた。
F-35が積む、プラット・アンド・ホイットニーF135ターボファンエンジンの喚き声が、恐らくブラックホークの場所にまで響いている。
「パーティーの時間だぞ! クソッタレどもが!」
珍しく嬉しそうな声で、ミラーが叫んで、罵倒文句を吐いている。
F-35の機影は頭上を通過し、機関砲とAIM-120を同時に発射、滑走路上のブラックホークを一瞬で砕いた。
「get down get down!」
ブラックホークの破片が火を吹きながら空から降り注ぎ、目の前に下半身を失ったパイロットの死体が落着した。
「oh my god…」
顔を真っ白にして呟き、頭を必死に腕で覆う。
白い周囲の風景に、赤く燃え盛るブラックホークの残骸が明かりを灯して、惨烈なガソリンの匂いが周囲を包む。
「クソ! 司令部! ブラックホークが落ちた! 敵のF-35が出てるぞ!」
「なんだと? そんなことはあり得ん!」
「あり得ない? 何を言ってるんだ!現に目の前にパイロットの上半身が転がってやがるんだ!」
隊長が必死に叫び、立ち上がってM8A1を掴む。
「お前たち、とりあえずここを離れるぞ!」
全員で必死に頭を縦に降り、パイロットの死体を横目にし、滑走路上を基地に向かって走り出した。
もしアレが、ブリーフィング通りの垂直離着陸の、ホバリング可能なモデルだとするなら、自分たちも、もちろん嬲り殺しにされる危険がある。
頭上でヘリが破壊される爆発音が、これ見よがしに響き渡って、後ろから金属が崩れることを示す声が聞こえる。
「あああっ!!」
「イーサン! 大丈夫か!」
走りながら振り返ると、空を破砕されたヴァイパーの破片が散り、イーサンがローターの下敷きになっている。
「止まるな! 俺は大丈夫だ! すぐに出れる!」
「急げ!」
隊長が叫ぶ。
が、前方に二機目のブラックホークが墜落し、大量の破片が転がって、重大な障害物となった。
「あのクソ戦闘機め!」
「デリンジャー1! デリンジャー1! これ以上の航空支援は出来ない! 我々は離脱する!」
「suck my dick! 勝手にしろ!」
ヴァイパーのパイロットが恐怖に駆られた声で叫び、誘導ミサイルを警戒してかチャフを撒き、海に向かって機首を曲げた。
二機のヴァイパーは先を争うように、海に全速力で走る。
「逃げ足だけのクソッタレめ!」
隊長が苛立ち紛れに罵り声を上げたが、みんな生き残りに必死で、そんなことはとても気にしていられない。
「隊長! 逃げないと!」
爆音の飛来に耐えかねて、耳を塞ぎながら空を見上げる隊長に絶叫し、あと200mはあろう基地まで走る。
「もうすぐだ! もうすぐだ…」
息も絶え絶えに呻き、フェンスのドアをこじ開けた時、
「…………神よ…」
少し出遅れた隊長が膝を突きながら呟いた。
傷ひとつないF-35が、基地への道を遮るように、目の前に滞空して地面に影を落としながら、搭載された機関砲の火蓋を切る。
「アアアァァァァ!!!」
前線の状況を伝えていた無線は、恐怖と激痛の旋律を残して途切れた。
「クソ! 応答しろ!」
司令艦橋のデスクに着いた大佐が叫び、やがて諦めてデリンジャー1への通信マイクを外した。
「大佐…」
「ジョニー、情報の訂正が必要だ。 敵は戦闘機の運用が可能だ… それも複雑なF-35 STOVLとなれば、F-15も操縦可能と考えていい…」
「癪ですが、空軍に頭を下げますか」
「そうするしかあるまい…」
初老の男は頬杖をついて表情を曇らせている。
「その必要はない」
「ロドリゴ中将!」
何の前触れも無しに、多数の護衛を引き連れた将軍が司令艦橋に現れ、大佐含めオペレーターは立ち上がって敬礼を送った。
「ジョン・パークス中尉、ヘンリー・トンプソン大佐、現場で全て決められては困るな。 この作戦は陸軍と海軍の物だ」
「なんですと?」
思わず聞き返し、大佐がやめろという視線を送ってきたが、もう遅かった。
「なんですと? 空軍に嘴を入れさせてはならない。 この案件は我々だけで処分可能だ。 敵はたかだか五十人とおまけに過ぎない、解決出来なければ、我々の面目が立たぬ。 答えはこれで十分だ」
冷厳とした顔つきの老人は、わかったか、小僧、という睨みをきかせ、再び水密ドアの向こうに消えて行った。
「ジョンソン、聞いてくれ」
「…なんだ?」
硬い髭を撫で、ヘッドホンを耳に押し付けて、聞き取りやすくする。
「敵は航空機の運用能力を有している事がわかった。 デリンジャー1は壊滅、ブラックホーク二機が潰されてヴァイパーは三機のうち二つが叩き落とされた」
「悲劇だな…」
「残った一機はそっちに向かってる。 お前達の降下を支援するということだ」
「盾か」
「……つまりはそうだ。 降下地点を変更する。 デリンジャー1は第一降下ポイント、第一飛行場で壊滅した。 デリンジャー2は基地の反対側にある、第二飛行場に降下するが、お前達デリンジャー3は基地の北の山中に降下しろ」
「東に迂回?」
「ああ、高度を下げてレーダーを回避し、東を回って北に入る。 後発でこれからサンド1とサンド2が発進してそっちに向かう。 先の大戦から活躍してる精鋭だ」
「逆に、なぜ新米ばかりが送られたのかがわからないがな」
嫌味な口調で、励まそうとしているジョニーに答えた。