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時計塔の記憶

 昨日は宴だった。皆勝利に酔いしれ、歌えや踊れやの騒ぎとなった。村の広場にテーブルを並べ、酒や料理を出していた。それは夜遅くまで続いた。

 今回の戦闘では死者の数も比較的少なかったらしい。今回の戦闘での最も活躍したのはサキと俺ということになっているようだった。

 サキと俺は大勢の前で酒を飲んだ。俺もさっきの戦争での功労者ということで、自然と村人には受け入れられた。

 実はあまり宴のことは覚えていない。酔いが回っていたせいだろう。戻しはしなかったが、かなりの量を飲んでしまった。

 一つ、印象的だったことがある。宴の中頃に、輪から外れて一人佇む婦人を見つけた。年は四十代後半と言ったところか。酒も飲んでいないようだった。

 俺は近づいて話しかけてみた。

「どうしたんです? お酒も飲まないで」

「いえ、いいのです。ただお酒を飲むような気持ちではないだけなのです」

 そこで俺は気づくべきだったのだが、俺はまだ続けた。酔っていて、そこまで頭が回らなかった。

「戦闘に勝ったというのに、どうしてですか?」

 彼女は少し躊躇ってから口を開いた。

「生き残ったということは嬉しいのです。ですが、息子が帰ってくることはないのです」

 俺は何も言えなかった。自然と会話も終わり、俺はその場を離れた。そして酒を飲んだ。


 寝ている間に夢を見た。

 それは時計塔の夢だった。天から生える、あの逆さまの時計塔。いつも、下から見上げるだけだったあの時計塔。あれは……なんだったのだろう?

 何故空から生えていたのだ? わからない。わからないが、俺はその時計塔のことを思い出した。

「なぁ、この国に時計塔ってあるか?」

 今朝は、サキは頭がガンガンするというので、俺が朝食を作った。確かにサキは昨日飲みすぎていた。

「うん、あるよ。何か思い出した?」

「ああ、時計塔のことを思い出したんだ。大きな時計塔で、よく見ていた気がする」

 空に逆さまにそびえる、ということは言わなかった。勘違いかも知れない。単に俺のイメージなだけかも知れないからだ。

「確か首都にあったかな。結構大きかったな。でも普通の時計塔だよ?」

「その首都までどれくらいかかる?」

「うーん、かなり遠いよ? 歩きっぱなしで一週間ぐらいかかるんじゃないかな。ナシンはそこに行くの?」

「ああ。それだけが手かがりだからな」

 サキは腕を組んで、うーんと悩ましげな声を出した。

「ナシン、この国のこと、まだ全然わからないしなぁ……」

「大丈夫さ、人に聞けばなんとかなるだろう」

「そうだけど……」

 とにかく動かなければ何も情報は得られない。世界の破滅を止める方法。それも見つけなければいけない。

「うーん……」

「どうしたんだ?」

「ほら、あたしは君に恩があるじゃない?」

 あの時、助けたことか? けれど、あれは俺が助けたのだろうか……。ただ魔法使いが力尽きただけじゃないだろうか。

「あれは俺が助けたとは……」

「ううん、わかるよ。あれはナシンが助けてくれたんだって」

 そう言ってサキはにこやかに笑った。

「だから、あたし――ついていこうかな。悩んでたけど、決めた! そうする!」

 サキは立ち上がり、俺のそばに来て言った。

「もし俺が助けたのだとしても、俺も命を助けられている。それで相殺だ。だから、もしここを出たくないのなら、俺は一人で大丈夫だ」

「水臭いなー。もうあたしがついていくと決めたらついてくの!」

 サキは俺の肩に手をのせた。そして笑った。なんだか俺も自然と笑みがこぼれてしまった。

「ありがとう」

 けれど、それを口に出してしまうと、なんだか少しだけ恥ずかしくなってしまった。

「あ、そういえば」

 と言って、サキはダイニングから出ていった。数秒もしないうちに戻ってきた。手に何かを握っているようだった。

「昨日、渡すタイミングなくてさ。ごめんね。ほんとはすぐに渡せばよかったんだけど」

 サキは手を俺の前に出してから、手を開いて見せた。そこにあったのは鎖がついていたロケットだった。

 俺の、なんだろうか……?

「もちろんナシンのもの。浜辺でナシンを見つけた時、すぐそばにあったんだ」

 サキはロケットを開く。そこには一枚の写真が入っていた。二人の男女が並んでいた。右には俺が写っていて、左には髪の長い女性がいた。年齢は俺よりも少し上だろうか。

 見たことがある。どこで見たのか……そして誰だったのか……。覚えていない。唯一の手掛かりが思い出せなかった。

「だめだ……思い出せない……」

「そっかぁ……。まー多分、恋人じゃないかとは思うけど」

 そうなのだろうか……?

「ちょっとそれを貸してくれ」

「うん、貸してくれってか、もともと君のものだけどね。はい」

 サキからロケットを手渡された。ロケットをじっくり見てみる。ボタン式で開くタイプらしい。俺は開け閉めを三回やってみたが、特に気になるところはなかった。

 ――そうだ。

 写真を取り出すことができる。すっ、と写真を引き抜いた。そして裏返す。

 裏には文字が書いてあった。

「何か書いてあるぞ」

「えっ、どれどれ」

 写真の裏には小さな丁寧な文字でこう書かれていた。



 遠くに行ってしまうのね。ちょっとやそっとじゃ、戻ってこれない、ずっと遠くに……。

 でも、待っているから。きっと、世界を救って、こっちに帰ってくることを信じている。

                 親愛なるあなたの姉より

 

「姉、なのか」

「実感湧かない?」

「ああ……」

 けれど、いつか思い出すだろう、と思った。そして、自分に家族がいたこと。それを知ったことだけで、安心することができた。

 右も左もわからないけれど、帰る場所があるというだけで不安な気持ちは軽くなった。

「世界を救って、か」

 サキは呟く。

「戦争を止めるしかないな」

 と俺は言った

「とっても難しいだろうねー……。でも、やるっきゃない?」

「そうだ、やるしかないだろうな……。世界が破滅してしまうのならば」

 世界の破滅。その実感は湧かなかった。けれど、それは少しずつ忍び寄ってきているのだろう。足元からそいつは這ってきていて、もう膝のあたりまで登っているかも知れない。それが登ってきていたことに気づくのは、そいつが顔まで登ってきていて、顔が覆われる時になってやっと気づくのだ……。いや、それでは遅すぎる。破滅する、となってからわかったのでは遅すぎる。

「そうそう、ナシンに会わせたい人がいるんだー」

「会わせたい人?」

「うん。ナシンについていこうと思ったのも、それがあったから。彼女はここから町を三つほど越えたところにいるんだけどね。彼女の名前は『ビュワ』って言うの。まー、聞いたことないか」

「残念ながら。それでどんな人なんだ?」

「そうだねー。ずばっと言ってしまうと」

 彼女は言葉を続けた。

「彼女は――預言者」

「預言者!?」

「そう。そして彼女も言っているんだ」

 サキは厳かに言い放った。

「世界が破滅する、と」

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