Alaska-2
2022\10\23
08:31
ブラックホークの機体が浮かび上がり、寒風吹き荒ぶアラスカへ向かう。
窓を見下ろすと、雨で重くなった軍服を引き摺り、役目を終えた大佐が甲板を歩いていた。
「ジョンソン、俺を覚えてるか?」
耳に装着してあるヘッドホンが、ここ一年会っていない、懐かしい男の声を出力する。
「お前は… ジョニー…」
「そうだジョニーだ。 俺は司令艦橋で作戦のオペレーターをしている。 念願の司令部詰めだ」
「そうか。 死ななくて済むからな」
たった一年会っていない内に、ジョニーが昔持っていなかった落ち着きを得ているようで、なにかしらの哀愁を覚えてしまった。
「よし、俺が知ってる限り、お前は一年間銃を触ってないな?」
「まあそんなとこだ。 予備役に入ったからな」
2020年、世界をズタズタに切り裂く第三次世界大戦が勃発した。
数年間続いた戦争は、アメリカの影響力の失墜を招いたが、北米大陸に侵入したネオタリバンの駆逐に成功、攻勢の終焉により終わりを告げた。
未だにアフリカ、アジアでは戦闘が続いているが、概ね敗者による勝者への悪足掻きであり、小競り合い程度だ。
戦闘により重傷を負った俺は、予備役となって、安全な後方に退いていた。
「俺はまだマックと隊長の八つ当たりが終わってないんでな。 オバマに言われても引き下がるわけにはいかねぇ」
「そうか」
ブラックホークの機内に同乗する部下達も、ジョニーのふざけたジョークを聞いているらしく、小さな苦笑を漏らす。
「そうだった、作戦の詳細だ… 」
まずは反逆者の頭目、NAVY SEALsスリーパー隊の四人についてだ。
隊長格とされるのはアドルフ・ミラーというクソッタレ。
こいつは豹変する前からスリーパーの隊長だった男なんだが、訓練などでわかっている範囲では、スリーパーで最もキレる上に強い。
狙撃、小銃射撃、拳銃射撃、近接格闘、閉所戦闘、サバイバル、筆記試験、etcetc…
全てにおいてNAVY SEALsでも指折りの達人、期待の新人で、俺達同様若くして兵士だ。
NO.2とされるのは、ジョセフ・バンフィールドというクソッタレ二号だ。
サバイバルのプロにして近接格闘の猛者、ジョセフ・ミラーの右腕とされている。
クソッタレその三がジェーン・ハラダという日系の女性兵士。
昔入隊していた日本国民海軍でも特殊部隊に所属していた経験があり、それを買われてヘッドハントされたようだな。
四人目がヤコブ・クーパー、ファッキンスナイパーだ。
スリーパーで唯一、先の大戦の頃から米軍属で、ハワイの戦闘では一日で日本兵百人の頭を砕いたとされる。
「戦闘経験があるものは少ないが、怪我を負って隠居した若老いの元特殊部隊よりは、優れているかもしれないな」
「それは当て付けなのか?」
「そういう鈍くなった所を言ってんだぜ? これじゃあの特殊部隊に勝てるかどうか…」
「見くびるな、俺も特殊部隊だ」
「なら頼むぜ、次は海軍の裏切り者についてだ」
海軍の陸上戦隊は、先の大戦後に重要視された、「守りの殴り込み部隊」だ。
アメリカの国土を占領した敵を駆逐したくとも、海兵隊は多方面に出ていて戦力が集中出来ないことがあった。
海軍は海兵隊抜きに陸上戦闘を行いたくなったが、その為の技術などが足りなかった。
だから大規模な陸上戦闘は難しく、苦汁を舐める結果になった。
反逆者はそのノウハウを学ぶために、陸軍と海兵隊から招聘された混成部隊、戦闘のプロ達だ。
先の大戦に参加していた者が多く、一人一人が他に行けば中隊長辺りになり得る資格を持っている。
荒れた海面の先に、アラスカの寒気がするような大地が現れ、波打つ海をこちらに押し出している。
夏の隙間を縫って活動しているのであろう、寂れた漁港がその大地に貼り付けてある。
