ep5. A NOISY SUNDAY
恭治との賭けに負け、白雪をデートに誘うことになった蘭。しかし魔力の暴走で突然蘭は女になってしまう。仕方なくそのままデートをすることになった蘭ではあるが……
廊下の掲示板前にぞろぞろと人だかりが出来ていた。
生徒たちの目的はただ一つ、期末テストの結果を確認するためである。
当然の如く蘭と恭治も確認のため、掲示板前に立ち尽くしていた。
「で、だ。どうしてなんだ?」
恭治は真摯な眼差しで傍らの蘭に尋ねる。
「なにが?」と返す蘭。
「魔法学基礎が九十八点、魔法倫理九十五点、魔法実技九十九点、魔法原論に至っては百点満点――」
恭治はフッとため息を吐いた。
「てめぇ、魔法が嫌い嫌い言う割に無駄に点数高いのはどういうわけだああぁぁっぁぁぁっぁ――!」
怒涛の表情で恭治は蘭の襟首をつまみ上げる。
「いいだろ、ていうか恭治もここらへん赤点免れたんだからさ」
まともに突っ込むが、蘭は恭治から視線を逸らしていた。
「お前に勝たないと意味ないんだよ! さてはお前、あの勝負忘れたとかいうんじゃないんだろうな!?」
「あー、はいはい。覚えてるって。テストで一教科でも恭治が高かったらそっちの勝ちだろ?」
「ちっ、まぁいいか」恭治は蘭を放した。「他の教科では勝利の勝ちを確信しているからな」
「なんだよ、『勝利の勝ち』って……」
恭治はガッツポーズを構えながら蘭に挑戦的な目で睨み付けた。
二人は引き続き他の科目の点数を順番に眺める。
「数学は五十二点か、結構いいな。お前はどうだった?」
「九十五点……中間より下がったね」
「なんだと!? ならば歴史はどうだ!? 俺は六十点だぞ!」
「僕は九十七点だけど?」
「うぬぬ……お、音楽は!? 俺の五十三点に勝てるわけが……」
「あ、しまった……八十三点か。九十いかなかったな――」
なかなか思うように勝てず、魂が抜けたように落胆する恭治だった。
「ち、畜生……」
「というわけだ。もうあとは国語だけだな」
蘭は余裕ぶった声で言った。
「国語は九十八点か。ま、恭治が超えることなんて……」と蘭が半目で点数を確認しているときだった。
「ふ、ふはははははははははははっ!」
唐突に狂気じみた高笑いをする恭治に、蘭は目を丸くして怯んだ。
「な、なんなんだ!? 何がおかしいんだ!?」
「ふはは……俺の点数を見てみるが良い!」
気が狂ったように口元をにんまりとさせた恭治は勢いよく掲示板を指差した。
蘭も「まさか……」とは思ったがその先には予想外のものが貼ってあった。
――綾沢恭治、国語九十九点。
「嘘だあぁぁぁぁあぁぁ!」
素っ頓狂な声を思わず挙げる蘭。周囲の生徒たちも驚いて一斉に彼のほうを見る。
「恭治、何をしたあぁ!? どういう裏工作やってんだよ!?」
「往生際が悪いな。ま、これも実力ってやつだ。諦めな、蘭」
蘭の肩にポンと手を乗せる恭治。蘭は先ほどの恭治と立場を交換したように抜け殻となっていた。
蘭は気を取り直してもう一度掲示板を確認した。結果は綾沢恭治九十九点。日本語が苦手かと思われた恭治がこれほど国語の点数が高いなど、蘭としては突っ込みどころに困るほかなかった。
「約束覚えているよな? 俺が一教科でもお前に勝ったら……」
「あ、ああ……」
覚束ない掌で蘭はポケットの中を探った。
少しくしゃくしゃにはなっているものの、「シネマ蛍神」と書かれたチケットが二枚、そこから顔を出した。
「行くよ、行けばいいんでしょ?」
「いいか!? 男は度胸だぞ! 行ってこい!」
恭治に背中を叩かれて蘭はとぼとぼと歩き出した。
蛍神学園から三キロほど離れた場所に、警察署はある。
現在、この国に置いてある警察署では「魔法犯罪課」の設置が義務付けられている。主に魔法を利用した犯罪を調査し、取り締まる場である。それほどまでにこういった犯罪が増加してきたのだ。
そんな魔法犯罪課の部屋に、一人の刑事が受話器片手にデスクに突っ伏していた。
『それでね、アリスちゃんったら貰われていく子猫たちに涙目だったんだよ~~』
「あー、そうかいそうかい。それで?」
電話越しの相手に向かって刑事はだるそうに返事をした。
彼女から電話が掛かってきたのは実に半年振り。だが、その人物と別に話したいなどと思ってはいない。クーラーの効いた部屋で居眠りをしようと思った矢先に掛かってきたものだから余計に気分が悪かった。
『あ、そうだ。生徒会に新しい子が入ったんだ――蘭くんって言って、すっごく小柄で可愛い男の子。それで実は結構格好良いんだよ。女の子が嫌いらしくてちょっとツンツンしたところがあるんだけど、結構照れ屋さんでその顔がまた可愛くて……』
「へー、白雪はそいつのことが好きなのか?」
『うん! 大の親友!』
刑事は彼女の返事に呆れたため息を漏らした。
「まぁいいけどさ――それじゃ、こっちは忙しいんだ。もう切るぞ」
『あ、うん。また電話するね』
受話器の向こうの少女はそれ以上話さずに電話を切った。
「全く、面倒くさい奴だな」
「電話は終わりましたか?」
刑事が寝ようとした矢先、別の女性が声を掛けてきた。
「終わったよ。これから昼寝でもしようかと……」
「ふーん、ずいぶんとお暇そうですねぇ」
「そうなんだよ。というわけでおやすみ」
部下の女性は眠ろうとする刑事の頭上にドサッと書類の束を落とした。その衝撃で刑事は目が覚め、勢いよく起き上がったために地面に書類が散らばる。
「なにすんだよぉ!」
「あなたは連続女性通り魔事件の担当ですよね? ならその件について調査をするのが今やるべきことではないのですか?」
呆れながら書類を拾い集める女性と眉間に皺を寄せる刑事。
三週間ほど前から女性、しかも髪の長い女性ばかりを狙った通り魔事件が横行していた。
『被害者となった女性はデートの途中で彼氏がトイレに行くなどで一人になった瞬間、ナイフで突然切りつけられ、襲われている。犯人の姿は未だ目撃されておらず、現場から数メートル離れた場所に青い野球帽と黒いコートの人物を見たという証言があり、警察はなんらかの関係があると見て調査をしている』と毎日のように新聞で報道されている。現在六件発生しており、蛍神の界隈では不安がる女性も少なくはない。
こともあろうにその事件の担当がその刑事に回ってきたが、自身にやる気などほとんどなきに等しかった。本来ならば眠る時間であり、腕時計も体内時計もそれを示していた。
「ちゃんと起きるからさぁ、あと三時間か三十分ぐらい寝かせて……」
「殴りますよ!」
「分かった、分かったよぉ!」
眠気と格闘しながら刑事は書類に目を通し始めた。
その瞬間、さきほどまで虚ろに近かった刑事の目がぱっと見開いた。
蘭は戸惑っていた。
手にした二枚の映画のチケットは、数日前に恭治に渡されたものだった。
まさか自分が賭けに負けるなどと、蘭はこれっぽちも考えていなかった。念のためにポケットに入れっぱなしにしておいたことをある意味で後悔する蘭だった。
「まさか、あの恭治があんなに国語できるなんて……」
生徒会室までの道程が蘭には何キロにも感じた。
たどり着いたときには既に精神の八割を消耗していた。
「はぁ、失礼します――」
――ドクン。
蘭には自分の心臓の音がそう聞こえた。はっきりと、明確に。
異様なまでに緊張しているのだと思い込んだが、なんとか気を取り直して生徒会室の扉に手を掛けた。
「あ、うん。また電話するね」
白雪は携帯電話を切ると、蘭のほうを向いた。
「電話、していたんですか?」
「うん」
相変わらず純粋無垢な笑顔を蘭に返してくる。毎度のことだが蘭は彼女の微笑みに弱い。全身を微弱電流で麻痺させられたように硬直してしまうのだ。
「どうしたの? 蘭くん、もじもじしちゃってさ」
「あ、あの……」
蘭はすぅっと深呼吸をした。
本当は気が進まなかった。テストの点数でもし一教科でも恭治に負けたら白雪をデートに誘うなどという約束などしなければ良かった。恋をそんなゲームみたいに扱う真似をしたくはないし、白雪だってそんな人間に好かれたくはないはずだ。――そんな思いが彼の胸中に渦巻いている。
だが、それもここまで来たら引き下がるわけにはいかない。覚悟を決めて、掌中のチケットを握り締めた。
「今度の日曜日なんですけど……」
――ドクッ、ドクン!
