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臆病な精獣さま  作者: 神楽坂狐珀
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深い後悔

夢を見た。頬には一筋の涙が垂れていた。

汚れて、サイズもろくにあっていない服を着た子どもが走っている夢だ。

幼いころの自分の夢だ。

小学校中学年まで、僕は外の世界、いや、家の外というものをまるで知らなかったのだ。

僕は父にことあるごとに暴力を振るわれては、謝っていた。

母もそんな父に逆らえなかった。

ご飯も一日に1食は当たり前、外の情報を知る方法もほとんどなかったから、年齢に似合わない言葉遣いをしていたと思う。

母はそんな僕を見かねて声をかけた。

正直、母の顔はあまりよく覚えていない。身体が思い出すことを拒否でもしているのだろうか。

それでも覚えている。これだけは。綻びそうな笑顔で母がかけてくれたこの言葉だけは。

「外の世界を見てきなさい。」

そう言って裏口から僕を出してくれた。

見慣れていない家の外。怖くはあったが、それ以上に興味があった。

曇りではあったが、夏だったからか、肌にじめつく湿気を覚えている。

1時間ほど歩いて回っていたと思う。

道に迷わないよう、ほぼほぼ、一本道に沿うように歩いた。

たまに曲がり角にも入ったが、あまり深く入り込まないようにしていたため、すぐに元の道に戻って、また歩いた。

それでも不安感には駆られた。

帰れるだろうかという不安。

その不安感に押しつぶされそうになったとき、まだ進んでみたいという好奇心に蓋をして、来た道を引き返した。

また1時間ほど歩いたあと、家から出た直後に見た街並みが目に入ったとき、とてつもない安心感を覚えたのを覚えている。

そんな安心感はすぐに打ち砕かれたが。

父が家に入っていくところを見た。

父は僕を家の外には出したがらなかった。

おおよそ、父が児童虐待していることが周囲に知られることを恐れてのことだろう。

当時は理解できなかったが。

だが、父があれほどさせたがらなかったことを自分はしてしまっている。

怒られる、殴られる。そう感じた。

そこからは一瞬だった

ただただ走り、そんな僕を見兼ねて声をかけてくれた男性に助けを求めた。

家に着いたとき、既に父はいなくて、母は腹部を刺されて亡くなっていた。

そこからのことはあまり覚えていない。

ただ、身寄りのいなかった僕を、声をかけてくれた男性が引き取ってくれ、育ててくれた。義両親となってくれたのだ。

義父母は僕に優しくしてくれた。

子どもができず悩んでいた最中の出来事だったという。

傷心した僕を育てられるかは分からなかったそうだが、放っておくことはできなかったらしい。

義父母は親を失い、愛というものもろくに理解していなかった僕に、愛とはどういうものなのかを教えてくれた。

血は繋がっていない。けれども家族を見せてくれた。

僕に家族をくれたのだ。

毎日優しく話しかけてくれ、言葉を教えてくれ、すぐに蟠りは消えていった。

そんな夢。僕の半生を要約したかのような。

だいたい12歳までの記憶だろうから、半生と呼ぶにはおこがましいが、義父母に引き取られた後と前じゃ、人生の濃さがまるで違うのだ。それからの9年の方が圧倒的に長く、でも一瞬で、楽しい思い出に溢れかえっているのだ。

