第三話 シークレット・デート♡
「おやすみなさい」
「あぁ、おやすみ」
しゅうはくろきの部屋のベッドで眠りにつこうとしていた。父はというと……
「まだお仕事?」
「……まぁ」
しゅうはシングルベッドの真ん中から端の方へと移る。そして布団を持ち上げた。
「来ます?」
くろきはパソコンとしゅうを交互に見る。少し考えこんだ後、パソコンに向き直った。
「来ない。仕事中だ」
「ガーン!」
しゅうは背中を向けてしまった。
「僕と仕事どっちが大切なんですか」
しゅうの呟きにくろきはパソコンを保存してしゅうの横に寝転ぶ。
「しゅう、私一人でお前たち六人を支えているのだぞ? 私が仕事を辞めれば三神家は終わる」
顔を見ようとしゅうの上に乗ろうとしたらくろきは体勢を崩し、ベッドから落ちてしまった。
「痛っ」
「大丈夫ですか?」
しゅうは起き上がり、床に落ちた父に手を差し伸べる。くろきはしゅうの手を断り立ち上がる。
「せっかく僕が素直になったのに」
くろきはしゅうを置いて部屋付きのバスルームの扉を開ける。
「えっ! どこ行くんですか!?」
「ん? バスルーム」
「お風呂入っていなかったのですか……。どうぞ行ってください。僕は自分のベッドで寝ますから」
しゅうは布団から出て、くろきの後を追う。
「なんだ、まだ用が?」
「はい。明日、出かけませんか? 二人だけで」
朝食
「ねえー、しゅう兄さんってまた部屋抜け出したの?」
昨日ぐっすり眠っていたしゅうやはクロワッサンをオーブントースターからお皿に移す。しゅうはフルーツ冷蔵庫から何個かフルーツをお皿に盛る。
「しゅう、あいつの質問には答えなくていいから俺にもフルーツ取って」
椅子に座り、優雅にワッフルを食べているしんが、しゅうにお皿を突き出した。しゅうはしゅうやの質問に答えようとしゅうとの席に座る。
「昨日の夜、僕は甘いものが食べたくなって一階に行った。そしてアイスを食べたんだー」
「えー! いいなあ! 次は僕も!」
しゅうやは目をキラキラさせてクロワッサンを頬張る。しんは舌打ちをして自分でフルーツを取った。
「しゅう兄さん、ここ俺の席」
「あ、ごめんね。しゅうと」
しゅうは自分の席に移動し、階段を見る。くろきはまだ起きてこない。
「なにかあったか?」
隣のしんや兄さんがしゅうのお皿からブルーベリーを食べながら聞く。しゅうが階段から目を離し、しんやに向き合う。
「なにもないよ。みんなは今日どうするの? 学校休みでしょ?」
しゅうの質問にしゅうとが答えた。
「俺は新しい眼鏡が欲しい。」
「あ、じゃあ、六個だね」
しやは当然の顔で言う。しやの言葉に六つ子は当然の顔で頷いている。すると階段を下りてくる音が聞こえた。
「なんで六個も?」
「っ! お父さん!」
降りてきたのは私服の父だった。そしてそれに一番早く反応したのはしゅうやだ。
「今日は起きるのが早いですね! もしかして朝から仕事?」
しゅうやが悲しそうな声で聞くとお父さんは首を横に振った。
「今日は休みだ」
「まじか……」
しゅうとがお父さんから目をそらした。しゅうとは相変わらず父が嫌いなようだ。
「しゅうと、めがね屋まで送るよ」
「だいじょうぶ。金だけもらえれば一人でできる」
しゅうとはお父さんに手を差し出す。右手ではフルーツを食べる。くろきは少し笑って財布を取るためまた上に行った。
「眼鏡って一人で作れるの? 一人で六個大丈夫?」
しゅうはしゅうとの左手を叩きながら質問するとしゅうとは手をしまった。
「大丈夫でしょ。福沢諭吉何枚もらえるかなー」
「諭吉パーティーできるくらいじゃない? 前もそうだったし」
「たしかに。パーティーできるかも」
しゅうととしんのバカげた会話が終わるころお父さんが財布を持ってきた。
「はい、気を付けてね」
しゅうとは予想以上に大きくてびっくりした。
「諭吉パーティーパーティーパーティーパーティーできるじゃん!」
しんやが一枚取ろうとするとしんやにも諭吉が配られた。
「お父さん! しんやだけずるい!」
しやの言葉に全員が諭吉パーティーを開けるようになった。
「最高ですな」
「最高だねえ」
しやとしゅうやが配られたお金を自分たちの財布に入れた。
「なんでこうなるんだ」
しゅうは父のつぶやきを見逃さなかった。
しゅうとがめがね屋に行き、しんやとしんはいつも通りゲームセンターに行き、しゅうやとしやは百貨店に行った。
「やっとだ。しゅう、私の部屋に来い」
「ん? 分かりました」
