『世界が破滅する』
「そういえば、サキは何をして生活しているんだ?」
俺はサキが作ってくれたパスタを食べながら訊いてみた。このパスタはペペロンチーノと言うらしい。簡単に作れる料理のうちの一つだとか。
「親の遺産のやりくりと、あとは一昨年戦争に行って手当貰ったのを食い潰しているって感じかなー。定職はないよ」
「戦争って、サキのような子供が……」
「あのね、こう見えてもあたし今十七なの!」
彼女はぷりぷり(?)怒って横を向いた。
「すまない……」
「……まっ、いいけど。背が低いのちょっと気にしてるだけだから」
と言って、少し悲しげな表情を見せた。
確かに彼女は、その年齢の女の子と比べたら一回りぐらい小さいかもしれない。
「けれど、十五で戦争に行って、しかも途中で退役なんてできるのか?」
「そういうシステムの兵役があるの。魔弾隊って言ってね。貰えるお金も多い。一回こっきりの任務」
「魔弾?」
「うん、ただこれやっちゃうと枯れちゃうんだけどね」
サキは窓から見える空を見てから憂鬱そうにため息をついた。
「そ、あたしは枯れ人なの」
「枯れたって何が?」
「魔力だよー。人は誰でも魔力を持っている。魔法使いとしての力量ってね、一日の魔力使用限度量、一日での魔力回復指数、あとはその属性に対しての才能で決まる」
「魔法使い……」
俺にとっては身近な存在ではなかった気がする。遠い存在。
「この国は魔法使いが多いのか?」
「多いも何も、この戦争が始まるまでは国民全員魔法使いって言ってもおかしくはなかったかな。でも、もちろんピンキリだけどね。料理に使う程度の火とか、それくらいならみんな使えたと思うよ。戦争の前線で使えるほどの魔法使いとなると、国民全員が全員ではないだろうけどね」
俺が住んでいた国はこの国じゃなさそうだな、と思った。
「魔弾隊って言うのは、魔力砲の部隊の俗称なんだ。その魔力砲ってのは使用者の魔力を火炎弾に変換させてぶっとばす大砲だね。その大砲は一日の魔力使用限度を解除させて、使用者の持つ魔力をすべて使って火炎弾に変換させるの。20発分ぐらいになるかな。その火炎弾の威力は、大砲と同じくらい。火炎弾の方が若干強いかな。ま、そこらへんはいいや」
彼女は一息ついた。
「魔力ってね、使い切ると枯れちゃうの」
「軍はそれを知らせなかったのか?」
「知らせてたけどね。あたしの魔法使いとしての力は家事に役立てる程度だったし、報酬がよかったから、やっちゃえー!と思ってやっちゃったの。でも、ちょっとだけ魔法が恋しくなることもあるんだ」
魔法について語る時の彼女には時折影が走った。すっ、とノイズのように彼女の表情を一瞬曇らせる。きっと、失ってからではないとその大切さに気づけない物はたくさんある。
「戦争が終わらせなきゃいけない」
とサキは力強く言った。彼女の瞳には固い決意があるように思えた。魔弾隊のことだけではないのだろう。
「家族がなくなったのは戦争のせい?」
「うん、そう。四年前に戦争が始まって、その一年後パパとママが死んだ。パパは前線で戦って死んで、ママは町を襲った魔法使いに殺された」
「そうなのか……」
「あたし一人っ子でね、それで完全に家族を失っちゃった」
俺は何も言えなかった。二人の間に沈黙がはびこる。気まずい沈黙ではなく、時が死んでしまったかのような自然な沈黙。この部屋の中には音が存在しなかった。俺とサキと光しか存在しなかった。
ふと、考えてみる。俺は戦争に出て、子を持つ父親を殺し、夢を持つ若者を殺してきたのかも知れない。町に行って、逃げ惑う子を持つ母親を殺し、子供の住まう家に火をつけたのかも知れない。
わからない。そんなことをした覚えはない。けれど、そうでなかったという確証もない。
「戦争が終わらせなきゃいけない」
サキは自分に言い聞かせるようにそう呟いた。
「それにね、この戦争はