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臆病な精獣さま  作者: 神楽坂狐珀
3/4

訓練

この世界に来て3年。

言葉もだいたい理解出来るようになった。

不思議なものだ。

教科書も、参考書も辞書もなくても言葉というのは身につくのだ。

必要に迫られれば意外とできるものだな。

中身はほとんど大人だったから気味悪がられるかと思ったけど、最初のうちはまるで言葉が理解出来ていなかったからか、いい具合に子どもだと思われることが出来たと思う。

僕の名前はフィスピディア=ルーラーというらしい。

長いから『フィア』って呼ばれてる。

もう歩けるようにはなったけれど、頭が重いからあまり移動するのは楽じゃない。

まぁでも家の中を行き来する分なら不便なところは無い。

そして僕が住んでいるのは平凡な平屋だ。

転ぶほどの段差は大してないから、注意さえしていればほとんどの場合転ばない。

まぁ、だが裕福な家庭なわけではないのは明白だった。

だけど不満なんてない。

味は薄いけれどご飯は美味しいし、両親も優しい。

理解できない言葉があっても表情から言わんとしていることはなんとなく理解出来る。

『世界の共通言語は英語じゃなくて笑顔』

なんて言葉が今しっくりときたな。

物事は体感した方が早いということだろう。

そしてわかったこともある。行動範囲が広がって、理解出来る言葉も増えたから、なんとなくわかる。

この世界は地球に似ている。

生き物が生活できるのだから似てて当たり前なんだけど、違うんだ。

生活様式が似ている。

今住んでいるのはケアラミア公国ジパング領クアザル市というところだ。

決して人口の多い都市ではないようだが、海に面しているためか商業は盛んらしい。

そして平屋が多い。

さすがに和室はないようだが、二階建ては見たことがない。

たまに長屋も見るけど。

そう、日本に似ているのだ。

正確に言えば昔の日本に。

今の日本と比較してしまえば少なくとも500年分は文化が劣っているだろう。

水道は通っていないし、当たり前だが電気も通っていない。

ガスも通っていない。

生活水準はかなり低めだ。

だからといって火を起こすのに火打石、水を得るために井戸にまで行く、なんてことはしていない。

じゃあどうしているのかと言うと魔法だ。

短い詠唱を唱えればそれで水も火も得られてしまう。

だからあまり発達していないのだろう。

井戸を掘るためにあくせくと働くよりも詠唱文を覚えた方が圧倒的にはやいのだ。

もちろん詠唱を唱えれば無限に火や水を起こせるわけではない。

個人差はあれどだいたい10回程度で生み出せなくなる。

いわゆる魔力切れというやつだ。

火はまだしも水を10回というのはいささか不便かに思われるかもしれないが、だいたい1回の詠唱で樽1杯分の水を生み出せるらしい。

十分すぎる量だと思う。

インフラは整ってないも同然だが、魔法で補えてしまうのだから、発達しないのも仕方ないのだろう。

そして、毎日詠唱文を聞いていれば否が応でも覚えてしまう。

『火の精霊よ。万物を焼き払いし力を我に与えん。』

これが火魔法。

『水の精霊よ。万物の源となりし奇跡を我が元に。』

これが水魔法だ。

初めて詠唱を唱えて水魔法を成功させたとき、父も母もすごく喜んだのを覚えている。

聞いたことのある詠唱文の頭には『精霊』という言葉が必ず入る。

精霊がなんなのか、まだわからないが、前世でイメージするような形をしたものだろうか。

そうだったらいいが、1つややこしいことがあるのだ。

この世界には既に、精霊というものが存在する。

精霊に近いものと言うべきだろうか。

いわゆるエルフ族だ。

僕の実感だと、詠唱文に出てくる『精霊』とエルフ族を指す『精霊』は別物だ。

エルフ族には魔法に突出した才を持つ者が多いらしいけれど、詠唱文に書かれるほど希少な種ではないはずだ。

母親がエルフ族だし。

髪色が淡い水色ですごく綺麗。子どもの僕が言うことではないかしれないけど。

だったら僕も同じエルフ族かと言われると違う。

僕はハーフだ。

獣人族との。

父は中でも狼人族だ。

つまり僕はウェアウルフとエルフのハーフということだ。

毛色は水色で耳は長いけど、尻尾が生えている。

種族間の差異が激しいからほとんど生まれることの無い希少種らしい。

僕もこんな種族があるとは思わなかった。

基本的には純粋な精霊族や獣人族、炭鉱族とか…、あとは人間族とのハーフくらいだと思っていた。

人間は基本的にどの種族とも子を授かることができるらしい。

かなり万能だ。

まぁ、珍しい僕は精獣族か、ウェルフなんて呼ばれる。

精霊と獣人を掛けて精獣、ウルフとエルフでウェルフだ。

数もほとんどいないから固定の種族名はない。

仕方ないだろう。

そんな僕が生まれたクアザル省は獣人族と精霊族が多いらしい。人間族もいるが基本的に人間族はどこにでもいるらしい。

だからクアザル省に特徴的な種族としては獣人族と精霊族だろうな。

なんでも森が多いからだとか。

馴染みのある土地に固定の種族が集中するのはよくあることだ。

まぁ必然的なことだと思う。


さて、子供ができにくいってことは弟か妹もできにくいってことだ。

