第四話 誰かに見られていたのなら
しゅうはオレンジの毛束を持ってバスルームに入る。
「うわっ、しゅう、何その髪。抜いたの?」
中には父であるくろきと末っ子のしやがいた。くろきはヘアアイロンで髪をストレートにしている。しやはコテで髪を巻いている。
「ねえ、しゅう、その髪はどうしたの?」
「あっ、お父さん。これは……」
「しゅう兄さん、パピーの質問どうでもいいから、二十分後に家を出るとして学校に着く時間を計算してくれなーい?」
しやは鏡越しに可愛い上目遣いをしゅうに向ける。くろきはしゅうから髪の束を奪い、臭っている。
「しやもメッシュは地毛じゃないのか?」
くろきはしゅうに髪を返し、しやのピンクメッシュを触る。しやは「髪、崩さないでよー」と言いながらも髪を嗅ぐ父を許している。すごく仲のいい親子だ。それだけならいいのだが。
「僕たちは見分けがつきやすいように毎日こうしてメッシュを入れてるんです。中学で染めるのを禁止されたので」
しゅうはメッシュを髪にピンでとめる。くろきは六つ子たちの中学時代をあまり知らないことに後悔した。
「しゅう兄さん? 計算してよねー」
「はいはい。お父さん、今日、車で送ってもらえませんか?」
しゅうはしやを真似して上目遣いで頼む。くろきは一発オーケーしてくれた。
「じゃあ、車で二十分ぐらいだから……八時四十分には着くね」
「遅刻じゃーん!」
しやがコテを片付けながら急いでバスルームを出て行った。しゅうはそれを横目で見ながらくろきの足を踏んだ。
「痛いよ。しゅうくん」
「奇遇ですね。僕もいたいです」
しゅうはくろきを睨む。くろきは意味が分からないというように首を傾げる。
「どこが痛いんだ?」
「ハート」
くろきは何かを考えるように上を向いて、少し笑った。
「なるほど。しやが私の部屋のバスルームにいたから嫉妬したのか」
しゅうは目を逸らす。正解だ。
くろきはバスルームの扉をガチャンと閉めて、くろきを見つめていたしゅうに口づけをした。しゅうは突然のことに口を押さえて腰を抜かして座り込んでしまった。くろきはしゅうの前にしゃがみ、しゅうの頬を触りながらまた口づけをした。しゅうは離そうとしたが、その前に何か物音がした。
くろきが扉の方を見ると少し、扉が開いていた。
「閉めたはずなのに……見られてたってことですか? お父さん」
しゅうが焦りながら聞くとくろきも焦っているのか、目を見開いていた。
「見られてた……」
しん「行ってきまーす」
しんや「じゃあ」
しゅう「行ってきます」
しゅうと「……」
しゅうや「行ってくる!!」
しや「んじゃー」
「はいはい、遅れてるよ。みんな、行ってらっしゃい」
運転席から手を振ってくれる父にしゅうとしゅうと以外が手を振り返す。しゅうとが手を振らないのはいつものことだが、くろきとの接吻を見られたからではないかとしゅうは思ってしまう。
そんなことを考えながら、腕時計を見ると、見事に遅刻していた。
「みんな! 走るよ! 八時四十三分、遅刻!」
しゅうの叫びに兄弟たちは急いで校門を通る。
足の速いしゅうとは一番乗りで教室に着く。先生が来ていないことにホッとして、自分の席に座り、荷物を片付ける。
「あれ? 他のみんなは?」
クラスメイトがしゅうとに話しかけたが、しゅうとは無視した。
「二番乗りー!」
しんの声が教室中に響いた。それに気づいたしゅうとは話しかけてきたクラスメイトを押しのけ、教室に着いた兄弟たちに歩み寄る。
「おそかったね。まだ先生来てないから遅刻にはなんないかも」
「よかったー、そして疲れたー。しゅうとはなんでそんなに足が速いんだ?」
しんやが自分の席に座りながらシャツのボタンとネクタイを外してる。他の兄弟たちも同じようなことをする。しゅうだけはスマホを触っていた。
「六つ子なのに足の速さが違うとかわけわからん」
しやはメイクを直しながら前の席のしゅうやと話していた。しゅうとも席に座り、しゅうのスマホをのぞき見した。しゅうは気づかない。
『お父さん:無事着きました。先生もまだ来ていなくて遅刻にはならないと思います。あと今日塾に行くのでお仕事が終わったらお迎えお願いします。今日一緒に寝ちゃだめですか?』
しゅうとは読んでしまった。兄弟から、義父への、愛のメールを。
「お迎えありがとうございます。お父さん」
しゅうは助手席に座る。しんとしんやとしゅうやが三列目に座り、しやとしゅうとが二列目に座る。三神家の日常だ。月曜日の塾帰りの。
「今日は何を学んだ?」
父くろきは仕事で疲れながらも息子たちとの時間を取ってくれる。
「今日、僕は、冷蔵庫を英語で書けるようになりました!」
しゅうやは三列目の真ん中から運転席まで聞こえる大声を出す。
「……すごいね。しゅうとは? 何をしたんだい?」
くろきは赤信号になり、バックミラーでしゅうとを見る。しゅうとは一度父と目が合ったものの、すぐ逸らす。そして口を開いた。
「お気に入りのかわいこちゃんにでも聞けば? ベッドの中で答えてくれるんじゃない?」
しゅうはくろきをちらりと見た。きっと、いや、絶対しゅうとだ。朝、くろきとしゅうのキスシーンを見たのは。くろきも確信しているのか、唇を嚙んでいた。
しゅうととしゅう以外の兄弟は話の訳が分からず、歌を口ずさんでいる。
『信号をご確認ください』
車のナビの音でくろきは現実に戻った。
「やばくないですか? 結構」
しゅうは眠る前父の部屋を訪れ、ベッドに座る。くろきは珍しくパソコンをしていない。ただただベッドに横になっていた。まだお風呂に入っていないのか、髪がくしゃくしゃだ。
「どうする? 白状するか、何事をなかったようにふるまうか」
「どっちも嫌ですよ。白状したくありませんし、この関係もやめたくありません」
しゅうは父に馬乗りになり、抱きつく。
「重いよ。しゅうくん」
「すみません」
しゅうはどかない。くろきはしゅうの耳を触る。
「申し訳ないと思っているならどいてくれ。……ん」
しゅうは口づけをする。突然のことにくろきはびっくりしたが、何かを思いついたかのように目を開かせた。
「しゅうくん、今夜いい方法を考えるから、しゅうととのことは気にせず私に任せてくれ」
しゅうの答えなど一つしかなかった。
「わかりました」
しゅうの笑顔にくろきも笑顔になる。
「いま、なんで笑ったんです?」
「いや、かわいくて」
しゅうは少しムッとした顔で「僕はかっこいいんです」と言った。
次回 策略の天才 ずる賢い生き方講座