誰もいない家の中、お父さんの部屋に行くと僕はとんでもない光景を目にした。
「お父さんの部屋、からくり箱みたい」
父の部屋にあるクローゼットを開けると別の部屋に繋がっていた。
「たしかにこの隣に部屋あったけど鍵掛かってたし。お父さんが家のどこにもいない時があったし」
しゅうは父にクローゼットの奥まで押し込まれる。そこには帽子や服など隠さなくても良い物があった。大きなクローゼットみたいな感じだ。
「なんでこんなことを?」
「クローゼットが欲しかったから」
しゅうは帽子を一つ取ってかぶって、父に見せる。
「オペラ見に行きそう」
父の感想にしゅうはムッとしたが、鏡を見たら納得した。
「私が着ないような服があるからしゅうはそこから服を選んどいて」
「……変装ってことですか? なんで?」
くろきはスマホをいじってしゅうに見せた。
「スマホの位置情報?」
「私が行きたかった百貨店にしゅうやたちも行っている。鉢合わせは嫌だろう?」
「デートを邪魔されたら嫌ですね。分かりました。服を選びます」
しゅうは助手席に乗る。車庫の扉が開く。父はアクセルを踏んだ。
「いよいよデートですね。最初はドライブデート♡」
「起きてくれ、しゅう、起きろー」
「うん? あ、お父さん」
しゅうは自分が寝ていたことに気付く。そういえば出発して何分かで眠ってしまった。父はため息を吐きながらしゅうのシートベルトを外す。
「もう着いたんですか」
「ふあぁー」
「眠いようなら帰るが」
「今のは幸せのあくびでーす」
しゅうはくろきの手を握ろうとしたら拒否された。
「いじわる」
「ちがう。あそこにしやがいる」
父は化粧品売り場の一部を指差す。
「ほんとだ。あっちにはしゅうやも」
「どうする?」
しゅうは父に掴まれた腕を解き、しやたちの所まで行く。
「しゅう!」
くろきは手を伸ばすがしゅうには届かなかった。
「やっほー、しゅうや、しや」
「うわ、しゅう兄さんいつから付けてたの? てか何その服」
しゅうはくろきのいる方向に向かって手招きをした。くろきはその行動にため息を吐いて化粧品売り場に向かった。
「え? パピーじゃん」
しやは戸惑いながらしゅうの服を摘まむ父を指差した。
「ここに来ていたんだな」
くろきはしゅうの肩を掴み、自分の方へ引き寄せる。しゅうはくろきの足を踏もうとしたが、高そうな靴だったのでやめた。
「あー、パピーいるなら買ってもらおうかなー。ねー、しゅうや兄さん」
しやは振り返って、少し焦ったように化粧品売り場全体を見渡す。しゅうも同様あたりを見渡したが、しゅうやらしき人影はいない。くろきだけは自分の足元を見ていた。
「えー! みんな何してるの!? 誰か探してる!?」
いた。しゅうやはくろきの足にまとわりついていた。くろきはしゅうやを立たせてしゅうとしやに声をかける。
「わっ! しゅうや、どこにいたの?」
「さがしたんだよー。しゅうや兄さん。もう迷子にならないで。しゅう兄さんと一緒にいて。僕はパピーとレジに行ってくるから」
そう言ってしやはしゅうやをしゅうに預けてくろきの腕を取る。くろきはしやが途中で何品か買い物かごに足したのに気付いたが、そのままレジに行った。
「しゅうや、下で何してたの? 床って汚いの」
「ふーん。床って汚いよねー」
しゅうとしゅうやは話がかみ合わない。毎回そうだ。仲が悪いわけでもなく、良いわけでもなく。だが、必要なとき以外離さない。
「しゅう兄さんはなんでお父さんと二人でここに来てたの? なにか買いたいものがあった?」
「いや。特に」
しゅうは少し目をそらした。しゅうやはしゅうの方を見た。
「じゃあなんでお父さんと二人できたのー?」
「……え、それは……」
しゅうは目を泳がせて体を逸らした。頭を必死に動かすけど何も浮かばない。しゅうやはしゅうを見ている。
「ま、親子で買い物なんて普通だよねー。僕たちがしてこなかったから変みたいに思ったけど」
しゅうはしゅうやの方を見た。しゅうやは見られたことに気付き、首を傾げる。
「ありがとう。しゅうや」
「え? なんで? 僕、しゅう兄さんに感謝されるようなことした?」
しゅうやは戸惑うが、しゅうは気にせず、小さいころのようにしゅうやを抱きしめた。
「えっ、急になに? こわいんだけど!」
「んふふっ」
しゅうはしやのお会計が終わったことに気付かずにしゅうやとくっついていた。
くろきが驚愕の表情で目を開かせたのは誰も見ていなかった。
こうして、しゅうの初デートは失敗に終わった。
次回 誰かに見られていたのなら