ep1. はじまりの合図
魔法なんてものは存在しない。誰もがそう思っていることだろう。
「魔法」という単語を辞書で引くと、「伝説の中で老婆などが使うと言われている魔術」と載っている。
「伝説の中で」という一節にもあるとおり、あくまでこの単語は人間が空想で創り出した産物に過ぎないのだ。
そう、あくまで……の、はずだった――
その「魔法」の存在が顕在的なものとしてこの世界に蔓延るようになったのはいつからであるのか、だれも知る由もない。
ただ、明らかになっているのは最早その存在が「伝説」でなくなっているということだけだ。これがまた老婆だけでなくOL、主婦、女学生と使用する年齢層は結構広い。
ただし、これが使えるのは女だけという代物だ。もちろん女とは生物学上染色体が完璧にXXである者のことを指し、当然DNAが男である以上、性転換手術を施そうとも使うことはできない。母性本能などの働きが魔力を形成するなど様々な仮説が研究者たちの間で立てられているものの、その根本的な理由は定かではない。
そのおかげで男たちは少々住みづらい世の中になってしまった感は否めない。どんな武力を持っている国でも、強大な魔力の前では赤子の玩具同然だ。
この魔力というものも人によって千差万別で、特に魔力が小さい女子や、魔法を覚える気がない女子はOLみたいな普通の職業についていく。しかし、魔法を覚え、それを人の為に役に立てたい、魔法使いになりたいなどと考える女子もまた少なくない。魔法の存在が確認されて数年後、いつの間にか教育制度が大きく変化し、小学校から高校までの必修科目に「魔法」が加わり、大半の国家資格を取る際にも魔法は必要なものとなってしまった。(男子は魔力を持たないため、実技は学べないものの、必要知識として授業も一緒に受けている。)私立蛍神学院は、そんな魔法教育が日本で1,2を争うほど盛んな学校である。初等部から大学まで一環教育であり、学科は高等部から魔法科と普通科に分かれる。大きな鐘と校門にそびえるマリア像が印象的で、どこかキリスト教を匂わせている感じがある。
魔法が盛んとはいえども、共学の学校である。国家試験で知識が必要になってくるほどの現在で、男子も魔法は他人事とは言えず、また魔法の研究者ならば男もなることができるし、少なくはない。しかし社会に出るためにある程度必要な魔法の知識であれば、余所の学校や普通科で充分であるため、当然かもしれないが圧倒的に男子の割合が少ない。普通科の男子は女子の二割に満たない人数であり、魔法科に至ってはゼロである。そうなると全寮制のこの学園で、恋多き女子たちにとっては人気の男子という存在は皆の引っ張りだこである。そのおかげか、逆に男子たちにとっては彼女に不自由をしていない者のほうが多かった。
ただし、彼女を作る気のない男子に関してとなると話は別であり――
高等部の第一体育館内では、女子たちの歓声が響き渡っていた。
ただ今三時間目の終わりかけであり、ちょうど昼休みの直前である。館内では1年男子によるバスケットの試合の真っ最中だった。ここにいる女子は授業が早く終わったか、三時間目が自習だったか、あるいはサボった連中である。少しでも自分の狙っている男子の気を引こうという彼女らなりの精一杯の努力といえば、多少は良く聞こえるだろう。
「桐生く~ん!!」
一人の女子生徒がパスを受け取った男子生徒に向けて応援をした。男子生徒はそんな声援を全く気にせず、素早いドリブルをしながら敵の間を抜けきり、そのままゴールにシュートを決め込んだ。
その瞬間、ピピーッと審判がホイッスルを鳴らし、試合は終了した。
「きゃーーーー!!!!」
「やったぁぁぁぁ!!」
先ほど応援していた女子生徒が今度は感激の大声を挙げる。結果は、先ほどの男子生徒がいたチームの勝利だった。
「桐生君、お疲れ様」
そう言って女子生徒は男子生徒に一枚のタオルを渡す。しかし、男子生徒は彼女たちを冷たい眼差しで睨みつけると、そのタオルを無視して彼女らの傍を通り過ぎた。
「やっぱりダメか……」
「何あれ? 感じわるーい」
男子生徒はそんな女子たちの言葉さえも気にしないかのように体育館を出た。
(鬱陶しい……)
顔に似合わない仏頂面をしながら男子生徒は廊下を歩いていた。
男子生徒の名は桐生蘭。蘭という名前のとおりどこか女っぽい顔つきをしているが、彼は当然正真正銘の男である。それ以外の外見的特徴といえば、青い髪と緑の瞳だろう。蛍神学園高等部普通科1年B組の生徒である。
「ねえねえ、あれ桐生君だよね?」
「可愛いし、勉強できるし、今度アタックしてみよっかな~?」
「やめときなよ。アイツ、女に冷たいよ」
廊下を歩いているだけでそんな声が蘭の耳に入ってくる。それも良い噂と悪い噂が半分ずつ。
可愛い顔と優秀な成績のおかげで、男子が少ない学園で女子に人気がある蘭だが、それでも恋愛をしようとしないのにはわけがあった。
「ら~ん!!」
蘭の背後から金髪の男子生徒が声をかけてきた。金髪とは言っても、誰の目から見ても染めたものであるのは明白だ。
「なんだよ、恭治」
蘭は深いため息をついた。
金髪の男子生徒の名前は綾沢恭治。染めた髪と耳のピアスから周囲には不良か、もしくはナルシストお坊ちゃまと思われがちな存在である。実際これが両方であるからたちが悪い。
蘭にとって同じクラスの数少ない男子であるため親しげにすることもあるが、よその学校ならば間違いなく関わりあいにはならないだろう。
「なあなあ、オマエどっちがいいと思う?」
「何が?」
「A組のリエさんか、テニス部のユナ先輩、それか中等部のサキちゃん」
話の内容は大方蘭の予想通りだった。しかし、『どっち』という聞き方をしたからてっきり二択だと思いきや三択だという引っ掛けは恭治も意図したのか天然なのだろうか。どちらにしろ蘭が呆れるのに変わりはなかった。この男のことだから、実際もっと多くの選択肢を出そうとして敢えて少なくしたに違いない。
「何でもいいよ。好きなほうと付き合えば?」
蘭の返事は適当だった。
恭治は女と金が好きで、蘭と会うたびにこんなことを尋ねてくる。その度に蘭は適当に返事を返すが、一向にこの悪い癖は治らない。そのせいか、この学園でも彼と付き合おうなどと考える女子はまずいない。
「馬鹿、俺じゃねーよ。お前が付き合うとしたら、だよ」
恭治は俺を馬鹿にするな、とでも言いたそうな目で蘭を見据えた。だが、蘭は別の意味でウンザリする質問にまたため息をついた。
「知っているだろ? 僕は誰とも付き合わないよ」
「お前ってヤツは――」
「前から言ってるだろ? 僕は女の子なんて大っ嫌いだって!!」
恭治は蘭の頭上にゴンッ、と拳骨を落とした。
「痛って……」
蘭は恭治を睨み付けたが、恭治も負けずに蘭を睨み返した。
「お前が女嫌いなのは分かる。でもな、彼女らの気持ちを考えたことあるのか? 女とかそういう目で見るんじゃなくて、まず人間として好きになってやれ。大体、お前に告白した女子の中には真剣にお前のことが好きなやつがだな……」
「もういいよ……」
その一言で恭治の熱弁は終了した。
普段おちゃらけた態度の恭治だが、こういう情に熱い部分や、人の気持ちを考えようとする性格は蘭も尊敬していた。
「そんなことをする気はさらさらないよ。女なんて……」
持論を変えない蘭に対して、今度は恭治が呆れた顔をしていた。
蘭が女性嫌いな主な理由は、魔法だった。遥か昔、魔法が存在しなかった時代には男尊女卑と言って女性にとって辛い出来事がたくさんあったと聞く。その風潮は時が流れていくにつれて次第になくなっていった。ところが女性が魔法を使えるようになると、今度は女性が優位な社会へと段々形成されていった。その社会が、蘭に女性は弱いくせに傲慢な動物であるという認識を植えつけたのかもしれない。ちなみに彼が部活動に所属していないのも、この学校に男子だけの部活(女子の比率が多いこの学校では、男子部というものがほとんどない)がないためである。
恭治と話をしているうちにチャイムが鳴って昼休みが始まってしまった。
蘭は急いで教室に戻り、体操着を着替えた。そして、すぐさま購買へ行きパンを買うと、今度は校庭へ向かった。
日当たりの良いベンチに腰掛けながら昼食を取るのが、彼の日課であり、学園生活で唯一の楽しみでもあった。