多分僕は一人っ子になるだろう。前世同様に、ね。

まぁもし出来たらお兄ちゃんをしてみせるつもりだ。

不格好なりにも。

あぁ、言い忘れていたが今世では身体も男だ。

最初は感覚に慣れなかった。

なかったものが急に付いていたから。尻尾も含めてね。

でも慣れてしまえばあまり気にならない。

…慣れって恐ろしいな。


最近は父に連れられて家の外に出る機会も増えた。

自然豊かなところだ。

僕と父さんは基本的に馬に乗って行動する。

前に聞いたことがあるが、この街ではほとんどの家庭が馬を持っているらしい。

外に出る時は僕はフードを被る。エルフと獣人のハーフは珍しいから、いじめとかを危惧しての行動らしい。

尻尾を隠すより耳を隠す方が簡単だし。

僕も人攫いにあうのは嫌だ。

気づいたこともある。和装が多い。

日本の和服そのまんまなわけではない。

洋服と和服を2:3で掛け合わせたようなものだ。

袴をかなり庶民的なものにしたみたいなもの、と言えばいいのかな。

自分しか見たことのないものを言葉で表現するのはとにかく難しいな。


人口があまり多いわけじゃないからみんな仲もいい。それでも十数万人は住んでいるだろうけど。

人柄がいい人が多いんだろうな。

市場を見せてもらったこともある。

普段は見ないものが多くあった。日本刀っぽいものとか、杖とか、防具なんかも売っていた。

「父さん、あれはなんですか?」

どうしてそんなものが売っているのか気になって聞いてみた。

「ダンジョン攻略のための防具や武器だな。この街の北部にはダンジョンがあるんだ。」

ダンジョン、多分前世のマンガとかでよく聞いたものと相違ないだろう。

続けて父が言う。

「ダンジョンを攻略していく人達のことを冒険者というんだ。こう見えて父さんも冒険者だぞ。」

驚いた。あんまりそういう素振りを見せてこなかったし。

でも、そうか。仕事らしい仕事をしているところを見たことがなかったけど、冒険者としての仕事を生業としていたのだ。

「冒険者は誰にでもなれるものなんですか?」

「いや、違うな。冒険者になるには冒険者協会で才能を見出された者だけだよ。潜在能力がないとなれない。」

「どうやってそれがあるかないかわかるんですか?」

目で見て判断するとか、模擬戦をしてから判断する、とかだろうか。

「冒険者協会には不思議な水晶があるんだよ。そこに手を触れて手の甲に紋章が現れた者には才能があるって証拠なんだ。だいたい五人に一人くらいにしか現れないものだよ。」

不思議だ。前世ではそういうのは胡散くらい占いとかでしか見なかったな。

それでも紋章が現れて、現れた者はきっと強くなれているんだろう。

「紋章が現れた人は強くなれるんですか?」

「基本的にはな。自分の丈に見合わない挑戦をして早くに亡くなってしまう人もいるがな。」

父は苦々しい顔をした。

当然だろう。死というのはやはり怖いものなのだ。

「そうなんですね。強くなれるなら僕も冒険者になってみたいです。」

そういうと父さんは頭を撫でてきた。力強く。

得ておくものは多いに越したことはない。

知識も力もつけないで、つけれないで夢を語ったってきっと戯言になってしまうだけだから。

できるものなら身につけておきたい。

何はともあれ、市場は活気で溢れていた。

父さんの話を聞いてから改めて市場を見てみるとところどころ冒険者っぽい人がいる。

大体が2人以上で固まって歩いている。

パーティってやつかな。

そんなことを考えていると、右から値切りをする声とか、左から、客を呼び込む声が聞こえたり。

とにかく活気に溢れていた。

生活水準は低いし、交通機関も、道だって大して整っていない。でも、みんな生き生きとしている。

走り抜けていく少し歳上っぽそうな見た目の子とかもいる。子どもだけで遊べるんだから治安だって悪くないんだろう。

生活の質が幸せに直結する訳じゃないってことか。みんな笑顔だし。

不便だけど楽しい毎日だ。

本当にこんな世界でたくさんの辛い出来事に見舞われるなんてこと、あるんだろうか。

3年少しで分かるものではないと思うが。


市場に行った翌日から僕は両親から魔法と武術を学び始めている。

父さんからは武術を。

母さんからは魔法を。

初歩的なことだ。でも、基礎ができなきゃ始まらない。

剣術を学びたいとも思ったけれど、まだ体が小さくて思うように短剣も振れなかった。

物事を始めるのに早くてダメなんてことはない。遅くてダメなことはあるかもしれないけど。

身の丈に合わないことはなるべくしない。少しずつ、着実に力をつけていくのだ。

だからこそ今からやっておく。

この世界の魔法が保身に使えるのかはわからない。

でも身につけられることはとにかく吸収しておきたい。

いつその時が来たっていいように。

なにも出来ない、なんて無様を晒すのは御免だ。

毎日似た訓練と新しいことを少しずつ覚えていく。それを続けていく。

突然できることなんてないから。

やり切ってみせる。続けてみせる。

出来るかどうかはまだ分からない。だから今はやるかどうかだ。

下手でもいい、出来ないのは嫌だ。

工程さえ踏めば絶対できる。

そう信じて、毎日毎日繰り返していく。


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