第一話 学校占拠
はじめまして。田舎の靴磨き屋というものです。
この小説に触れてくださったことに感謝申し上げます。
それでは、作品をお楽しみください
201X年12月24日朝。
空は快晴で、先日降った雪も少しは溶けはじめていた。
三連休も終り、皆大なり小なりの憂鬱をもって通勤や通学をしている。
私立八坂高校普通科2年3組の生徒、安藤慎也も、ほかの生徒や教員にまじって、学校の最寄駅である私鉄八坂駅を降り、若干の面倒くささをもって、登校している。
彼は174センチある身長に、中性的な、どちらかというと女性的な顔立ちをしている。今年の文化祭では女装させられ、皆から「似合いっている」と言われ、笑われた。
今は学校指定の青いブレザーの上に、コートを着込んでいる。
「ねぇ、慎也」
ん?、と慎也は横にいた幼なじみでクラスメイトの小松はるかのほうを見た。
はるかは、女子の方では背は高い。肩まで伸びた黒い髪を後ろで縛っている。柔道で鍛えられた体は締まっており、手足はすらりとして長い。
凛々しく、整った顔立ちや気が強く活発な性格は男子よりも女子に人気がある。
しかし、はるかは珍しくどこか落ち着かない様子だった。顔も慎也の方を向いておらず前のほうを向いて、うつむいていた。慎也に思わせれば、もじもじしているという感じがした。
「今日、午前で終わりだよね」
「そうだな、ホームルームがあって、終業式があって――それで今日は終わりかな」
でも三連休あけに一日やるとかいじめだよな、慎也がそう言おうって笑おうとした時、あのさ、とはるかが言葉を出した。
「学校終わったら、暇?」
「暇だけど」
「それじゃあ、今日ちょっといいかな?」
慎也はいいよ、と即答した。はるかの顔が明るくなる。
「じゃあ、どこがいいかな? 駅前のマクロは混みそうだし、ストガがいいな」
はるかはえっ、と慎也の顔を見た。
「いや、昼飯だろ?」
はるかは一瞬驚いたような表情をしたが、すぐに頬をふくらませた。
「おっはよー!」
後ろから、とびきり明るい声が聞こえた。
振り向けば、クラスメイトの山下正則がいた。誰とでも溶け込める明るく、実は気配りのできる性格とほりの深い、整った顔立ちは女子に人気だった。
「おっ、何か小松何か今日元気なくね?」
もしかしてあの日?
そう言ったとき、はるかは拳で正則の顔を殴った。
「いてぇ! 顔はやめろよ! ボディにしろ!」
そういうと、じゃあ、とはるかは正則と正面で向き合い、腹に一発パンチを決めた。
「冗談だったのに・・・」
そういって崩れ落ちる正則を見て、慎也は吹き出してしまった。
強い風が舞った。
慎也の足元に何かが絡みついた。新聞だ。
『北朝鮮、内戦状態から3ヶ月 未だ収拾の目処が立たず』
一面の見出しにはそう書いてある。しかし、慎也はそれを読まずして、新聞を払い除けた。
10時すぎ。
2年3組ではホームルームを終えていた。
「それでは、終業式は10時半からです。それまでに体育館に移ってください」
髪を短くした、若い、美人の担任教師、青野恭子はそういうと、教台から降りて、教室をあとにした。
生徒たちはおのおのに立ち上がった。
正則は今頬とお腹に痛みが残っているようで、頬とお腹をさすっている。
「大丈夫か?」
慎也がそう言って近づく。
「まあ、なんとか・・・」
「ヤワね、鍛え直したら?」
慎也の後ろからはるかが近づいて言った。
「ひでぇな、小松」
そう言って正則ははるかを見た。はるかはやりすぎたかなと、何か罪悪感に苛まれ、制服のポケットをさぐった。
「これ、あげるから許して」
出したのは、キャラメルだった。
関西のおばちゃんみたいだな、そう正則は思ったが、何かされると怖かったのでいうのをやめ、ありがとう、と一粒受け取った。
「俺の腹が痛いのもそうだが、恭子ちゃん、最近なんか調子悪そうじゃないか?」
正則はそう言った。慎也やはるかは、そうかな、と言って首をかしげた。
「んー、何か元気がないっていうかね、緊張しているというか」
3人は考え込んでしまう。と、正則は、自分の目の前を通る、小柄で髪の長い女の子に気がつく。
「居村!」
大きな瞳をしたその子は、正則の方を振り返った。
「おはよう」
正則がそう言って微笑むと、居村千草は口角を上げ、おはよう、と返した。
千草は、高校入学と同時にこの辺にやってきた少女だった。あまり人付き合いもなく、おとなしい少女だった。
体も丈夫ではないのか、休むことも少なくなかった。
はるかは、正則と自分の状況を重ね合わせ、頑張ってほしいと思った。
誰もが、こんな日常が続くものだと思っていた。
しかし、刻一刻と、その日常を破壊するものがやってくるなど、この学校にいる誰もが想像しなかった。
私立八坂高校は東京都西部――新宿から電車で30分、私鉄八坂駅を降りて、歩いて10分のところにある。
周囲を住宅街に囲まれた、ちょっとした小高い丘の上に立っていた。
いわゆる普通科の他に、国際教養科、芸術科、情報科と専門学科が3つもあり、在校者数は1000人近い。
A~Fまで記号が振られた6つの校舎に、第1体育館と第2体育館、校庭、プールなどで構成され、周りを森に、さらに丘をぐるっと赤レンガの塀が囲んでいた。
数年前に不審者が校内に侵入したという事案が発生してから、監視カメラがあちらこちらに付けられた。