親友と呼べる存在も2人できた。

義両親も親友も、僕を受け入れてくれた。

身体は女の子だけど、心は男の子の、そんな僕を。

元の両親はそれを知らないだろう。自分の性の違和感なんて考えてる余裕がなかったのもあるが。

とはいえ、義両親はそれが分かると『GnRHアゴニスト』、性ホルモンの分泌を抑える薬を投与させてくれた。

それにどれほど僕が救われたか、言葉では表せない。

男性的な変化はないが、女性らしく身体が変化することも無いのだ。

栄養を大して取っていなかったから、身長は男性と同じような時期に成長期がきたとはいえ、かなり小さい。

163cm。お世辞にも大きいとは言えないだろう。

それでも不満などない、最近は男性ホルモンを投与しはじめて筋肉もついてきたし。

それを与えてくれた義両親には本当に感謝している。大学を卒業したら恩を倍にするつもりで返していくつもりなのだ。


それにしても暗い。夏至が近いというのにまだ真っ暗。

枕元のスマホを見てみれば午前四時すぎ。

暗いわけだ。

もう一眠りしたい、が、再び寝付くことは…できなさそうだ。

完全に目が冴えてしまった。

それにしても喉が渇いた。

今日は親友2人が泊まりに来ている。

時間帯も考えてあまり動き回るべきではないだろうが、喉がカラカラだ。気持ち悪くて仕方がない。

別の部屋で寝ているわけだし、あまり大きな声でなければ起きないだろう。

そう思い冷蔵庫まで足を運ぼうと思った。

その時

ゴトッ

と音がなった。

彼らも起きてしまったのだろうか。

水を二口ほど飲んだあと、彼らが寝ている部屋の扉を開けてみる。

よく見えない。

電気をつけていないから仕方がないが。

電気をつけ、て起こしたら申し訳ない。

夜目になって多少見やすくなっているため、だいたい寝ている位置は分かるが。

それにしてもいびきが聞こえない。

2人ともいびきはほとんどしないが。

寝息くらいは聞こえてもいいものを、一切聞こえないのだ。

少し不安だ。

「おーい、寝てるの〜?」

小声で尋ねている。応答は無い。

近寄って身体でも揺さぶってみよう、そう思って近づいた時、違和感に気づいた、

明らかに人間のものでは無いものが飛び出ている。

腹部から。

怖い。

あんな夢を見たから、さらに恐ろしい。

それでも確認せずにはいられない。

少しづつ近づいた。

そして残り50cmくらいかと思われるところまできたところで、腹部に激痛が走った。

声を上げることが出来なかった。こんな痛みは初めてだった。

床に膝を着いた。

背中から腹部にかけての激痛。

目に涙を浮かべながら振りえった。

僕よりも10cmは高いであろうそれは、白い歯を見せて笑顔をみせていた。

見覚えのある顔、少し老けている、それでも分かる。

父親だ。母を殺した父親。

「やっと復讐できた!!!!」

父はそういい僕の足を蹴った。

「お前のせいで人生めちゃくちゃだ!!!!

お前が家から出なければ、俺はお前の母親を殺さずに済んだのになぁ!!!!

お前がいなけりゃ俺の今までの8年はもっと有意義だったんだ!!!!」

何度も僕を蹴りながら、そう言い放った。

それはただの言い訳だったと思う。

たしかに僕があの日家を出たから、父親が虐待をしていたことは周囲に知られた。

でも時間が経てば父は捕まっていただろう。

隠し通せるものではなかったはずだ。子どもがいるのは明白だったのにほとんど誰も僕を見たことがなかったのだから。

でも、そうか。たしかにそうかもしれない、そう思ってしまった。

僕があの日家を出なければ、母親は死ななかったのではないだろうか。

殴られ、蹴られる期間は長くなれど、生きていたのではないだろうか。

そう思ってしまってからはもう遅い。吐き出したくなるほど深い後悔の念が押し寄せてきた。

当時は子どもだった。無知だった。

そんなことを並べて、目をそらせるものではなかった。

ふと2人の親友の方に目を向けた。

鼻を刺すような血の匂い、そして外の僅かな街灯の光を反射して輝くそれが彼らの腹部から伸びていた。

きっと刺されているのだ。寝ていて、抵抗することも許されなかっただろう。

父親に殺されている。

いや、違うな。

僕に殺されているのだろうか…?僕が間接的に彼らを殺してしまったのではないか?

僕があの日、家を出なければ、もう少し、もう十分だけでも早く帰っていれば、母親も、2人も、死ななかったのではないか?

当たり前のように今日また、「おはよう」と笑いかけてくれていたのではないか?

あぁ、どうしよう。僕はなんてことをしてしまったのだろう。

それにしても寒いな。どうしてだろう。朝方とはいえ、こんな真冬みたいな寒気を感じるだろうか?

それに、なんだか視界が暗い。視界に黒い靄がかかっているみたいだ。

ああ、そうか。死ぬのか僕は。

家から出してくれた母と、一人ぼっちの僕に、普通じゃない僕に声をかけてくれた親友を殺し、義両親に何の恩も返せぬまま死ぬのか。

段々と意識が朦朧としていく中、僕はただそういう自責の念にかられながら瞼を閉じた。



眩しい。

ここはどこだろうか。

見覚えのないところだ。

それにしてもさっきまでの強烈な痛みと寒気をまるで感じない。

気になって刺された腹部を見ようとしたが、赤い血や、着ていた服、自分の肌はまるで目に入らず、ただ薄く光る人間の身体をしたものが自分にくっついていた。

いや、僕の身体が色を失い、代わりに淡く光を発している。その表現の方が正しいか。

視線を3メートルほど前方に向けると、もう2つ、僕の体と同じような状態のものが倒れていた。

「気がついたか、少年」

顔を声がした方に向けた。

逆光でよく見えはしないが、50代くらいの男性が椅子に座りながら僕を見ていた。

きっと彼が僕に声をかけたのだろう。

ここはどこだろうか、彼は誰なのだろうか。

そんな疑問がまず頭に浮かんだ。

ただ元いた場所でないのは確かだ。

そしてその男性が父親でも、義父でも、知っている人の中の誰でもないことも。

誰なのか一切わからない。わからないが、返事をすべきなのは確かだった。

いや、答えなければならないような気がしたのだ。

僕自身と、親友二人がどうなったのかを知るために。

根拠はないが、この人はなにか知っている。そんな確信はあった。

そうして僕は口を開いた。

「はい、あのー」

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