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一話  作者: 団欒まどべ
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一話

 



 見渡す限りの緑の平原を見下ろす上空に、一羽の燕が見える。

 燕は頭部に宝石を削り出したような材質のツノを持ち、目で追うのもやっとの速さで滑空していた。

 捕らえられる者などいないかのように思える速度で空を裂く燕は、しかし、不意に横から現れたドラゴンの口の中へ姿を消した。

 獲物を嚥下した喉越しに上機嫌で舌鼓を打ちつつ、ドラゴンは眼下に蠢く小さな生き物へ視線を向ける。その生き物は群で共通の擬態を体に施し、特有の鳴き声で複雑なコミュニケーションを取る。巣の周辺を石や木で囲って壁を造り外敵の侵入を防ぐ用心深さを見せる一方、巣を離れて他の群と交戦する好戦的な性質を剥き出しにすることもあった。

 交戦の舞台は大抵の場合、ある程度の広さを有する平原であり、はじめに群ごとに平原の端と端に分かれ、合図があるまでは決して動かないのだ。

 今回もその奇妙な習性に則るらしく、彼らは、朝、太陽が昇ってから真上に移動するまでの間、整然と列をなして、ひたすらに合図を待っていた。

 生物としての合理性を欠く行動を取る、このヒトという生き物を、侮蔑を込めた眼差しで一瞥し、ドラゴンは太陽に横腹を見せるように体を傾けると、山向こうへ姿を消した。

 その山の裾野には、草原には似つかわしくない黒々とした砦が建っている。

 砦には艶さえない黒い石が使われており、瑞々しい自然との対比で異彩を放っていた。


 短い黒髪に闇を映したような漆黒の瞳の少年が、三メートルはあろうかという外壁を軽々と登って行く。その動作には重力や自重を一切感じさせず、目の錯覚を疑いそうになる。

 やすやすと砦に侵入を果たした黒髪の少年は、事前に頭に入れておいた地図を脳内で広げる。砦には防衛を目的とした最低限の施設が必要なだけ設けられていたが、唯一、砦最奥の広間だけが不必要に広い空間を取っていた。

 敵の視線を掻い潜って進むのに、ある程度の隠密行動が必要になることを少年は覚悟していたが、内部は不気味なほど静まり返っており、潜めた声の一つも聞こえてこなかった。

 道中は罠もなく、不気味なほど容易に広間に辿り着く。やはり無駄に広いその部屋の奥には、大げさなほど豪奢な椅子が設置されている。深い艶のある黒に繊細な黄金の細工、王のための玉座もかくやといった風体のその椅子は、座った者が自然と周囲を見下ろすよう、段差の上に固定されており、一目で権力者のための席なのだと分かる。

 そんな椅子に腰掛ける人物が居る。

「久しぶり。こうして顔を合わせるのは、何年ぶりだろう」

 椅子を飾る華美な装飾に負けない、彫刻のように整った顔立ちの少年が、そう言って悠然と微笑む。彼は長い白髪に冴え冴えとした金色の眼、頭部に生えたツノと顔の横から伸びる耳は山羊のものと同じであり、さらに腰から下も山羊の下半身と同じだった。

 これはヒトという生き物の分類の中の魔族という種族の特徴であり、黒髪の少年のようにツノがなく、丸い耳を持ち、獣の特徴も鱗もない者は人間と呼ばれた。

 白髪の少年と、彼を見上げる黒髪の少年は双方ともに十代の半ばといった年頃だったが、年齢に見合わぬ近づきがたい威圧感をまとっていた。

「六年だ。この時を待ちわびたぞ」

 白髪の少年を見据え、黒髪の少年が剣を抜き放つ。

「勇者! 待て!」

 黒髪の背後から、仲間と思しき青年と少女がそれぞれの武器を構えて現れる。それを合図に、黒髪の少年は風のような速度で駆け出した。

「馬鹿! 一人で突っ込むんじゃない! 相手は魔王だぞ!」

 仲間の声を無視し、勇者と呼ばれた少年は魔王と称された白髪の少年を目がけて大きく剣を振り被る。それから、はっきりと一音ずつ、相手に言い聞かせるように呟いた。

《炎よ》

 短い言葉に呼応し、刀身の周囲に極小の爆発が引き起こされ、振り下ろされる剣の速度を加速させた。ヒトの腕力では到達し得ない勢いで魔王に迫った剣は、しかし標的に届くことはなかった。

《シールド》

 刃が白髪に届く直前、魔王の前に現れた魔法障壁が勇者の攻撃を防いだのだ。

「くっ」

 白色半透明のハニカム構造の障壁に弾き飛ばされ、仲間の元まで押し戻された勇者へ、仲間の青年の叱責が飛ぶ。

「馬鹿、落ち着け! らしくもない! いつもの冷静さはどうしたんだ⁉」

「ああ……すまない」

「無理ない。宿願、目の前」

 そう諭すのは、同じく勇者の仲間の少女である。口調は特徴的だが落ち着いた声音に、青年は冷静さを取り戻したようだ。

「そ、そうか……。しかし、家に残してきたお袋さんと妹さんのためにも、ここは耐えて作戦通り行動してくれ。俺も彼女も、全力でサポートする」

 青年は魔法の杖を、少女はメイスを手に、勇者を励ますようにうなずく。その力強さに口角が上がるのを自覚して、勇者は立ち上がった。

 視線の先には、いまだ椅子から立ち上がりもせずに余裕の笑みを浮かべる魔王。

「行け! 勇者! 俺たちを信じろ!」

 仲間の声援を受け、勇者は駆ける。

《サンダー!》

 勇者の背後から青年の詠唱とともに稲妻が走る。それらは障壁に阻まれてしまうが、わずかな時間、壁に纏わりついて目くらましの役割を果たした。

 勇者は魔王の目線を確認しつつ、腰に下げた皮袋から小粒の魔石を取り出し、片手で砕いて破片をばらまいていく。手にした剣の重量を感じさせない瞬足で、あっという間に魔王の周囲へ石をまき終えると、勇者は仲間に視線を送り、鋭く息を吸い込んだ。

《影よ、繋縛せよ》

 床にまいた魔石から紐状の影が伸び、音もなく魔王の足元に迫る。

  影は魔王の張った魔法障壁が途切れた一瞬の隙をついて、八方から魔王に襲いかかった。

 魔王は影に口を封じられ、慌ててもがくも、悲鳴すら上げられず、力なくうなだれた。

 魔王が沈黙してから数分、勇者は影の拘束を解かぬまま、近づいてその顔を覗き込む。

「やったのか……?」

 背後から青年が問いかける。その声には隠し切れない不安が混じっていた。

「大丈夫。魔力の反応、ない。気絶してる」

 少女の言葉を後押しするように、勇者もうなずく。

「安全性は保証する。この拘束魔法は王城の学者監修で秘密裏に開発した高等術式だ。開発に携わった者でもなければ、まず解けるものではない」

「城の連中がそんな研究を?……しかし、そうか、それなら安心だ。あっけないもんだったな。魔王と言ってもまだガキってことか」

「念のため、拘束は解かずに後から追いつく魔道具隊の部隊を待つ作戦だったな」

「これ、殺してはいないんだよな?」

「まだ生きている。しかし、時間の問題だ。そう遠くないうちに処刑されるだろう」

「そう……か……っはは……」

 思わずといったふうに笑いを漏らし、青年は魔王の近くへ歩いて行って、しゃがみ込む。そして、力なく垂れた魔王の腕に見慣れない腕輪を取りつけたかと思うと、今度は勇者のもとへ足早に戻って来た。

「……何だ? 何をしている?」

「世界を救った勇者さまに、俺からの戦勝祝いだ。受け取ってくれ」

 言うが早いか、青年は勇者の腕を掴んでその手に腕輪をはめる。

 腕輪には飾り気がなく、塗装すらされていないことから、一目で装飾目的の品ではないことがうかがえた。違和感を抱いて腕輪を外そうとするも、動かすことができない。腕輪が小さいだとか、食い込んでしまっているだとか、そういった物理的な話ではなく、磁石のように目に見えない力で反発されているようだった。

 勇者が腕輪について尋ねようと青年の顔を見上げたその時――

《オルター!》

 青年が声を張り上げた。彼の杖の先端に取りつけられた五つの魔石のうち、四つが砕け、突如、勇者の頭を激痛が襲う。

「……っ!」

 鈍器で頭を横殴りにされたかのような衝撃に、堪らず膝をつく。

 歪む視界が、込み上げる吐き気が、脳内をめちゃくちゃにかき回し、勇者は意識を手放した。


 嵐のような痛みを超え、何とか自意識を取り戻すと、視界の端に白い物が映る。触れてみると、それは白く長い髪の毛だった。

「……」

 気づけば、段差の上の椅子に体を預けている。

 視界の端で見慣れた黒髪の少年が立ち上がるのが見えた。その顔が、ゆっくりと振り返る。

「ああ……」

 黒い瞳と目が合う。暗い茶でもなければ灰色でもない、光とは相反するはずの色が、今は確かな光を宿して、こちらを見ていた。

「くっくっく……ははははは! やった! やったぞ! 任務達成だ!」

 響き渡った青年の笑い声。少女が警戒心を露わに、メイスを強く握り締める。

「どういうこと……説明、して」

「聞いた通りさ! 生意気なガキどもや魔物の相手をしながら、ここまで旅をしてきたのも、命を張ってクソったれの魔王の膝元に出向いて来たのも、全てはこの瞬間のため!」

「その腕輪、何……」

「知りたいか? いいぜ、教えてやる! この腕輪は勇者と魔王をまとめて無力化するために、魔道具と魔法の知識を融合させて製作された、魂を入れ替える装置だ。そうやって無力化した勇者と魔王を封印するのが、俺の目的だったのさ!」

「入れ替わり、封印……? 魔王、罠にかけるの、分かる。でも勇者まで巻き込むの、おかしい。それに、魔道具は人間の技術、高度な魔法は魔族の知識。敵同士、協力なんてしない」

「この世界はガキが考えるほど単純じゃないんだよ。勇者と魔王の決着がつくと困る勢力ってのがあるのさ。そして、他人の命より自分の懐が痛む方が重要だって心理に、人間も魔族もない。欲ってのは平等だ。その平等な利害関係の下、人間と魔族が手を取り合い、共同開発した奇跡の技術。これがその成果だよ」

 青年が黒髪の後頭部に、杖を乱暴に押しつける。

「さあ、魔王さま。人間の体では、ご自慢の大魔法も使えないだろう。頭を吹き飛ばされたくなけりゃ、俺の言うことを聞くんだ」

「ふ……」

 椅子の上から一連のやり取りを眺めていた少年が笑いを漏らす。すぐに口元を手で覆ったが、どうやら遅かったらしい。青年の視線が射殺すような鋭さでもって向けられる。

「何を余裕ぶっていやがるんだ? 勇者さまよ。今、まさに質に取られてんのは、お前の体なんだぜ? お得意の身軽さでお前が跳び上がった瞬間、俺はお前の頭に風穴を開けられるんだ。ちゃんと分かってんのか?」

「いや、失礼した……人間も魔族も関係ないと言いつつ、お前が杖を向け、警戒するのは、そちらなのかと、そう思ってな」

 語るうち、発した声の慣れない響きに居心地の悪さを覚える。自分の知る声はもっと高かったはずだ。

(……六年も経てば無理もないか)