校庭は教室とは違い静かである。少し肌寒いせいか、ここで弁当を食べる生徒は数少ない。女子は制服がスカートであるため、なおさらだった。おかげで蘭はこの場所が大のお気に入りだった。この瞬間だけ女子から開放された気分になることができた。
「あ、お兄ちゃん!!」
一人の少女が蘭に向かって呼びかけてきた。
高等部のブレザーと違い、セーラー服を着用しているところから彼女が中等部であることが分かる。
「なんだよ、椿か」
椿と呼ばれたポニーテールの少女は蘭の隣に腰掛けた。
「やっぱりここにいたんだ」
「どこにいようが僕の勝手だろ?」
彼女はそっぽを向く蘭もおかまいなしで自分の荷物から弁当の包みを取り出した。
「お兄ちゃん、卵焼き食べる?」
「いらない」
「エビフライは?」
「いらない」
「じゃあ何が欲しい?」
「別に何も……」
その一言に椿は思わずプッと吹き笑いをしてしまった。
「あはは、やっぱりお兄ちゃんにそんな冷たい顔は似合わないよ」
「うるさいな。ていうか何でここに来て弁当食ってんだよ。教室で食えばいいだろ?」
「その言葉、そのままお兄ちゃんに返すね」
椿は蘭に向かって微笑みかけた。
もう分かると思うが、彼女は蘭の妹である。ただし、血はつながっていない。
蘭も椿も両親の顔を知らない。二人とも、物心ついたころから一人の女性の元に身を預けられていた。
彼らにとってはその女性が親というべき存在かもしれない。何故親がいないのか、実の親は誰なのかさえも知らないたくさんの子どもたちが、その女性の元で預けられていた。
蘭は全寮制の蛍神学園に通うことが決まった際に、その女性や他の子どもたちとは別れたつもりだった。だが、椿だけは同じ学校に通うのを決めたため、今でもこうして時々会っている。
「あのさ、お兄ちゃん今好きな人とかいない……よね」
「何だよ? 唐突に……」
「ううん、なんでもない。お兄ちゃん、女性は苦手だもんね」
その言葉には蘭も黙り込むしかなかった。
それからほんの二、三分間だけ、無音の世界が二人を包んだ。
「それじゃあ僕はもう行くよ」
重い空気を振り払うかのように、蘭はすたすたとその場を立ち去っていった。
「私じゃ、ダメだよね……」
過ぎ去っていく兄の背を見つめながら、椿は何か思い耽り、呟いた。
時を同じくして、生徒会室には一匹のトドがいた。
正確にはトドのような人間、とはいってもトドのような巨体でも顔でもない。至って普通の少女である。
何ゆえ彼女を「トド」と暗喩したのかというと、長椅子にうつ伏せ状態で寝そべっている姿があまりにも心地良さそうだったからである。悪口というわけではなく、生徒会室にいるほかの生徒もそんな彼女の姿に同じような感想しか持っていないだろう。
「生徒会長、起きてください!!」
一人の女子生徒が彼女を揺さぶって起こしにいく。だが、彼女は微動だにもせず、まるでお菓子の家の夢を見ている子どものように、幸せそうな寝顔で眠ったままだった。
「ダメ、起きない……」
「ホント、なんでこの人が生徒会長なんだろ?」
悪戦苦闘している女子生徒たちは次第に愚痴をこぼし始める。だがそのまま時間が経過しても彼女が起きる気配は一向にない。このままだと埒があかなかったのか、副会長と思しき三つ編み眼鏡の少女が立ち上がった。
「仕方がないわね、こうなったら作戦Bでいくしかないようね」
「作戦B? って何なんですか?」
「ていうか、Aは?」
他の生徒たちの突っ込みを無視して、副会長は眠っている生徒会長に近付いていった。
「会長、しーらーゆーき会長!! 目の前に山盛りのチョコレートがありますよ!!」
耳元で副会長がそう呟くと、その言葉に呼応して今までトドみたいに寝そべっていた少女はむくっと起き上がった。よほど寝相が悪かったのか、せっかくの普段綺麗なストレートヘアも少し乱れて寝癖が目立つ。起きたばかりで寝ぼけ眼の半目を保つのがやっとこさといった感じで、彼女はまだ完璧に目を覚ましたとはいえる状況ではなかった。
「ちょこれーと、ないじゃん」
「やっと起きましたか、会長。昼までに終わらせなければならない仕事が山積みなんですから早く終わらせましょ……」
