表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

あかいせの短編シリーズ

とある冬の、コンビニから。

作者: 赤井瀬 戸草

 とある冬のことだ。片田舎の工務店でオヤカタと呼ばれている親父が、電車から降りてきた。

 今日は特に依頼もなく、事務職は工務店の会計士に任せてあるので、親父はとっとと家に帰ってきたのだった。

 今日は、ずいぶんと寒い。今はまだ十一月の末だが、今日の冷え込みは一月の一番寒い日にも引けをとらないような寒さだと、ニュースでも言っていた。

 親父は電車から降りてホームに立つやいなや、すぐさま駅の近くのコンビニへと向かった。土日にパチスロでもしに行こうかと考えていた親父は、雑誌のコーナーで胡散臭いパチスロ攻略雑誌を読みふけった。コンビニの店員が怪訝けげんな目を向けてくるのなんか気にも留めなかった。

 親父はこんなだから、未だに独身なのだった。

 親父は雑誌を一通り読み終え、家に帰ろうとコンビニの扉を押した。途端、冷たい皮膚を刺すような風が、親父の横をびゅうびゅうと吹き抜けていく。

「……今日は寒いな」

 少し温まりたくなった親父はコンビニに戻ると、温かい缶コーヒーと湯気が立ち昇る肉まん、そして猫舌の親父にはとても熱いぐらいのおでんを買った。店員は怪訝な声で「ありがとーござぁっしたー」とやる気のない声で親父を外に送り出した。

 駅前に出た親父。さて、家に帰っておでんでも食いながら録画してある時代劇の続きでも見るか、と親父が心の中で些細な予定を立てたときのことだった。

 風船を持った子供が、大きな、大きな声で泣きじゃくっているのだ。

 近くに親はいない。というか周囲にいる大人は親父一人だった。

 親父ははぁ、とため息をつくと子供のところへと行った。

「全く、最近の親は無責任なもんだ」

 親父は小さくこぼした。

「おい、そこの泣いてるがきんちょよ、母さんはどうした?」

「ママね、かえっちゃったの。ぼくがね、わがままだからね、『そんなこはママしりません』っていっちゃったの」

「そいつは大変だったな。ほら、おでん食うか?」

「うんっ」

 親父は袋の中からおでんを取り出すと、子供に箸と一緒に渡した。すると、子供はおでんのつゆから立ち上る湯気を嬉しそうに見つめた後、大根にかじりつき、卵にかぶりつき、つゆをゴクリと飲み込んで満足そうな表情をした。

 子供は快活にはにかんだ。

 そこへタイミングよく、母親も走りよってきた。子供が心配で戻ってきたらしい。

「ユウ君!」

「ママぁ!」

 二人はひっしと抱き合った。子供は嬉しくてまた泣き出し、母親は我が子を慈しむように頬ずりをした。

「本当にすいません、ありがとうございました」母親は親父にお礼を言う。

「いやいや、坊ちゃんが困ってたもんだから。あんましお気になさらず」

 親父は謙遜すると、袋を手首にげ、リュックサックをふたたび背負いなおした。

「おじちゃん!」

 親父が後ろを向くと、子供が風船のひもを握っている手を差し出していた。

「おでんおいしかったから、おじちゃんにあげる!」

「ほう、そいつは嬉しい。ありがとうな、がきんちょよ」

 親父は子供に豪快な笑顔を向けた。

「うん!」

 子供は親父に風船を手渡すと、パタパタと母親に走りよってから手を繋いでどこかへ行った。

「さてと」

 親父はまた家に向かって歩き出した。

 子供におでんをやってしまったので、家に帰っても食うもんは何も残っちゃいないのだけれど、コンビニに戻るのも面倒だった親父はそのまま家へと歩いた。

 親父は帰り道の間、ずっと風船の使い道について考えていた。

「ふむ、どうしようか……」

 そこで親父は、自分の名刺をくくりつけて見ようかなあと思った。それをどこか遠くに飛ばせば、風船が割れたとき、名刺が落ちて工務店の宣伝になるかなあと考えたのだった。

阿呆あほだな」

 親父は名刺を風船にくくりつけたところでそう考えた。五分前に自分が考えた事ながら、あと十年も待たずに還暦を迎えるおっさんの考えることではない、と自分で否定した。まあ、親父のこのときの発想は世間的にも常識からかなり逸脱していたことには間違いがないだろう。

「キャアアアアアァアアァァアアァァ!」

 そんなことをしながら歩いていると女性の甲高い声が、いきなりそこいらの路地裏から聞こえてきた。

「おい、どうする?とりあえずスカートから剥いで、次にパンツ破っちまうか?」

「おいおい、女とやるってのはじわじわと行くもんなんだよ。まずは……」

 親父はどうやら二人組みの男が乱暴を働こうとする場面に遭遇してしまったらしい。

 親父は、自分の中で熱い何かと、悪を憎む何かが胸の奥でごちゃごちゃとじってたぎるのを感じていた。親父はこの世に生まれてから五十三年間、一度たりとも自分の中の正義を裏切ったりしたことはなかった。