 白髪を揺らし、少年は椅子から立ち上がる。

 ツノの先端から蹄の先まで魔力が満ちる懐かしい感覚に、どうしようもなく心は高揚した。

「はぁ? うるせえよ! また勇者さまの意味分かんねえご高説か⁉ 見下しやがって! いい加減、黙っとけや!」

 普段の落ち着いた様子からは考えられないほど気色ばんだ青年が杖に魔力を集中すると、彼の体を淡い紫色の魔力が包む。

《サンダー!》

 がなり声の詠唱で、青年の杖の魔石の最後の一つが砕け散り、電撃が走る。攻撃は的を大きく逸れて広間の天井に当たり、衝撃で装飾のタペストリーを一つ落とし、儚く消えた。

「なっ……は? 何で……」

《闇よ》

 一言発しただけでも、与えられる力に際限はなく、望んだだけツノに魔力が注がれる。

久しく味わっていなかった充足感や万能感といった感覚が全身を満たし、つい不必要に大きな魔力を込めて魔法を詠唱してしまう。

《――闇よ、穢れを覆う幌となれ》

 窓の外の空が見る間に薄青から黒に塗り替えられ、床下から闇が染み出し、溜まっていく。

 ある程度の量が溜まった闇からは、黒蜜のような質感の布が広がり、それらは獲物を狩る肉食獣のように、一斉に青年へ飛びかかった。

「ひっ⁉ 何だ、何が起きてる? ゆ、勇者、お前がやってるのか⁉ これだけの魔法、魔石がどこに……あっ、ああ、わああ! さ、触るな、俺に触るんじゃねぇ! サンダー! サンダー!」

 闇が腕や足にまとわりつく恐怖から、青年は恐慌状態に陥って、意味をなさない言葉を喚き散らす。その間に、闇は青年から杖を奪い、毛布で包むように全身を包んで彼を拘束した。

「くっ……な、何だってんだよ⁉ 話が違う! 別人の体に入れ替えられた直後に、魔法なんて使えるはずがない! 使えない、はずなんだ……! なのに、クソ、クソが! 何でいつも俺だけが貧乏くじを引かされる!」

 青年の体がバチバチと放電を始める。感情を律することができず、魔法が暴走しかけているのだ。人間の魔法使いには時々見られる現象で、自らの魔法によって自身を傷つけ、場合によっては後遺症が残ったり、命を落とすこともあるという。

「こっちは任せていいかな?」

 穏やかだが強い意志を感じさせる声。黒い瞳がどこか試すような意図を含んで白髪の少年を見上げていた。

「ああ、心得ている」

「良かった。じゃあ、オレは周りの取り漏らしの方を担当するね」

「索敵魔法は必要か?」

「気配で分かるから大丈夫。心配してくれてありがとう」

 親しげな調子で礼を言って、黒髪の少年は広間を出て行った。

 残されたのは、当然のように平然と闇から青年の杖を受け取る少女と、闇に巻きつかれ、床に転がる青年。放電の勢いが増して肉体と精神の限界が迫っているのか、顔色が赤黒く変色し始めていた。少年は緩慢に感じるほど、ゆったりとした歩みで青年に歩み寄り、その様子を見下ろす。

「ともに旅をしていた頃から感じていたことだが……」

 青年の淀んだ目が魔王を捉える。彼がわずかに身を引いたのを、魔王は見逃さなかった。

「お前は、ただ魔族が恐ろしいだけなのだろう。だから排除したい。違うか?」

「……っ、だったら何だ⁉ お、お前、 いつもいつも偉そうなことばかり言いやがって! 勇者だなんだと持て囃されて調子に乗ってんじゃねえぞ! 生意気なんだよ、クソガキが! 痛い目を見たくなかったら早く魔法を解け!」

「断る。我ら魔族に害をなす者を、見逃すことはできない」

「……あ? 何だ、何を言って……いや、お前は……何なんだ……? お、俺は一体、何と旅をして……」

「これは失礼した。名乗るのが遅れたな。では改めて――余は魔族を統べる王。魔王オーマ。以後お見知りおきを。臆病で矮小な、薄汚い人間よ」

「……は……」

 理解が追いつかないのだろう。表情の抜け落ちた青年の顔面に、闇が覆いかぶさる。

 闇を剥がそうともがいて暴れ、やがて青年は、くぐもった悲鳴を上げて、ぐったりと力なく床に突っ伏した。オーマと名乗った少年が蹄の先で蹴ってみるが、反応はない。どうやら気絶したようだ。