「あれ、ここは? あ、そうか。生徒会室で寝ちゃってたんだ。みんな、おはようございま、く~~~」
「か、会長!! 目を覚ましてください!!」
副会長の苦労も虚しく、少女は再びトドへと戻っていった。
蛍神学園生徒会長、南雲白雪が目を覚ましたのはそれから数分後だった――
ばっちりと目を覚ました白雪は、副会長と共に大量の書類を抱え込んで歩いていた。
「なんとか終わりました……後はこれを職員室に提出するだけですね」
「大変だったね。でも、みんなのおかげでなんとかできたよ。ありがとう」
「それはどういたしまして……」
副会長は心底呆れた表情で返事をした。一番足を引っ張ったのはお前だろ、と心の中で何度も突っ込んだ。その突っ込みに夢中になっていたが故に、彼女は……前方不注意な状態になっていた。
「副会長、あのさ……」
「なんですか? まったく――」
「前から人が来るよ」
その言葉は時すでに遅かった。
人とぶつかる音がしたかと思ったら、目の前の歩いていたはずの副会長はその場にへたれこみ、後には散乱した書類し、副会長と同じように尻餅をついた男子生徒の姿があった。
「もう、注意したのに……」
「もっと早く言ってください!!」
「ねぇ、君大丈夫?」
白雪の心配に男子生徒はうんとも答えようとしなかった。
男子生徒は青い髪をしたどこか女っぽい顔立ちの少年だった。背は高くないものの、おそらく学校の中では女子生徒の人気がさぞ高いことであろう。だが、その表情からは誰も寄せ付けないような雰囲気があった。
そんな表情のまま立ち上がり、彼女たちを無視するかのように通り過ぎようとしていた。
「ちょっと、ぶつかったんなら謝るとかないの?」
すると男子生徒は立ち上がって副会長を睨みつけながら、
「ごめんなさい。僕は急いでるんで、それじゃ」
と平謝りをしながらその場を立ち去ろうとしていた。
「あのさ、君……」
白雪がふいに彼を呼び止めた。
よく見ると男子生徒は右手のひらを左手でしっかりと押さえつけている。さらに彼がぶつかった場所を良く見れば古い画鋲が一本落ちているのに気付く。しかもその画鋲の周りに血が若干飛び散っているのを見ると、もう何が起こったのかは彼女にも容易に想像が付いた。
「手、怪我してるんじゃない? ちょっと見せて」
「え、別に大丈夫ですよ。保健室にでも行って絆創膏でももらってきます」
「いいから、大丈夫。私に任せて」
彼女は男子生徒の態度に怒る気配もなくにっこりと微笑みかけた。それに根負けしたのか、男子生徒はしぶしぶ右手の平を差し出した。
案の定彼は怪我をしていた。とはいっても、画鋲による単純な刺し傷である。状況的にはさきほどぶつかった際にできたのは明白だった。そこそこ出血はあるものの傷口は見えるか見えないかの境目にあるようなものだ。本人の言うとおり、治療など絆創膏貼るだけでも充分な傷である。
「すぐに終わるから我慢していてね」
そういうと白雪は目を閉じて、精神を集中させ始めた。
そして、なにやら他の人には聞こえないような小声で唱え始めた。そして彼女の周囲に真っ白い光の粒が現れ、徐々にそれが男子生徒の右手に集まってくる。
「キュアライト」
その暖かい光が徐々に彼の傷を癒していく。そして光が全て消え終わる頃には傷口も出血もすべてふさがり、元通りになっていた。
「もう大丈夫。副会長がぶつかっちゃってごめんね」
「あ、いえ……こちらこそありがとうございます」
さきほどまで仏頂面だった男子生徒が顔を赤らめながら謝った。
「あなた、名前は?」
「えっ……?」
白雪に突然名前を尋ねられて男子生徒は驚いた表情になった。
「名前だよ、な・ま・え!! こうして知り合ったんだからこれも何かの縁じゃない?」
「は、はぁ……えっと、一年の桐生蘭って言います」
蘭は彼女にとまどいながらも正直に名前を答えた。
(なんなんだ? この人……今まであったことのないタイプだ)
「へえ、蘭くんかぁ。あ、私は三年の白雪。こうみえて生徒会長なんだよ」
(この天然そうな人が生徒会長? とてもじゃないけどそんな風にはみえない……なんていうか――)