先ほどより激しい心臓の鼓動が聞こえた。
既に覚悟は決めたはずなのに、何故このタイミングで心臓が鳴るのか。答えは明白だ。この音は、決して緊張によるものではないからだ。
途端に彼の胸が痛み始めた。大きな手に心臓を握りつぶされるような強烈な痛みだった。
「うぅ、はぁ……」
嗚咽の混じった声が思わず漏れる。
「ら、蘭くん!? どうしたの!?」
「いえ、なんでも……」
なんとか平静を装うのが精一杯だったが、白雪の顔を見ていればそれも無駄だということが分かる。
胸の痛みは次第に激しくなっていった。
(だ、駄目だ……)
数十秒ほどはそれに耐え切れたと思えた。
しかし、しばらくして蘭は目の前が真っ黒に――いや、真っ白になった。
それと同時に彼はその場に倒れこんだ。
その感覚はデジャヴに近かった。
つい二ヶ月ほど前、蘭の身に同じようなことがあった。それは初めて白雪に会い、初めて女性になった日。その時もこうして蘭は白雪の目の前で倒れてしまった。
蘭はつくづく自分が情けなく思えた。
本当に自分は白雪を守る気があるのか、問いただそうとした。だが、答えは出なかった。
(目、覚まそうかな……)
蘭の視界に、ゆっくりと光が差してきた。
そしてゆっくりと、天井が見えてきた。
「良かった――蘭くんが目を覚ましたよ!」
目覚めた蘭の耳に入った第一声は、白雪の歓声だった。
「大丈夫かの?」
すぐさま、学園長の声が聞こえた。
なんとか上半身を起こし、周囲を見回した。そこにいたのは学園長と白雪の二人だけ。あの時と同じように保健室のベッドの上にいた。
「すみません、また迷惑かけて……」
「いやいや、いいんじゃよ」学園長は目を瞑りながら話した。「ところでおぬし、自分がどうなっているか気がついておるか?」
蘭は沈黙した。
これは間違いなくデジャヴだと思った。あの時と状況がほとんど同じだからだ。
視線を下に落とすと、あってはならない胸の膨らみがあった。髪も伸びていた。それだけなら今まで何度も経験をした。しかし、今回は様子が違った。
「これを覗いてみぃ」
学園長は傍にあった鏡を蘭の目の前まで運んできた。
そこにいたのは、当然男の蘭ではなかった。が、羽も生えていなければ小さくなってもいない。猫の耳が生えているようなこともない。純粋な「少女」と成り果てた自分の姿がそこにあった。
「まさか、こんな……」
蘭は自分の眼を信じることが出来なかった。誰かとキスした記憶など無い。しかし現に自分は女性へと変貌している。なぜこのようなことになったのか、説明できる人間がいればして欲しかった。
「おそらく、おぬしが持つ魔力が男状態のまま異常に増幅されたのじゃろう」
「そんな……なぜいきなり……?」
「ふむ……おぬし、もしやさきほどとんでもなく緊張していなかったか?」
蘭は身体を強張らせ、硬直したように顔を引きつらせた。
「その様子じゃと心当たりがあるようじゃな。まぁそれが何なのかは聞かないでおこう」
「一体、どういうことなんですか?」
「胎内の魔力の流れは心臓の働きと密接な関係にあって、心拍数が上がると魔力の流れが活発になる。その結果、魔力が増幅し、男状態のままでは受け止めることが出来ず、身体がやむを得ずおぬしを女に変えたというわけじゃ」
「それじゃあ、僕は……」
「安心せい、落ち着けばいずれもとに戻る」
蘭はほっとため息を吐いた。
「じゃがすぐには無理じゃ。恐らく三日後――日曜の夜ごろになれば自然と元に戻る。しばらくは安静にしといたほうが無難じゃな」
「日曜、ですか……」
「魔法を使い魔力を発散させるという手もある。が、誰かとキスしたわけでもないから今のおぬしの魔力は無属性じゃ。しかも相当に強大ときておる。それを発散させるのは非常に危険じゃ」
「分かっていますよ」蘭はふてくされた態度で答えた。「いくらなんでもそんな真似はしません」
蘭が初めて女性になったとき、彼は自分の魔力を制御できずに乱発してしまった。その際の被害は学校を破壊し尽くさんといわんばかりだった。その後何度か魔法を使っているうちに魔力の制御が可能になったためか、今はそのようなことはない。しかし属性という枷がない分、下手に魔法を放てばどのような被害が出るか分かったものではない。蘭はそれが一番の心配だった。
「とにかく今日は帰れ。明日からしばらくは寮でゆっくりと落ち着いているがいい」
「はい……」
蘭は手に持っている映画のチケットを見た。
力強く握りつぶしたために中心から放射状に皺が寄っている。だがまだ原型は留めており、使えないことは無い。しかしチケットの締め切りは次の日曜日を示していた。
見ているうちに蘭は悔しさと情けなさで胸が張り裂けそうになった。初めは恭治との賭けに負けたという意識が強く気乗りがしなかった。しかし本当は白雪と二人で映画を見に行きたいという気持ちで一杯だった。だがその思いはすぐさま消えてしまった。
「蘭くん、そのチケットは……?」
白雪が不思議そうな顔で尋ねてきた。
