仇
俺はまだ40代半ばだがある広域暴力団の組長をしている。
30年程前に中学を卒業したあと就職した。
でも低賃金でこき使われるのに嫌気がさし、勤務先の近所にあった羽振りの良さそうな開業医の自宅に深夜強盗に入る。
頂く物を頂いたら直ぐにトンズラするつもりだったのに、2人揃って抵抗するんで頭にきて医者夫婦を殺してしまう。
殺した所を見ていた6~7歳のガキもついでに殺そうとしたら、ガキが大声で俺に罵声を浴びせ始める。
「人殺しー! お父さんとお母さんを殺したなー! この仇は絶対に返すからなー!」
ガキの怒鳴り声に気が付いたらしく近所の家々に電灯が灯り、窓が開かれた音に気がついて俺はガキを殺すのを止めその場から逃走した。
逃げ出した俺の背中に向けてガキは罵声を浴びせ続ける。
「何時か殺してやるからな! 覚えていろよー!」
まあそんなのはガキの戯言にすぎないだろうけどな。
俺はその事件の犯人として捕まる事も無く、強奪した金を持って極道の世界に足を踏み入れる。
極道の世界は俺にあっていたらしく直ぐに頭角を表し、とんとん拍子で出世して広域暴力団の組長の席に収まったって訳だ。
いくらガキが足掻いても、暴力団のトップにいて大勢の手下に守られている俺を殺すなんて事は、ガキが警察官になっていても不可能な事だろうさ。
そんな俺でも病気には勝てない、酒や薬をやりすぎた所為で肝臓が病に犯され移植の手術を待っている。
病室のベッドに寝かされていた俺はストレッチャーに乗せられ、手術室に入り手術台に横たえられた。
麻酔医が俺に筋弛緩剤剤を注入、全身の筋肉が弛緩して身体の力が抜ける。
その俺の顔を見ながら執刀医が手術の準備をしていた。
筋弛緩剤剤の次は麻酔が注入されるはず、え? チョット待て.、麻酔がまだ注入されていないのに手術を始めようとしている。
俺は執刀医に向けて叫ぶ。
「チョット待て! まだ麻酔がかけられていないぞ!」
叫ぶ俺の顔を見下ろしながら執刀医は鼻の上まで覆っていたマスクを顎の下まで下ろし、俺に顔を近づけ話しかけて来た。
「この顔に見覚えありませんか? 忘れているようですね。
私は覚えていますよ、30年前に見たあなたの顔をね。
あのとき言いましたよね。
何時か殺してやる、父と母の仇を絶対に返すからなと。
あなたにはこれから麻酔無しの手術を受けて貰う事になる。
私の時と違いここは防音が完璧です。
いくら叫んでも外には聞こえません。
ですから自由に助けを求めて下さい。
手術が終わるまであなたの心臓が持つと良いですね」
そう俺に言った後、手術台を囲む他の医者や看護師に声を掛ける。
「では、手術をはじめよう」