「最近の糞餓鬼くそがきどもは……っ!」

 親父は風船をその辺の街路樹にくくりつけると、すぐさま路地裏に駆け込んでいった。

 路地裏は、捨てられたごみやらなんやらで散らかっていた。そんな中、壁に女を押さえつける男達と、泣いてぐしゃぐしゃになった顔で親父を見る女がいた。

「あぁ?なんだおっさ……んぶぅっ!」

 鬱陶うっとうしそうに歩いてきた金髪の男を、親父は迷わず殴り倒した。バットで木をへし折ったかのような太い衝撃音が響いた後、金髪男は倒れてそのままのびてしまった。

「ったく、ちっとは恥を知れ!」

「てっめぇ!何してんだじじい!」

 残ったピアスの男は女をゴミ袋の山に投げ捨てた。

「キャッ!」

 男はメリケンサックをはめると、大きく振りかぶって親父に殴りかかってきた。

 堅いものと堅いものがぶつかった鈍い音が、路地裏に響く。

「……あれ?」

「……お前さんも殴ってきたんだ。わしがお前を殴っても、文句は言わんよな?」

 そう言う親父の頭から、つぅ…と血がひとすじ流れる。しかし、親父は揺るがなかった。

「ぇ、あのっ、ちょ……ぅぶふっ!」

 親父の鍛えられた太い腕で殴られたピアス男は、金髪男と同じように一撃でのびてしまった。

「最近の餓鬼どもは軟弱なやつばかりだな、見た目ばかりだ」

 親父は汚いものでも付いてしまったかのように手を払うと、地べたに座り込んで唖然あぜんとしている女の下に駆け寄った。

「あんた、大丈夫か?」

 親父は女にそのごつごつした手を差し伸べた。女もその手をとる。

「はい。あ、ありがとうございます」

「ただでさえ女の一人歩きは危なっかしい。冬は日が落ちるのが早いから尚更な。あんた見たいな美人さんなら余計だ。気をつけてな」

 親父は女を町中まで連れて行くと、そう言って去ろうとする。

「あ、あの、すいません!何かお礼を……」

「別にいい。あ、それから。その服装じゃ寒いだろう」

 親父は手首から下げた袋から、まだ温かい肉まんを取り出すと、女に放り投げた。女はそれを受け取る。

「帰り道、気をつけてな」

 親父は、雪の降り出した暗い道を歩いていった。



 親父の去った道で、一人佇む女。

「あれ?これ……」

 女の視線は、一つの街路樹に止まった。



 雪が降っている。十一月末から北国でもないここで雪が降るのだから、北海道なんかは大雪かもしれない。

 親父がコンビニで買ったものは、気づけば缶コーヒーだけになっていた。しかも迷子の相手と痴漢退治をしてる間に時間はすっかり九時を回っていた。

 もう寒いし、風呂に入って寝よう。

 親父はそんな風に考えていた。

 親父は橋の下を歩いている。家までもうひと歩きだった。

 すると、親父が歩いている道の脇にあるベンチに、くたびれたジャケットの男が歯をがちがちいわせながら新聞をかぶっているのが見えた。

 ホームレスだった。

 親父は知らない素振りで歩き続ける。そして、家の前の交差点まで来た。

 信号が青になり、他の歩行者は一斉に歩き出す。だが、親父の頭からはさっきのホームレスが頭から離れなかった。

 親父は懐からボールペンと名刺を取り出した。


「仕事がないのか?」

 ホームレスの前に現れた親父は男に語りかける。

「……ああ、無い。俺には何も無いんだ」

「……寒いだろう」

「……ああ、寒い。俺には温まる家など無いんだ」

「良かったら、あんたの昔話を聞かせてくれんか」

「……ああ、いいよ。俺が話したって減るものじゃあない」

 そうしてホームレスの男は語りだした。大手企業でそれなりのポジションで上司として采配を振るっていたこと。

 真面目に働き、人望も厚かったが人件費の削減に伴ってリストラされたこと。

 働き口が無くなって養えなくなった嫁と離婚したこと。

 仕事に就けないまま貯金も家も失い、ここに住んでいること。

 とてもよく聞く話だった。だが、圧倒的なまでに現実だった。

「大変そうだな。まぁ、これでも飲んで頑張りな」

 親父は缶コーヒーを、男の寝転がっているベンチに置いた。

「……無理だよ。俺には何も残ってないんだ」

「そうかい。けど、これだけは覚えとくといい」


 捨てる神あれば拾う神あり。ってことだ。


 ホームレスは親父が去ってしばらくした後、すっかり冷めてしまったコーヒーを手に取った。

「ん?」

 すると下に、名刺があった。

 向坂工務店と書かれたその名刺には、ボールペンで文字が書かれていた。


『明日の朝六時、この工務店に行くといい。ゴリラみたいなずんぐりした親方が、あんたに仕事を紹介してくれるだろうよ。』


「……ぅうっ…………」

 男は、涙を流した。

 親方の無言の優しさに。


「はぁ、はぁ……やっと、追いつきました、親方さん」

 ホームレスの前から去った親父の前には、さっき助けた女が風船を持って立っていた。

「あんたさっきの……」

「名刺、忘れてましたよ」

「……おっと、すまねえな。ありがとうよ」

 親父は風船を貰おうと手を伸ばす。

「こちらこそ、さっきはありがとうございました」

 女は風船を放した。

 水色の風船は、雪の舞う灰色の空にふわふわと浮いていく。

 唇が重なる。

 ――――少し間が空いて。

「……おいおい、譲ちゃん。何の真似だいこりゃ?」

「――――あなたに惚れました」



 〝付き合ってください。〟



 とある冬の夜のことです。

 親父はおでんと肉まんと缶コーヒーを買いました。

 そして。

 親父のおでんは風船に。

 親父の缶コーヒーは工務店の新たな働き手に。

 親父の肉まんは美女に化けたのでした。


 御仕舞い。

アホらしいなあ、と思える作品を書いてみたかったんです。笑

ご意見、ご感想、その他諸々ございましたらぜひお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 文学的だなと思いました。 [気になる点] ざっくりしてるところ。 [一言] 他の作品も読んでみようと思います
[良い点] なんだか昔ばなしでみたような、とてもあたたかい作品にほっとしました 武骨な親父のキャラ、凄く好きです これからも執筆頑張ってください!
2013/11/01 21:10 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