腕のない少女
昼間から閉め切られている窓とカーテン。僅かな光量しか差し込まない薄暗い部屋。
冷えた床板が露出する、ベッドしか置かれていない殺風景な部屋の中、その少女は家で一人、明かりも点けずに体育座りで足元に置かれた粘着テープを眺めている。
少女の名前は新井早紀。早紀は無表情のまま、じっと一点を見つめている。彼女の顔には、目立った感情の変化はほとんど訪れない。が、早紀は時折にこりと声を出さずに笑うことがある。
十七歳の多感な年頃の少女が、明るい内から外部との繋がりを遮断し、暗闇の中、粘着テープを見つめて一人で笑みを浮かべる。それだけでも彼女を歪と思わせるには十分だが、正確に言うと、彼女が見ているのは粘着テープではない。
早紀が見ているのは、粘着テープに羽を張り付けられた蛾だ。
早紀は時折身動きの取れない蛾の羽を、尖った鉛筆の先で小突く。小突かれると、蛾は面倒臭そうに足や触角をばたつかせる。
それを見て早紀は『ばたばた暴れるからお前はバタフライなのかなぁ』と考える。考えてにこりと笑う。
蝶も蛾も、同じ鱗翅類ではあるが、蛾のことはバタフライとは呼ばない。しかし、彼女には蛾が英語でバタフライでもモスでもどうでも良かった。
早紀はただ、悪い人間を演じる為に、生物を苛めているのだから。