決断
「気がついたか、少年」
「はい、あの、挨拶もままらない状態で、失礼だとは思いますが、ここはどこなんでしょうか?」
なるべく相手を刺激しないように聞いたつもりだ。
相手も僕の言葉遣いはさして気にしていない様子だ。
「ふむ。簡潔にまとめれば世界の狭間といったところだ。」
「それは、天国や地獄などと言ったものとは別物なのでしょうか?」
世界の狭間。少なくとも元いた地球ではないのだろう。
かといって馴染みのある言葉であった方がわかりやすい。
そう思って天国や地獄などを例にして聞いてみた。
「違うな。そもそも天国や地獄などという場所は存在しない。死に絶えた者は必ず転生する。人間も動物も、昆虫などの区別なく、な。」
そういうものなのか。
ならば宗教に陶酔してどれだけ世で得をなそうが、天国にいくことなどできないし、どれだけ悪行を繰り返そうが地獄に落ちることもない、ということか。
それでは精進した者が報われないとは思うが。
「それはどんな人物であっても皆同じような転生の仕方をするのですか?たとえどれだけ善行を繰り返そうが、周りの人間と同じような条件なのですか?」
気になったことを聞いている。どうせ死んだ身だ。多分、今聞いたことだって忘れるのだろう。
「いや、区別はある。また人間としての生を授かるのか、はたまた小さな微生物になったりもする。」
「なるほど。基本的には善行をした者は人間か、それに近い生き物への転生となるのでしょうか。」
「あぁ、まぁ、望んだ生物になりやすいと言った方がわかりやすいがな。生まれる世界も異なる。これはさほど前世の行いは影響せん。世界の内情の詳しいことは言えぬがな。」
つまり、善行を繰り返せば、望んだ種に生まれやすくなるということか。
ただ生まれ落ちる世界は多分ランダムだ。
過酷な砂漠かもしれなければ、豊穣な土地を多く有する世界かもしれない。そこら辺は憶測でしかものを言えないけれど。
「わかりました。世界の狭間とはその中間地点という認識でよろしいでしょうか。」
「構わん。」
男は短くそう答えた。
「それで、なぜ私はここであなたと会話をしているのでしょうか。死んだ者すべてと会話していては埒が明かないのでは?」
「お前がお前の父親に殺されたからだ。」
理解ができない。
誰に殺されていようが大した差はないのではないか?
「それは、どういった意味で?」
「すまんが詳しいことは言えん。」
「……わかりました。」
不満はある。納得もしていないし、理解もしきれない。だがそういうものだと割り切った方が良さそうだ。
「父の件は追求しないことにしておきます。」
「その方が助かる。」
一息つく。本題に入る前に1度息を整える必要がありそうだ。よく分からないことが多いからな。
「あなたと会話出来る理由についてはわかりました。ですがこの会話にどのような意味があるのでしょう。私も時期に転生する身ではないのですか?」
「貴様は深い後悔を抱えながら死んだ。それだけならよくあることだ。だが、そこに父親が関与している。お前の目の前にいる友人もな。」
「チャンスというのはおこがましいことだろう。だがあえて言おう。貴様に再度チャンスを与えたい。貴様の思いを晴らせるチャンスを。」
「直接的な方法ではない。試練も貸す。他のものよりも平均的に辛い思いもするだろう。了承なしにことを運ぶつもりはない。故にお前は私と会話をしている。」
だいたいわかった。この男は多分、父のことでなにか後ろめたいことでもあるのだろう。そしてそれに巻き込まれた僕と友人を哀れんだか、同情でもしたのだろう。
だからこの提案だ。
一応理にかなっている。ほとんどが私情のようだが。
「贖う機会をくれるということでしょうか。」
「端的に言えばそういうことだ。」
少し違うようだが、だいたいはあっているらしい。
「貴様が贖いたいと願うその気持ちが、叶うことはないと思うがな。」
叶わない、か。身の丈に合わない望みということだろうか。
だとしても、目の前にチャンスがある。償いの機会が、与えられようとしている。
断る理由なんてない。
「断る理由などありません。その機会を頂きたいです。」
「基本的には貴様が救っていく形にはなるがな。形は違うが、気持ちは満たされるだろう。それでも良いか。」
文句なんてない。
断る理由がない。
僕の手によって奪ってしまった人生、僕の手で彼らを、次こそ幸せにできるというのなら、願ったり叶ったりだ。
「はい。僕は、彼らに幸せになってほしい。ですが1つ質問があります。どのようにして僕の親友2人だとわかるのでしょうか。容姿は変わりますよね?」
「ただそうだとわかるだけだ。直感できる。目の当たりにすればな。」
本当のことなのだろうか。わからない。
でも今はそうなのだと信じるしかないな。
「わかりました。どうか、お願いします。」
心無しか男は微笑んだ気がした。
「よかろう。過酷な人生となるだろうが、その思い、貫いてみせるが良い。」
当たり前だ。そうしてみせる。そうする義務がある。
僕が彼らから奪ってしまった幸せは、僕が彼らに返していかなきゃいけないものなのだから。
視界が白光りしていく。
ゆっくりと。
1分か、2分か、僕は白い侵食を目にしていたと思う。
そうして最後に暗い闇に吸い込まれるような感覚に包まれた。
瞼を開く。視界がぼやけている。
身体もあまり自由に動かせない。
『@&¥¥&&¥&¥¥¥&%#』
『$€£%$¥&¥@』
聞き覚えのない言葉。
男性と女性が話しているのだろう。
転生が終わったのか。
それにしてもなぜ、今この意識が受け継がれている?
基本的には記憶の継承も魂の核をなすものの継承もされないはずでは無いのか。
あぁ、そうか。贖う機会が与えられたから。
きっとそういうことなのだろう。
男は、苦しいことも多いと言った。人より辛い思いをすると言った。
そうなのかもしれない。でもそんなもの、前世でだってしている。
だから、僕は生き抜いて見せる。どんな困難だって乗り越えてみせる。この世界のどこかで同じように産声をあげ始めた、僕の、たった2人の親友のために。この世界で償ってみせる。