 そうこうしているうちに、黒髪の少年が広間へ戻って来た。

「ただいま、オーマ。もう終わった? 何か手伝うことはある?」

「今、終わった。そちらの守備はどうだ」

「全員残らず外に放り投げておいたから、魔法を解除しても大丈夫だと思うよ」

 索敵魔法で確認すると、黒髪の少年の言葉通り、建物の内部には、もうこの場の四人以外の生命反応は見られなかった。砦を覆っていた魔法を解けば、重い雲は晴れ、空気中の魔力の密度が軽くなる。そうして、代わりに体内へ魔力が戻ってきた。あるべきものがあるべきところに帰ってきたような感覚に、ひと心地つく傍ら、少女が黒髪の少年に駆け寄る姿が視界に入った。

「おかえり、ユウ」

「あっ、アンナさん。えっと、久しぶり……あの、きき、きれ、綺麗に、なっ……たたたね?」

「何て?」

「う……ううん、何でもないんだ。忘れて……」

「その見た目のユウ、変な感じ」

「う、うん。六年前、十歳の頃にオレとオーマの魂が入れ替わって以来だからね。オレが居ない間、どうだった? 母さんと妹は……」

「二人とも元気」

「そっか、良かった。安心したよ。オーマはオレの真似できてた? ほら、オーマって、何と言うか、態度が……」

「ユウ・アイス」

「わっ。オ、オーマ。い、今のは悪い意味じゃないから! オレとオーマは育った環境が違うから、大変だっただろうなと思って!」

「余に同道することを許す。ついて来い」

「え?」


◇◇◇


 はじめにそれに気づいたのは、魔族軍の兵士だった。人間軍との数時間にも及ぶ無益な睨み合いの最中、背後の砦から小さな黒い塊が打ち上がった。打ち上げ花火のように間の抜けた音を立てて空高く昇ったそれは、突如、空気を震わせる爆発音でもって弾け、薄青の空に黒い花を咲かせる。

 風が黒煙を拭い取った後、砦の屋根の上に、闇をまとう人影が見えた。

 長い白髪に大きなツノ、山羊の脚と、お手本のような魔族の特徴を備えた少年の姿に、魔族軍から低くどよめきが上がる。人間軍も、声は届かずとも驚きに包まれていることだろうことは察しがついた。その闇色の魔力が示すのは、世界で唯一、あらゆる属性を支配下に置く者が存在するという事実。魔族にとっては自分たちを導く指導者、人間にとっては恐怖の象徴である魔王だった。

「今代の魔王は病弱で、ろくに戦えないという話だったが……」

「人間どもを騙すデマだったのではないか? あれを見ろ。あんなにも高濃度の魔力を操る御方の、どこが病弱だというのだ」

 戦場の空全体が、にわかにドス黒く塗り潰され、魔王が頭上に掲げた腕の先で、魔力が黒い槍状に収束していく。先ほどは空に打ち上げられた塊が、今度は人間たちに狙いを定めたのが分かり、動揺からか、人間軍の隊列がわずかに崩れた。

 その隙を見逃さなかった魔族兵たちの間に緊張が走る。これを機に敵陣地へ攻め込めば、一気に勝利を収められる。何と言っても今回の戦場は魔王の助力があるのだ。これ以上の好機があろうか。そんな予想図を描いて、飢えた獣の眼光を獲物へ向けた人々の意識は、魔王が放った爆発音を凌ぐ轟音によって引き戻された。

 砦の外壁通路に、黒髪の人間の姿が見える。決して体格に恵まれた方ではない、まだ少年といっていい年齢の彼が振り上げた手には、ヒトの頭部ほどの大きさの丸い球があった。目を凝らせば、それが大砲に装填する砲弾だと分かる。少年はその弾を、まるで布製のボールのように軽々と振りかぶった。

 砲弾は魔王の立つ砦の屋根に命中し、着弾と同時に砂煙を上げて爆発する。

 体格に見合わない桁外れの身体能力。物理法則のルールから外れた、この世でただ一人の例外的生物。それは人間の希望にして魔族の怨敵、勇者の他には存在しない。

 立て続けに二投、三投目が続き、外壁や周囲の木々を食いちぎるように破壊していった。

 あれが人体に命中していたらと、全員が惨たらしい己の亡骸を想像したかどうかは確かめようがないが、勇者が四投目を投げる予備動作に入ったのを確認し、今度は魔族軍の隊列が崩れ始めた。