どうせ誘えないのであれば、と蘭は正直に話すことを決意した。
「本当は白雪さんと二人で見に行きたかったんです……」
そう言って蘭は白雪にチケットを差し出した。
「もし良かったら誰か誘って見に行ってください。今度の日曜日までなのですが、僕が見ての通りですから、これは白雪さんにあげます」
「そんな、悪いよ――」
「いいんです――」
「ふむ……」
悩める二人を前に、学園長は黙り考え込んだ。
「それならば桐生、行くがよい。どうせ元に戻るのは日曜の夜じゃ。それまで部屋に引きこもるのも退屈だしの、一日ぐらいは外へ出たほうが良いじゃろう。その頃には魔力も大分と落ち着いておるじゃろうて」
学園長の発言に蘭は目を丸くして驚いた。
「何かあったときの責任はワシが持つ。が、女性体のままではおぬしも色々不便じゃろう。というわけですまないが生徒会長もこやつの傍についてくれないか?」
「大丈夫です、最初からそのつもりですよ」
にこやかな白雪の返事に、蘭は内心気持ちが高揚した。
「いいんですか? その、僕なんかと一緒で……」
蘭は確認のために尋ねた。
「何言ってるの! 蘭くんは大親友だもん! 今までだって、蘭くんに助けてもらってきたから、今度は私が蘭くんを助ける番だよ!」
「そんな……僕だって白雪さんに何度助けられたことか……」
「ううん、いいの! それに、折角蘭くんが映画誘ってくれたんだもん。一緒に行かないほうが失礼だよ!」
「あ、ありがとうございます!」
ぱっと笑顔を取り戻し、蘭は白雪に深く礼をした。
蘭が寮に着くころには高ぶった気持ちも抑えられていた。
今までは女性化の時間も短く、自分がどうなっているかをまじまじと確認する余裕も無かった。が、こうして別の体で動き回っていると次第にその重さが伝わってくる。
まず安物の下着の付け心地が非常に不愉快だった。胸元と下腹部がごわごわとこそばゆい感触に襲われ、サイズが合わないせいか窮屈極まりない。白雪が自分のものを貸してくれるとも言っていたが、さすがに気恥ずかしいので百円ショップで購入した。しかし今になってみれば白雪の善意を素直に受け取ればよかったと後悔していた。
寮で休んでいる間は専ら体操着で過ごしていた。が、それはあくまで女であるということを自覚させないようにするためのカモフラージュである。しかもその効果は薄い。トイレは出来る限り皆の目を気にしなければならないし、入浴は誰も入っていない時間帯を狙うよりほかはない。そのたびに自分が女であることを改めて確認し、気恥ずかしさと情けなさに襲われる。そうでなくても歩くたびに擦れる胸の感触と髪の毛のおかげでアイデンティティーが少しずつ崩壊している気分になっていた。
その間、蘭はなんともいえない不安感に襲われていた。
もし自分が男に戻れなかったら、どうするのか。女の体という不本意極まりないに肉体で過ごすしかないのか。いや、それ以上に白雪はそんな自分に対してどう接するのだろうか。彼女のことだから、女になっても親友でいてくれるかもしれない。恋人同士になるという考えはこの際捨てた。
(そういえば、僕は何で白雪さんのこと好きになったんだっけ?)
――あの日、怪我を治してくれたから?
――彼女の笑顔に一目ぼれしたから?
蘭は何度も自分に問いただした。
女嫌いだった自分がこうして女になっている。が、これも元を辿れば自分が何で女を嫌いになったのかさえ疑問となって現れてくる。
――女は魔法が使えるから?
――ただ、自分は女という存在に逆恨みしていただけなのか?
疑問の矢印が次第に他の方向へと転換していきそうなので、気分を振り切って落ち着くことにした。が、この答えはいずれ自分自身で見つけなければならないと蘭は思った。
色々考えているうちに二日が過ぎた。
朝から晴れ渡った空が真夏の熱を生み出して、外を熱帯気候へと変貌させていた。女性の体が蘭にとってはいつも以上に蒸し暑く感じた。が、それも服を着替えると今度は異様な涼しさを覚えた。
夏らしく肩が露出した水色のワンピースにピンクのサンダルという格好。身体の風通しの良さと足元の窮屈さに戸惑った。
「これ私のお古だけど……蘭くんに似合うと思って」
白雪に差し出されては蘭も断ることが出来なかった。彼女の親切は素直に嬉しいと感じたが、いざ着てみると心の中が羞恥で満たされた。
(白雪さんの服……なんだかいい匂いがする……)
二、三回鼻の穴をヒクつかせる蘭だったが、すぐにはっと我を取り戻した。
「やっぱりズボンのほうが良かったかな? あまりそういうの履かないから」
「いえ、これでいいです」
「そっかぁ、良かった」白雪は微笑んだ。「じゃあ行こっか」
「は、はい!」
映画館までは歩いて十五分ほどだった。それほど遠くない道のりを二人は他愛もない話をしながら進んでいた。途中風が吹きスカートが捲れそうになることがしばしばあり、その都度両手で押さえていた。
その間、蘭は自分が女であるという自覚は些細なものに感じ取れた。白雪とこうして二人きりでデートが出来ることがなにより嬉しかった。
映画館は休日であるためか人だかりが出来ていた。その大半が男女によるカップルであったせいで、蘭は途端に気恥ずかしさを覚えた。
「ねぇ、白雪さん」
「ん? どうしたの、蘭くん」
「僕たちって傍からどんな風に見られているんでしょうね?」
「んー」白雪は考え込んだ。「友人か、仲の良い姉妹じゃないかな?」
「ま、まあそんなところでしょうね……」
顔を赤らめる蘭をよそに、白雪は映画のポスターに目を走らせた。
「映画、どれがいい?」
「それは白雪さんにお任せしますよ」
「それじゃあねぇ……」
真っ暗な館内には相当の観客が席についていた。それでも二人はなんとか後ろの見やすい位置を確保した。他の席を見渡してみてもほとんどがカップルだ。この映画はよほど人気があるのだと蘭は悟った。
映画が始まった。数分間ホラーやらヒューマンドラマやらの予告編が映し出された後、本編が開始された。
「今、僕の世界に一つだけのラブソングプリーズ」
まず蘭はタイトルだけで唖然とした。蘭はこの映画に関する予備知識はなかったのでどのような内容かは全く知らない。しかしその意味不明なネーミングセンスには色々と脱帽せざるを得なかった。
『アイ、アイ――!』
『タクちゃんが歌ってくれた黒田節、素敵だったよ。また一緒に歌えたら、よか、った――』
『バカヤロー! なんで、なんで半年前のサンドイッチなんか食っちまったんだよ!』
(なんだ、これ……)
一種のシュールなコントかと思ったが、ところどころ泣けるようなシーンがあって笑える雰囲気ではなかった。館内からも少しずつ観客のすすり泣く声が聞こえてくる。気付いたら隣に座っている白雪さえも泣いていた。
「ふぇぇん――こんなのってせつな過ぎるよぉ――」
彼女の泣き顔に、蘭は一瞬ドキリとしてしまった。さりげなく彼女の手を握ろうと考えたが理性が働いてストップした。
(は、早く映画終わらないかな……)
「いい映画だったね――」
「そ、そうでしたね――」
映画が終わった後、二人は近所のオープンカフェで休憩を取っていた。蘭はアイスコーヒー、白雪はチョコレートパフェをそれぞれ注文し、それを待っているところだ。
「白雪さんはああいう映画好きなんですか?」
「うん。戦争ものとかホラーとか、痛いのは全然ダメ……」
「へぇ……」
蘭は少しだけ考えた。彼女の顔や仕草は非常に女の子らしいと思う。しかしそれらからは蘭が嫌う女子特有の「黒い部分」が全く見えなかった。
普段の行動を考えても、天然で、寝ぼすけで、甘いものに目がない、しかし誰よりも優しい彼女の「純粋さ」が蘭の恋心を開花させたのかもしれない。
「お待たせしました、アイスコーヒーとチョコレートパフェです」
蘭が考えているといつの間にか店員が立っていた。それぞれ注文した品を受け取った。
蘭はアイスコーヒーに口をつけたが、苦くて飲めなかったのでやむを得ずガムシロップを入れた。
「あれ? 蘭くんって甘いものは苦手じゃなかったっけ?」不思議そうに白雪が聞いてきた。
「女になったせいか、味覚まで変わったみたいなんです」
「そっかー、じゃあチョコレートパフェも食べられるね」白雪は自分のパフェを匙で掬って、にこやかな表情で蘭に向けた。「はい、アーン」
顔から火が出そうになるくらい蘭は赤面した。「ちょ、ちょっと白雪さん……」
「美味しいよ。一口食べてみなよ」
「そうじゃなくて、その……」
蘭は他の客を見回した。女の子同士の悪ふざけとでも思っているのか、こちらのやっていることに興味を持っている人間はいない。しかしもし知っている人間に見られでもしたら確実にアウトだ。
「えっと、僕はトイレに……」蘭はそそくさと席を立った。
白雪はきょとんとした顔で、再びパフェを食べ始めた。
彼女はそのオープンカフェを睨み付けていた。今日は「恋人たちの憩いの場」として有名なその店をターゲットにしていた。そこから少し離れた裏路地から、ざっと見える範囲で数えただけでも五組はカップルがいる。
彼女が恋人を失ってから半年が経とうとしていた。彼を殺したのは、彼の元恋人である女性だった。婚約まで漕ぎつけた自分たちに嫉妬して、二人でいるところを包丁で刺し殺したのだ。
その元恋人は即座に逮捕された。幸い自分は軽傷だったからよかったものの、恋人は既に手遅れだった。
もちろんこんなことをしたって彼が戻ってくるはずがない。自分が間違っているとは理解出来ている。しかし、幸せそうな女どもの顔を見るたびに殺意が湧いてくる。そんな女たちに現実を教えるのが自分の使命なのだ。幸せには必ず不幸が付き纏ってくると、この連中に身を持って知らしめさせるのだ。
彼女は懐から小型のナイフを取り出した。そして青い野球帽をきっちりと被った。
――さて、始めようか。
「参ったなぁ……」
