彼女の身を焼き尽くすだろう槍
敵の数は百、か。この村の規模からすれば、危うい数だろう。しかも相手は魔法使いが五人もいる……。劣勢のように思えた。
「魔法使いが五人ということは、役割としては砲台かな。隙をつければいける。横から回り込もう。ナシンはあたしのサポートお願い」
「……いけるのか?」
「実績は保証されてるよ。それにやるっきゃない。敵の数的にぎりぎりだから。まずは物見やぐらに行こう」
俺達は物見やぐらへと向かった。この村には何個か矢倉があるらしい。そして二人で物見やぐらにのぼった。
戦闘は村の入り口付近で行われていた。戦闘はまだ始まったばかりのようだ。そこから少し離れたところで魔法使い達が固まっていた。護衛はいないようだった。彼女が言うには、
「魔法使いは強いからね。護衛なんていらないものよ」
ということらしい。
今から俺達は村の裏手から出て、魔法使い達のいるところへ回り込む。ただ、急がなければならない。もうそろそろ魔法が飛んできてもおかしくない頃だそうだ。
俺達はやぐらを降り、急いで村の裏手に向かう。
「この村には軍はいるのか?」
「正規軍はあんまりいないけれど、こういう非常時に戦える人は結構いるよ」
「そう、か」
ここは農村なのだろう。畑に金色に輝く小麦がなっていたのを思い出した。
「ここからソルデ王国は近いのか?」
「それなりに。でも北の方だからそう頻繁に攻め込まれはしない、かな」
五分ほど走って村の裏手に着いた。人々は裏手にある森の方に避難しているようだった。避難する人々のかたまりに紛れて、俺達は裏手から回り込む。
その時だった。
どぉん、という爆発音が遠くから聞こえた。それに続いてまたその爆発音が4回。
「砲撃が始まったようだね」
「魔法の砲撃?」
「うん、爆発系の魔法を飛ばしてるね」
「詠唱はそんなにかかるのか? それなら魔法使いがそんなに強くは思えないが……」
「うーん……。飛ばすのに結構時間かかるの。爆発魔法自体はそこまでかからないはずだけど、砲撃並の威力を持たせつつ、距離も稼ぐために飛ばすとなると単体魔法じゃなくて複合魔法になるからね。ちなみに近接は強いよ。まとまったところに爆発魔法なんてされたら目も当てられないし」
それを聞いて少し不安になった。敵の数は五人、という話だったな……。けれど、いまさら逃げるわけにも行かない。俺はサキに命を救われたという恩がある。精一杯守ってやるしかない。
少しして、村の入り口で戦う敵軍兵士と村人の姿が見えた。敵軍は皆、鎧に剣という出で立ちだった。村人は鎧をしているもの、鎧をしていないもの、剣を持っているもの、鍬で応戦するもの、と様々だった。皆、必死に戦っている。くわが刺さり動かなくなる敵軍の者、剣で斬られ倒れる村人。
そこから少し離れて魔法使い達が立っていた。全員男のようだった。奴らの手から魔力の塊のようなものが出て、村の方に飛んでいった。
どんと爆発音がした。二回目の砲撃。また、きっかり五回の砲撃。
「村、燃えてないといいけど……」
サキが呟く。
俺達は今、出るタイミングを伺っていた。タイミングは大切らしい。一歩間違えば死だという。
俺は村の入り口の方を見た。戦況は劣勢だった。6:4と言ったところか。兵士の数では少しこちらが勝っているのだが、やはり魔法使いの存在が大きい。正確にこちらの陣営に砲撃が飛んでくるのだ。
この差は広まっていくばかりだろう。あとは敗走しかない。
「サキ、行くならそろそろ行かないと……」
「わかってる! このままじゃ村がとられてしまう……! ちょっと無茶するけどナシン、行くよ!」
と言って、サキは駆け出す。俺もサキの後を追うように走り出した。魔法使い達は気づいていない。村の入り口付近で戦う兵士達も気づいてはいない。
「一人なら、ナシンでもやれる。一人は任せた! でも。あと危なくなったら逃げて!」
あとの四人はサキがやると言うのか……。
サキはとてつもなく速かった。全く追いつけそうにもない。
魔法使い達とサキの距離が数十メートルというところで、魔法使い達が俺達に気づいた。
「おい、あの小娘を殺すぞ!」
そんな声と同時に、奴らは詠唱を始めた。
「ほんとはもっと集中している時がよかったけど」
とサキは走りながら呟いた。
「撃て!!」
奴らの手から発射される五つの火球。火球とは言え、直撃すればひるんでしまう。そうなってしまったら、もう終わりだ。
サキの方に向けられた火球。サキはさらりと鮮やかに最小限の動きでかわした。舞いを舞うかのように、軽やかにサキは体を捻ったのだった。
魔法使い達は逃げつつも詠唱を始める。
「逃がさない」
サキは腕を限界まで伸ばす。
「ぎゃあああぁああああああ」
一人の魔法使いの首にレイピアが突きたてられた。喉まで貫通するレイピア。すぐにサキはレイピアを抜く。
そして、サキは飛んだ。かろやかに回りながら。
次の瞬間には違う魔法使いの喉にレイピアが刺さっていた。
――速すぎる。これが彼女の実力か……!