「もう十分くらいで降下地点に着くはずだ。 俺は黙ってるから自己紹介でもしとけ」
ジョニーが変な気を使って無線連絡を切り、ヘリの機内に外気のように冷たい沈黙が訪れる。
「隊長、質問してもいいですか?」
すぐ目の前の黒人の部下が、軽く手を上げた。
「…なんだ?」
「隊長は先の大戦の頃から?」
「ああ、あの戦争が起きる数年前から」
海軍に入隊し、その後は陸軍に入ってアフガンで認められ、試験と訓練を受けてデルタのスパイダー隊に迎えられてから、まだ十年と経っていないだろう。
「お前は? 名前も教えてくれ」
「私はアイザック・リチャードソンです。 去年陸軍に入ったばかりでして」
黒い目を歪めて笑い、一等兵の階級章を示す。
「というと、隊長は、"先の大戦の英雄"ってやつですか?」
ヘルメットを被らず、黄色に近い金髪を誇示する若い男が、笑みを浮かべて茶化した。
「お前の名は?」
「トーマス・アイゼンハワー、大統領とは関係ないぜ? 質問に是非答えて頂きたいな」
先の大戦の英雄とは、戦後、政府が濫発した勲章を受けた者のことだ。
生き残った兵士は皆貰ったと言っていいほどで、勲章の名はそのまま大戦英雄勲章だ。
ある者は尊敬を込めて、ある者は親愛を込めて、またある者は、例えばこのトーマスのように、冷やかしを込めて先の大戦の英雄、と呼ぶ。
「そうなるな。 気にしたことはない」
「では隊長はどれほど英雄なんです?」
化けの皮を剥がしてやる、という意思があるらしく、詰め寄るように質問を重ねた。
「…目が片方見えないくらいだ。 死んではいない」
ドアに寄っかかっているトーマスからは確認できない、死んだ右目を見せつける。
言うなれば、瞼から眼球がそのままくり抜かれたような風貌になっている。
「T-90の砲弾が目の前で弾けやがってな…」
「………」
トーマスにとっては気味が悪かったのか、予想外だったのかは知らないが、それきり黙って時計を気にし始めた。
「隊長はデルタなんですか?」
トーマスとは違って、生真面目にヘルメットを被りヘッドホン付けた女性兵士が、おずおずと声を上げる。
「ああ、少なくとも昔はそうだった」
「いまは?」
「追い出されたはずだ。 …君の名前を聞きたいが」
「あ、私は」
彼女は何故か慌てた風になり、白い顔を赤らめてポーチをまさぐり、包帯やれ注射やれを機内に転がす。
「エミリー・マルティネス特技兵、ドッグタグはシャツの内にしまっておけ」
「あれ…」
どうやら目当てはそれだったらしく、釈然としていないのと、恥じらいが入り混じった微妙な顔でソフトアーマーの中に仕舞い込んだ。
「ジョンソン、先発のデリンジャー1とデリンジャー2が降下を開始した」
「急げ! ジェイコブさっさとしろ!」
ホバリングしている、二機のブラックホークのドアが開かれ、それぞれ二本のロープが垂らされて、兵員が雪が吹き付ける滑走路に降りる。
もちろん三機のヴァイパーが、周囲を警戒しながら飛行し、迎撃に敵が来たらすぐに攻撃出来る態勢でいる。
「クソッ、ク、クリア!」
ジェイコブ軍曹は、ハーネスを外してM8A1カービンライフルを周りに突きつけた。
アラスカの烈しい寒風と、暴れ狂う降雪という気象条件が、暖かいヘリを飛び出したジェイコブの体温を、容赦無く奪って行く。
さらにクリアと叫んだものの、風で仲間には聞こえていないだろうし、白い雪のせいで視界はかなり悪い。
鼻水が意識とは裏腹に流れ、鼻に吸い上げようとすれば、殺人的な寒気が鼻を通り、喉を通り、肺に達して痛覚が悲鳴を上げる。
「大丈夫か、ジェイコブ」
「あ… 隊長…」
気が付くと、分隊のみんながもう後ろにいて、出発しようとしきりに口にしている。
「お前は寒がりだからな、さっさとこんなクソッタレな場所は離れよう」
「ラ、ラジャ」