蘭は席から出来るだけ離れた場所で白雪を眺めていた。相変わらず彼女はマイペースに黙々とパフェを突っついている。彼女としては特に恥ずかしがっている様子もない。
蘭は一息入れて席に戻ろうとした。このままここに突っ立っていても何も始まらないと思ったからだ。もし先ほどと同じことをされそうになっても、今度はきちんと断る自信が彼にはあった。
しかし、蘭が足を出そうとした瞬間、ふと近くに立っている一人の女性が気になった。この暑い中で黒いコートを羽織り、帽子をきちんと被っているというまさに奇怪な格好をしている女性だった。もちろん格好だけではない。彼女は挙動不審に幾度も首を横に振り、周囲を見渡していた。
(変な人だなぁ……)
彼女のことが少し気になったが、気を取り直して席に戻ることにした。
その時だった。
――シュン。
蘭の肘に何か硬いものが勢いよく掠めた気がした。それは決して気のせいなどではなかった。肉眼では捉えづらいが、明らかに何かが素早く空気の中を通り過ぎた。ほんの一瞬の出来事だった。
それに気付いた直後、周りにいる客たちの顔色が一気に蒼ざめた。
「きゃああぁぁぁ!」蘭の耳に女性の悲鳴が聞こえた。声の主の方向を見ると右手で左腕を必死で押さえながら苦しそうにうずくまる女性がいた。彼女が押さえている箇所から、ポタポタと赤い血液の雫が垂れている。
オープンカフェの客たちが一斉にその方向を見た。次第にざわざわと話し声が大きくなってくる。
「そうだ、白雪さんは!?」蘭は白雪を見た。さすがに驚いているようで、パフェを食べる手が止まっている。「白雪さあぁぁぁん!」蘭は白雪のほうへ駆けていった。
刹那、白雪の背後と何かが素早く飛んでいくのが分かった。現状を見て、咄嗟にそれが刃物だと気付いた。
「白雪さん、逃げて!」蘭は彼女に向かって叫んだ。
「えっ……?」
白雪は後ろを振り向いた。しかしその刃物はコンマ数秒で彼女を貫く位置まで来ていた。
もう駄目か、蘭がそう思った時だった。
「光の聖者よ、汝の其の力を以って我が身を守る壁となれ! プリズムシールド!」
どこからともなく聞こえる呪文と共に、白雪の目の前に光の壁が形成された。飛び掛ってきたナイフはその壁によってはじき返され、地面にコトン、と落ちる。白雪は地面に座り込んだ。
「グズグズするな! 全員、すぐにこの場を離れろ!」何者かが大声で指示を仰いだ。その声で一気に客たちがオープンカフェから逃げるように離れた。
「白雪さん、大丈夫ですか!?」
「う、うん……私は平気……」
「良かった……」蘭は安堵のため息をついた。そして彼女をぎゅっと抱きしめた。知らない間に涙が溢れたのか、白雪の服の上に数滴の雫が染みた。「白雪さんが、無事で、本当に良かった……」
「蘭くん……」白雪も蘭をぎゅっと抱きしめた。
「情けないね」どこからともなく女性の声が聞こえた。それは先ほどのプリズムシールドを唱えた声と全く同じだった。「南雲家の人間が、とっさに防御の呪文すら出せないとはな」
声と同時にこちらに近付いている足音が聞こえた。振り返ってみてみると、それはあの黒いコートの女性だった。
「あー、暑かったぁ! 全く、張り込みとはいえこんな格好は怪しいし、第一暑いっつーの!」女性は文句を垂れながらコートを脱ぎ始めた。ルーズに着崩したワイシャツとミニスカートが汗にまみれた状態で現れた。更に被っている帽子を脱ぐと、長い髪が露になった。
彼女の顔を見て、白雪ははっと目を見開いた。「お、お姉ちゃん!?」
「え……」口をあんぐりと開けたまま、蘭は瞬時に二人の顔を見比べた。長い髪はまぁよしとしといて、目はほとんど似ていない。少し垂れ目気味な白雪に対して目の前の女性は完全に釣り目だ。口調も天然な白雪とは違いほとんど男勝りに近い。言われなければこの二人を姉妹などと思う人間はそうそういないだろう。
「はぁ、お姉さん……ですか」
「うん……」
「そういうこと。あたしが南雲薊、白雪の姉だよ。なるほど……そこにいる子が例の『蘭くん』ってことか。」彼女の一言に蘭は声も出ないまま驚いた。いくら実の姉とはいえ、蘭が女になったことは白雪が他の誰かに喋るはずがない。しかし今の自分はどこからどう見ても完全な女だ。それをどうして見抜いたのだろうか、疑問を持たざるを得なかった。
「ど、どうして分かるの?」白雪が蘭の代わりに尋ねた。
「不思議そうな顔をしているね。なんで分かるんだ、って思っているだろ。私はね、もともと鼻が利くんだよ。相手の匂いで誰が何の属性かが分かるんだ。けどあんたからは全然そういった匂いがしない。つまりは無属性ってわけだ。無属性の人間なんてそうそういやしない。いたとしたところで女になった男ぐらいだ。理由は知らないけどあんたは何らかの理由で女になってしまった。そして白雪が一緒にいるような男で真っ先に思いついたのが……」
おみそれいたしました、と蘭と白雪は心の中で呟いた。
――ちっ、邪魔が入ったか。
オープンカフェをもう一度見渡してみると、既に客は避難して、残っているのは三人の女だけになった。しかもどうやら一人は刑事らしい。