白雪の笑顔は蘭の心になにか突き刺してくるようだった。それも痛々しい刺し方ではない。なんとなくやわらかく、暖かくて気持ちの良いものだった。
(あれ? なんだろ、この気持ち……)
「それじゃ、私はまだ仕事があるから」
「そうですよ、仕事忘れないでくださいよ!! 生徒会長!!」
「そう、仕事をわすれないで欲しいですわ」
どこからともなく新しい少女の声が聞こえてきた。
「そう、わたくしと戦い、そして負けるという大きな仕事がね」
「その声は……アリスちゃん?」
会長は声のする方向を見回した。
そこにいたのは高笑いをしながら、仁王立ちをしたままこちらを見ている金髪の美少女だった。
「わぁ、アリスちゃんだ!! 久しぶり!!」
「な、なに悠長に挨拶してるんですの!! 空気を読みなさい、空気を」
「元気だった?」
「人の話を聞け!!」
全くかみ合わない二人の会話に副会長と蘭は呆れて言葉も出なかった。
「も、もういいですわ!! 観念しなさい、今日こそ年貢の納め時ですわ!!」
(この人も日本語がおかしい……)
「ふふっ、わたくしが研究に研究を重ねて完成させた新術、それをここで試させていただきますわ!!」
「な、新術ですって!?」
呆れ気味だった副会長の顔も次第に驚き気味に引きつっていく。一方白雪は未だに何が起こったのか分からないといった感じのままだ。
金髪少女は目を閉じて集中を始めた。次第に赤い光の粒が彼女の周りに集まり始める。
直感的に蘭は、その光が先ほど自分の傷を癒したものとは違うことに気がついた。暖かいというより、熱い。癒しの術ではなく明らかに敵意をむき出しにしたような、そんな光だった。
「特別に教えて差し上げますわ。この術は性転換の術、白雪さんを男にさえしてしまえばもうあなたは魔法使いではなくなってしまう。そう、そうすればこの学校の支配は最早わたくしのものですわ!! お~ほっほっほ!!!!」
「性転換の術ですって? それは確か禁術のはずじゃ……あなたどうしてそれを?」
「ですから申したはずですわ。『研究に研究を重ねた』と。わたくしにかかれば不可能の三文字はございませんことよ!!」
「ほぇ、アリスちゃんすごーい!!」
「感心してる場合ですか? 会長、早くここから逃げましょ……」
「もう遅いですわ!!」
光の粒がアリスの右手に集まり、次第に光の球を形成していった。
「喰らいなさい。そしてさようなら、女の子の白雪さん!! 男になったあとはわたくし専属の執事にしてあげてもいいですわよ!!」
刹那、彼女から光の球が放たれた。
その球は加速するかのように白雪の方向に向かっていった。
「危ない!!」
一瞬の出来事だった。
白雪の目の前に、一人の少年が立ちはだかった。
そして自分を捕らえるはずだったその光が彼に当たると、目の前が眩しくなり、大きな爆発音とともに衝撃波が彼女たちを吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
少年の叫び声が廊下にこだましていった。
みんなが落ち着きを取り戻したのは、叫び声が消えてしばらくした後だった。
「ケホッ、ケホケホッ……」
砂埃が辺りに舞い散り、声も目も開けられる状態ではなかった。
「ら、蘭君!! 蘭くんはどこ!?」
白雪の視界が次第にはっきりと見えるようになってくる。
一人の人間がしゃがみこんでいる。どうやら死んでいるわけでも怪我をしている様子もない。
しかし、それはそこにいるはずの人間、蘭ではなかった――
「な、なんということですの……」
「まさか……」
「ら、蘭くん……」
その場にいたものは皆その人物に見覚えがあった。
魔法の衝撃で服は粉々と言って良いほど破れて、ほとんど全裸に近い状態だったが、青い髪、緑の瞳、それはさきほどまでそこにいた少年のものに他ならなかった。
だが、明らかに違う点があった。さきほどの彼は目の前の人物よりも髪は長くなかったし、胸も大きくはなかった。第一、少年は当然男子生徒だ。ここにいる「少女」ではない。
この現状で皆全員考えられることはただ一つだけだった。
「蘭くんが、女の子になっちゃった……」
皆が呆然と見守る中、気付いてないのは蘭本人だけだった。