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彼女のボール

掲載日:2026/09/18

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 スポーツのボールが弾む仕組み。おそらく、生涯で誰もが一度は目にする現象のひとつではないかと思う。

 たいていはゴムの中に空気を入れて用意するものだ。空気は気体ゆえ、圧力を受けて大きく変形する。

 周囲にあるゴムが変形すると、中の圧力が急上昇。その圧力を戻すには、ゴムの変形を戻す必要があり、強い反発が起こってボールは弾む。空気が抜けてしまったボールは、たいして弾まないのも、この反発する力が失われてしまうためだ。

 猛烈な力がかかるほど、その跳ね回る力も大きくなる。いったい、中に何が詰まっているのか……そう疑問に思ってしまうほど、異常な光景に以前出会ったことがある。

 その時の話、ちょっと聞いてみないかい?


 私がとても小さかったとき、一緒に遊んでいた女の子がいた。

 彼女は大人たちが誰もいない時間を見計らってやってくる、近所の子……と私は認識していた。彼女と一緒に遊べる時間は不安定で、彼女が一方的に別れを告げる時は、ほどなくして大人の誰かが姿を見せた。

 音や姿で確認しているのでは、とうてい合わせられないタイミングもあったが、当時の私は不思議と勘がいいものだ、くらいにしか感じていなかったな。


 その彼女が、好んで私と遊んだのはボールを使ったものだ。

 特定の球技をするわけじゃなく、ボールの投げ合いと、弾ませ合いに終始した。

 ドッヂボールの練習で行うような、勢いをつけた投げ合いじゃない。山なりにゆるくボールを投げ合って、それをキャッチし合うというゆるいものだった。

 彼女が持ってきたボールを使う。ちょうどバスケットボールくらいの大きさだったが、彼女の持っているそれは、いつも真っ白だった。彼女のキャッチはうまいが、当のわたしはへたっぴで、何度か取り落としてしまうこともあったな。

 当時、住んでいたあたりは水はけが悪く、ややもすると足元がぬかるんでしまうことが多い。ボールなど、すぐに汚れてしまいそうな環境だったが、彼女の白いボールにかんしては私が取り損ねて泥の中へ浸かってしまっても、たいして汚れないシロモノだったな。


 弾ませ合いに関しては、特に彼女が好んでいるもので、私と彼女でボールをつき、どれだけ大きくはね返るかを競うものが当初のやりかただった。

 けれど、私がたいして弾ませられないのを見て、失望されたのか。やがて彼女が一方的について、そのはね返りを見るという占いか芸術じみた所作へ変わっていった。

 ドリブルのイメージとは違うな。彼女が抱えて落としたボールは、どこにそのような力があるのかと思うほど、強く反発する。

 彼女の背丈はおろか、当時の遊び場に植わっていたのっぽの木の背丈も、大きく追い越すほどの弾み具合だ。幼心に、他のボールでは絶対に見られない光景というのが興味深かったな。

 日によって違う、その弾みを見ていたのだけど、弾みがいいほどに彼女はちょっと寂しそうな顔を見せたのも、よく覚えているな。


 彼女について、親に話をしたことはあったけれど、ついぞ親がいる状態で彼女と会うことはなく。彼女もまた、家族の存在をにおわせることなどはなかった。

 確かに言葉はいくらか交わしたはずなのに、今はもうぼんやりとしてしまって、まともに思い出せない。

 ただ数年前、社会人になったばかりのころに、おそらくは彼女を再び見かける機会があったんだ。

 仕事帰りに歩く、夜中の橋の上。その中央あたりに彼女が立っていたんだ。欄干から橋下を見下ろす彼女は、こちらに気づいた様子を見せない。私も最初は彼女だとは思わなかった。

 私の思い出の中と同じ、子供の姿をしたままだったからね。まさか長い年月が経って、そのままとも考えづらかった。

 ただ彼女の抱えている、あの真っ白いボールを視認したときは、よもやと思ったよ。


 橋の高さ、はっきりとは見ていないが二階や三階建ての建物くらいはあるんじゃないだろうか。下に川は流れているものの、度胸試しで飛び込むにはちょっと足がすくんでしまいそうなくらいだ。

 そこへ、彼女は抱えていたボールを落とす。あのときと同じようにゆっくりと。

 普通のボールなら、そのまま川に飲み込まれて流れていくばかりだろう。けれど、わたしはそうならないだろうことを予想していたし、その通りになった。

 ボールが流れに埋まっていたのは一瞬だけ。すぐにまたはね返り、彼女の手元を通り抜け、空高くに弾んでいった。そうして、もう落ちてはこなかったんだ。


 ついボールを追ってしまい、彼女から目を離したのがまずかったかもね。向き直ったとき、彼女は立ち去る気配もなかったのに、いなくなってしまったんだよ。

 そして翌朝に、多くの犠牲者を出す災害があったんだ。

 もしや、小さいころの私たちの弾ませ合い。あれの大きく弾むときもそうだったのだろうか……なんて考えちゃったよ。

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