マズい。このままでは逮捕されてしまう。そうなれば今までの計画が無駄になる。
ここで逃げるという選択肢も考えた。本当ならそれが最も正しい答えなのだろう。
しかし彼女はどうしても恋人を殺した女の顔が嘲笑している姿が脳裏に焼きついて離れない。悔しさのあまり、憎しみが募っていくばかりだ。ここで逃げてしまえば、あの女に完全な敗北をしてしまうことになる。
――そうだ。
邪魔者は消すに限る。あの恋人を殺した女だって、自分たちのことが邪魔だったから殺したに過ぎない。
こうなったら賭けに出よう。あの女二人と刑事、三人まとめて始末するには、こんなところでコソコソ隠れていたのでは無理だ――女性はそう考えていた。
「磁場の創造神よ……」
彼女は再び呪文を唱え始めると、三人がいるところまで一目散に向かっていった。
「さて、犯人さんを捕まえにいかないとね。あたしの鼻が正しければ、犯人は磁力の魔法を使って離れたところから攻撃するみたいだね。とにかく二人とも今すぐに逃げろ」
「そんな、お姉ちゃんは!?」
「あたしはこれが仕事だ」
「でも……」
白雪が戸惑っていると前方から勢いよくナイフが飛んできた。
「きりがないな……」薊は再び呪文を唱え、壁を作り出してナイフを打ち落としていく。そして再度飛んできたナイフを何度も防御していった。「白雪、あんたはこういうのに向いていない。光の属性を操る南雲一族の中で、ただ一人だけ回復しか使えない。ここにいたらただの足手まといなんだよ!」
「そんな言い方……」と蘭が言いよどんだ。白雪が俯いていたのを見て、泣いているものだと直感で理解した。
そういえば、と蘭は今までの白雪を思い出していた。
最初に出会ったとき、蘭の些細な傷をわざわざ魔法を使ってまで治してくれたこと――
危害を加えようとしたアリスを火事の中助けに入ろうとしたこと――
複雑な悩みを抱える椿の気持ちを、誰よりも汲み取ろうとしたこと――
思い返して、蘭は改めて白雪のことが好きな理由が分かった。彼女は誰よりも優しいのだ。自分より誰かのことを優先しようとする。その暖かさが蘭の心に触れたのだ。
しかし白雪は決して強くない。誰かと争うことや血を見ることを何よりも恐れている。しかし、それでも誰かを助けようとしている。今回の場合、本当ならばこの場から一刻も早く逃げなければならないのだが、姉を助けなければならないという気持ちに駆られている。だから彼女はここを離れるわけにはいかないのだ。
「グズグズするな! 早く……」薊が必死で訴えるが、そればかりも言えない状況になった。
ジャキン、と鈍い音が鳴った。見ると蘭たちの中に一人の女性が割って入っていた。それは黒いコートに青い帽子を被った、二十歳後半の女性だった。彼女が例の事件の犯人であるのは火を見るより明らかだった。
「邪魔を、するな……」女性は鋭い形相で蘭たちに手に持った刃物を見せ付けている。彼女がこの犯人だと一同は直感で理解した。
「ちっ、来やがったか――仕方がない、少々痛い目に遭ってもらうしか……光の聖者よ、その身を刃と化して全てを貫かん……」そう言って薊は呪文を唱え始めた。
「磁場の創造神よ、その力を以って刃を掲げん……」犯人の女性も呪文を唱え始めて、手に持った包丁だけでなく周囲に落ちているあらゆる刃物類を宙に浮かせた。
「やめろよ……」
小声で喰らいつく蘭の声は二人には届かない。しかし蘭は鋭い形相を浮かべ、目が飛び出しそうなほど見開いた。
「ライトニングアロー!」
「マグネティックスナイプ!」
薊から光の矢が、犯人からは磁力を伴ったナイフがそれぞれ相手の身体へと放たれる。
その瞬間、蘭の身体が光りだした。無色透明な、目に見えないエネルギー体が空間を屈折させるように歪ませ、それが徐々に蘭へと終結していく。
「白雪さんに……」蘭の声が甲高くなった。「白雪さんに、血をみせるんじゃねええぇぇぇぇぇ!」
全てはコンマ数秒の出来事だった。
蘭の身体に集まった無色透明なエネルギーが周囲の空間へと爆発するように広がっていった。音もなく、その空間に触れた光の矢とナイフは存在が無くなったように消えてしまった。
その一連の出来事を一同は唾を飲む暇もなく呆然と見つめていた。
「はぁ、はぁ……」荒い息をあげる蘭の身体は髪も短くなり、完全な男子へと元通りになっていた。蘭は操り糸が切れたようにその場へと倒れこんだ。
「た、逮捕だ!」我に返った薊は急いで犯人の両手首に手錠を掛けた。
白雪はしばらく倒れこんだ蘭を見つめていた。
「白雪、そいつは、大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫だよ。すぐに目が覚めると思う……でも、一体何があったの?」
(あの少年、無属性の魔法エネルギーであたしらの魔法を打ち消した? しかし、目に見えないとはいえ、あの量は半端じゃない……一体、こいつは何者なんだ?)