圧倒的速さによる、詠唱時間を狙った戦い方。魔法使いキラーと言われるゆえんか。
サキはすぐに起き上がり、魔法使いを追う。魔法使いは二手に分かれて逃げた。二人と一人分かれ、サキは二人の方を追い、俺は一人の方を追うことにした。
詠唱が終わり切る前に俺は魔法使いに追いつき、斧を振りかざした。
――やられなきゃやられる。
躊躇いなく振り下ろされる斧。斧は振り向いた魔法使いの胸に食い込んだ。魔法使いの血が俺の顔にかかった。
魔法使いは草の上に倒れこむ。即死のようだった。
少しの罪悪感。少しだけこみ上げる吐き気。けれど、ただそれだけだった。それ以上ではない。
そして、斧を抜くと俺は安堵を感じた。
確信したことがある。俺は人を殺したことがあるのだ。どこで、どんな状況だったのか、それはわからないけれど。これは何度目の殺しなのだろう。何人の命を奪ってきたのだろう。俺は――
「今はこんなこと考えてる暇なんてない!」
ぶんぶんと頭を横に振った。そうだ、サキを手助けしなければ。
サキはすぐに見つかった。俺は走りだした。
走り出してすぐ、サキが魔法使いの胸を貫くのが見えた。おそらく、あの箇所からして心臓を貫かれている。あと魔法使いは一人だった。兵士達もまだ加勢に来てない。
「くそっ! なんなんだこいつはッ! こんな小娘に……!」
魔法使いが大声で悪態をついた。そして、魔法使いは立ち止まり、サキの方に振り向いた。
「おまえのような奴に、俺が負けるかぁッ!!!」
その声と共に、サキの回りに炎でできた槍が十本現れた。それらはサキを囲むように、宙に浮いていた。すぐさまサキは立ち止まる。一歩でも動けば、それが刺さってしまう。彼女はもはや、包囲されていた。
サキはやれやれ、と言った表情をしていた。
「死ねぇッ!!」
魔法使いが指を動かすと、すぐに炎の槍は動き出した。
その瞬間、サキは飛んだ。彼女の身長よりも高く。炎の槍はサキを貫くことなく、四方に飛んでいく。サキは華麗に着地をすると、固まっている魔法使いの喉元にレイピアを突き刺した。そして、すぐに抜かれるレイピア。倒れこむ魔法使い。
「聞け、ソルデの兵士ども!!!」
サキはすぐさまに叫んだ。
「お前達の大将は討ち取った。もはやお前達には勝ち目はない」
戦場に彼女の声が響き渡った。ソルデの兵士達は倒れている魔法使いを見て、あわてふためている。
「撤退だッーー!!」
どこからかそんな声が出て、兵士達は散り散りになっていく。
村人の歓喜の声が上がる。武器を捨て、両手を上げ万歳を唱える者。互いに抱き合う者。勝利のムードが漂っていた。
サキも俺の方を見てにこりと、そして自慢げに微笑む。俺も微笑み返した。
俺達は勝利したのだ。この戦いに勝ったのだ。
「やったな、サキ!」
「うん! そっちに行くね!」
サキが走り出そうとした瞬間、彼女は足を掴まれた。彼女は立ち止まるしかなかった。
それは倒したはずの魔法使いだった。即死ではなかったのだろう。彼女は手を振り払おうとするが、だめだった。奴は最後の力を振り絞っているのだ。
「お前だけは……!」
サキの回りに再び炎の槍が現れる。今度は上に空きもない。完全なる包囲だった。飛んで逃げることもできない。しゃがんだとしても、上からの槍が彼女を焼き尽くすだろう。
「サキッ!!」
俺は全速力で走る。――間に合ってくれ!
「この、離せ!!」
サキはもがくが、魔法使いの手は離れなかった。もう魔法使いは地に顔を伏せている。死んでしまったのかも知れない。生きているが、もう顔を上げるほどの気力がないだけかも知れない。わからなかった。けれども、魔法使いの手は固く握られていた。奴の怨念であるかのように、その手は固く。
俺とサキの距離は絶望的だった。あと数メートルだった。けれど、その数メートルがひどく遠かった。ひどく厚い壁があるかのように感じられた。決して届くことのない、距離。
サキが、はぁと溜息をついた。
炎の槍が動き出した。ひどくゆっくりと動き出すように見えた。俺の動きも遅くなって見えた。世界が遅く動いている。
サキの方を見ると、何故か複雑な表情をして笑っていた。「仕方ない、なー」とその笑みが言っているに思えた。
そして、ゆっくりと一滴の涙が彼女の目から流れ出した。
俺は手を伸ばすが、届くわけもなかった。炎の槍を掴むことなんてできない。ましてや彼女に触れることなんて。
少しずつ少しずつ。炎の槍が彼女に近づいていく。彼女を焼きつく炎の槍が近づいていく。
「もっと生きたかった、な」
彼女がぽつりと呟いた。俺はこの言葉をかすかに聞き取れた。誰かに聞かせたかったわけではなかっただろう、その言葉。
もう炎の槍は彼女のすぐ近くまで来ていた。あとほんの少し進めば、彼女の肌に触れるだろう。彼女の肌に触れた途端、炎の槍は彼女の体全体に広がって、彼女を焼きつくす。
助けたい。命の恩人である彼女に、俺は何もしてないじゃないか。見ず知らずの男を助けて、そしてすぐに村のために戦って命を無くす少女。そんなことがあっていいのだろうか。
――いいわけないだろッ!!
「……え?」
そう呟いたのはサキだった。サキはへたりと地面に座り込む。彼女に回りにあった炎の槍は消えていた。
魔法使いの手はすでに彼女の足から離れていた。
「もしかして、ナシンが……?」
俺は答えられなかった。なんだかひどく疲れていた。彼女の無事を確認すると、安心したせいか、すぐに俺は地面に倒れこんだ。
俺が願ったからか――? いや、魔法使いが完全に事切れたからか――?
わからなかった。けれど、そんなことどうでもよかった。サキが生きていたのだから。
サキは地面に倒れていた俺を起き上がらせて、
「ありがとう……」
ぎゅっと抱きしめながら、そう言ったのだった。