大きな正門には、守衛がいた。
終業式が始まる頃、詰所にいたのは若い男だった。まだ守衛になりたてである。
彼は高校の守衛に採用が決まった時、女子高校生と話ができたりするのではないかと思っていた。しかし、所詮は彼の妄想だった。
高校生と話す機会なんてなかった。まあそれでも、女子高生を間近で見れるだけでも良しとするか。
守衛がパイプ椅子に座って、そんな気ままなことを思っていると、1台のワゴン車が入ってきた。
ワゴン車は一旦詰所の前で止まる。守衛は立ち上がった。ワゴン車の後部座席から、コートを着た、大柄の男が降りてきた。
守衛はどうしましたか、と聞く前に、男は胸元から拳銃を取り出し、銃口を守衛に向けた。
その拳銃が旧ソ連製のマカロフPN拳銃を北朝鮮国内でライセンス生産した66式拳銃であるということは、この守衛にはわからなかった。
後ろではワゴン車が校内に入り、それに続いて3台のトラックが入っていった。
大柄の男はいった。
「校門を封鎖しろ」
ワゴン車とトラック2台はA校舎――事務室などが入った建物で、全校生徒の下駄箱や通用口などがあり、校舎に入るためにはここを通らなければならない――の前に止まった。
ワゴン車から4人降りてきて、3台のうち、2台のトラックのコンテナが開かれる。そこから、それぞれ十数人の人間が降りてきた。
全員が防弾チョッキやジャケットを着ている。また小銃も全員背中に抱えるか、両手にもつか、していた。
彼らが持っていたのは木製の銃床とコッキングレバー、バナナ型の弾倉が特徴的な、旧ソ連製の名小銃、AK47自動小銃を北朝鮮でライセンス生産した58式小銃だった。
他にもPK軽機関銃の北朝鮮モデル、82式軽機関銃や、7号発射管と北朝鮮国内では呼ばれる、筒状の対戦車兵器RPG7ロケットランチャーをもっているものもいた。
彼らは半分に別れ、半分は校内へ、もう半分はもう1台のトラックへ向かう。
もう1台のトラックには、弾薬や物資、それに14.5ミリの口径をもつ強力な重機関銃が2門付けられたZPU23対空砲や14.5ミリKPV重機関銃が数門、さらに大量のプラスチック爆薬が入っていた。
ワゴン車の助手席から、ひとりの男が降りてきた。
細身で、顔立ちは上品な感じもあるが、眼光は鋭い。40代くらいに見える。
彼もまた、58式小銃をもっている。
と、校内放送が流れた。
『け、警備室より全校にお伝えします。正門に玄関にコウカンビンが発見されました』
なるほど、緊急時にはこうして不審な侵入者を伝えるのだな。しかし遅いぞ。
彼――イ・クアンシュは小銃を構えると、学校に入っていった。
校内放送に体育館で校長講話をきいていた生徒や教師たちは混乱していた。
校長も話をやめ、どうしようかとオロオロしている。
立って校長の話をきいていた生徒たちもざわつきはじめた。
不審者の侵入に冷静に対応しようとする教師もいたが、事態の展開の方が早かった。駆け足で体育館に、銃をもった人々が突入していく。
何かのアトラクションか、テレビ番組のどっきり企画か、そう思った生徒も少なくなかった。
慎也も何が起こったかわからず、周りを見渡した。はるかも、正則も同じ表情だった。
彼らは生徒たちを包囲し、出入口を封鎖した。教師たちも包囲の輪のなかに入れさせられた。
校長は唖然とした顔でそれを見ていると、ステージの隅からひとりの男が上がってきた。
クアンシュだった。彼は小銃を背負い、校長に言った。
「あなたが校長先生ですか?」
流暢な日本語だった。校長はうんうんと頷いた。
「では降壇してください、これからは私の命令に従うように」
校長は足を震わせながら、ステージを早足で降りた。
彼はマイクの前に立つ。
「皆さん、こんにちわ」
男はそう言うと一礼した。誰もそれを返すものはいなかった。
「私たちは朝鮮民主主義人民共和国―――みなさんのいう、北朝鮮から来たものです」
男は周りを見渡した。全員が男を注視している。
北朝鮮―――朝鮮民主主義人民共和国は今、内戦状態だった。
はじめは元山市で暴動が起こった。国内で異常気象や災害が続き、食料に困った人々が軍の備蓄食料庫を襲撃したのが原因だった。
そしてその暴動が各地で波及し、やがて平壌市で一部軍によるクーデターが勃発すると、現政権を打倒すべきという反政府勢力と、体制を維持したい政府側――朝鮮人民軍とに国が二分された。
北朝鮮は、国家としての体裁を保てなくなっていたのである。
周辺諸国は積極的介入を避けた。核武装をした、巨大な負債を持った独裁国家の崩壊に、どのように介入すればよいか、わからなかったからである。
内戦は泥沼化、膠着状態に陥った。
その過程で多くの被災者が生まれた。戦火を逃れるため、難民になろうとする人民も多くいた。
しかし、周辺諸国は国境を封鎖。中韓が国境や軍事境界線近くで避難民に対して物資の支援等は行うが、亡命や流入は、厳しく厳罰された。
日本も、日本海に海上保安庁を増強、さらに海上自衛隊に対して海上警備行動を発令し、北朝鮮難民の流入を防いでいた。
「私たちは困窮の淵にある朝鮮人民を救うため、この学校に立てこもることを決断しました」
クアンシュは言った。
「よって、貴方がたは私たちの人質になってもらいます。今後は私たちの指示に従ってください。さもないと、最悪危害を加えます」