少し考え込む薊だが、気を取り直すように首を横に振った。「さあ、行くぞ」
薊が背中を叩いて犯人を立ち上がらせる。その時、地面に白い水の粒が一滴垂れた。それは涙だった。犯人の女性はいつの間にか泣いていた。
「ねえ、お姉ちゃん……」
「白雪、お前はそいつを連れて……」薊の言葉を無視して、白雪は犯人のもとへと近寄った。そして犯人の手をそっと自分の両手で包み込んだ。
「大丈夫、もう怖くないよ……」白雪は彼女の手を柔らかく握り、呟いた。同時に白雪の身体に白い光の魔力の粒が集まり始めた。
「わ、私……」女性はいつのまにか幼子のように泣きじゃくっていた。「ただ、悔しくて……あの人が、あの人が死んじゃって、私は……うわあぁぁぁぁ――」
白雪に握られた手が暖かく感じていた。傷つけることを知らない彼女の掌の体温を、犯人の女性は感じ取っていた。それは自分が一番幸せだったとき――恋人が生きていた時間を思い出させるものだった。
「大切な人がいなくなっちゃったら、悲しいよね……でももう大丈夫だよ――」
場の空気が静かに流れ込んだ気がした。やがて白雪の周りに纏っていた光の粒は消えていったが、犯人も白雪もそれに気がつく気配もなく、ただ沈黙に身を任せていた。
(そうだったな、こいつは……)
薊は理解した。白雪は誰よりも傷つくことを恐れている。しかしそれは誰よりも傷つかない道を選ぶことと同時に、誰かの傷を少しでも癒したいと思っているのだ、と。
(白雪、お前は本当に弱いよ。だけど、それ以上に強いものを持っているよ。だから、あんたには……)薊は蘭の方向を向いた。(桐生蘭、あいつのことを守ってやれよ。あいつには、誰よりもあんたが必要なんだ)
彼女は目を閉じて、軽くフッと笑い飛ばした。
「蘭くん、蘭くん!」
白雪が何度も声を掛けると蘭はようやく目を覚ました。
辺りを見渡すと既に日は傾いていた。オープンカフェも閉店しており、客もいない。犯人も薊の姿も見えない。雑然となったテーブルと椅子が一連の騒ぎを物語っている。
「し、白雪さん……」蘭ははっと意識を呼び戻した。「一体、どうなったんですか!? 犯人は!? 白雪さんは、無事ですか!?」
「見てのとおりだよ」白雪は微笑んだ。「蘭くん、男の子に戻っちゃったね」
蘭は慌てて自分の胸を触った。少し前まで膨らんでいた乳房も元通りになっていて、元々着けていたブラジャーの感触しか残っていない。それどころか身体は男に戻ってはいるが、着ているものは女物のままだった。
「わあぁぁぁぁぁ!」思わず蘭は叫んだ。
「どうしたの?」
「だって僕、戻っているんですよ!」
「よかったよ、やっぱり蘭くんは男の子の姿が一番だよ」
「そうじゃなくて、その……」蘭は恥ずかしくなって言葉に詰まった。
「そうだ、この後どこか行かない?」
「えっ!? それって……大体、この姿ですよ――」
「大丈夫、結構似合っているよ! バレないって」
「で、でも……」
「どこがいいかな? まずはレストランで食事して、それからカラオケとかボーリングとか……蘭くんが決めていいよ」
蘭は少し呆然としてしまうが、彼女が微笑むとその気恥ずかしさは失せ、つられて笑ってしまった。
「それとも、やっぱり嫌だったかな?」白雪は不安そうな顔で覗き込んだ。
「いいえ、そんなことないですよ。さぁ、いきましょうか」
蘭は決心した。
そしてもう迷わないことを決めた。
――自分が恋をする理由は、白雪を守るためである、と。