 圧倒的な暴力の前に、動物的な本能が逃走を命じる。無秩序に散らばりかけた軍の退路を断ったのは、魔王の魔法だった。ドーム状の覆いが上から被さり、兵たちが散らばるのを防ぎながら、勇者の攻撃から魔族兵を守る。

「……」

「……」

 魔王と勇者は無言で視線を交わす。絶対的な力を持つ者同士、通じ合うものがあると言われれば納得してしまいそうなほど長いこと睨み合うと、同時に攻撃を仕掛けた。


 ◇◇◇


「オーマ!」

「……!」

 圧倒的な戦力差により、見守ることしかできない群衆を横目に見ていたオーマは、ユウの声で我に返る。眼前に迫り来る砲弾を影の魔法で包み、空中で爆発させると、爆炎の中から飛び出したユウが斬りかかってきた。

「ごめん、オレ、そろそろ限界かも……」

「分かった。最後に派手な魔法を使う。爆発に紛れて身を隠せ」

「了解!」

《闇よ、宵に弾けて威光を誇示せよ》

 幾つもの小さな闇の塊がオーマとユウの周囲に出現したかと思うと、次々に弾けて目くらましの役割を果たす。二人は爆発に紛れて物陰に入ると、それぞれに腕輪に触れる。

腕輪のランプが三度、明滅した後、役目を終えたように腕から外れ、地面に落ちた。

 直後、激しい頭痛に意識を揺さぶられ、オーマはたまらず目を閉じた。


 ◇◇◇


 自身の立ち位置すら見失うような眩暈から回復すると、すぐに自分と同じように眩暈から回復したユウの姿を確認する。殺すべき敵の顔があるはずの場所には、白髪に金の目、山羊のツノを持つ、魔王の顔があった。

「……ふう、落ち着いた。もう少し我慢して戦っておいた方が良かったかな?」

「充分だろう。今回は魔王と勇者の健在を示すことが目的だ。あとは各々の陣営に戻って、敵は手強く、惜しくも取り逃したとでも報告すればいい」

 地面に落ちた腕輪を回収して懐に入れる。魔族軍の方はまだ見守る態勢を取っているが、そのうちに異変を感じ、砦を確認しに来る者も出てくるだろう。

「じゃあ、またね、オーマ。次に、いつ会えるか分からないけど、その時は戦場じゃないといいよね」

「必要ならどこへでも出向く。我らの目的遂行のためならな。今後はお前も、より一層の警戒をしろ。この腕輪を使ってきたということは、今後、あちらも本格的に仕掛けてくるだろう」

「うん、分かった。じゃあ、オレ、そろそろ行くよ。これからも、うちの家族のこととか、友だちのこととか、諸々よろしくね」

「最善を尽くそう」

「オーマがそう言ってくれるなら絶対安心だ。オレも頑張るから、オーマも安心して!」

 手を振って見送る友人を背に、オーマは踵を返す。


 魔王と勇者は、いつの時代も並外れた力をもって生まれ、魔族と人間の戦争を牽引してきた。戦いの果てに命を散らすと、再び生まれ変わり、また争いの中で命を落とす。

 六年前、当時は十歳だったオーマとユウも、その流れの中に居た。

 しかし、彼らには転機が訪れる。

 それまでの時代には存在しなかった、魔法と魔道具の技術の粋を集めた結晶である魂の入れ替わりを引き起こす腕輪が、彼らを運命の枠組みから外れさせたのだ。

(この運命を定めたのが神か、また別の何かかは知らんが、どれほどの存在だとしても関係ない。余自身の納得していない決まりに従えるものか)


「必ず日の下に引きずり出して、二度とこんな真似ができないよう、徹底的に叩きのめしてくれる」


 これは、運命に立ち向かう子どもたちの物語。


 

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