第二章:学園の風、そして彼と出会う
王立魔法学園。
貴族の子女たちが集う名門校。
ヴェルディアは、入学式の日、黒のローブを翻しながら、静かに校門をくぐった。
「あの人、クラウディア家の令嬢だわ。噂の……」
「でも、全然悪そうな顔してないわよね?」
「でも、王太子の婚約者候補だし……」
噂を背中に聞きながら、私は無表情を意識して歩く。
目立たないように、目立たないように。
だが、その日、一人の少年とぶつかった。
「すみません!」
「……大丈夫です」
慌てて謝ってきたのは、紺のローブに銀の刺繍を施した、見覚えのない少年。
黒い短髪、鋭いけれどどこか優しい瞳。
その顔を見た途端、私は思わず息をのんだ。
「セシル・ノーランド……?」
──ゲームの本編では、登場しない人物。
彼は、ゲームのDLCで、隠しキャラとして現れた、謎の青年貴族だ。
ヒロインのミシェルに恋をした末、悲劇の死を遂げる、運命に翻弄された少年。
「僕を知ってるんですか?」
「い、いえ……名前だけ、どこかで聞いた気がして……」
私は動揺を隠してうつむいた。
この人物は、実はゲームのルートに影響を与える危険な存在。
関わってはいけない。
「それじゃ、失礼します」
急いで立ち去ろうとする私の手首を、セシルがふいに掴んだ。
「待ってください。あなた、魔法の才能、隠してませんか?」
私はびくりと肩を震わせる。
「……どういう意味でしょう?」
「さっき、足を滑らせたときに、無意識に風の魔法でバランスを取ってましたよ。でも、魔法科のリストにあなたの名前はない。隠してる。なぜ?」
唇を噛んだ。
セシルの観察力は、鋭すぎる。
「……関係ありません。放してください」
「わかりました。でも、もし誰かに助けが必要なら──僕を頼ってくださいね」
その言葉に、胸がちくりと痛んだ。
こんな優しい言葉、前世の悪役令嬢には、一度も向けられたことがなかったから。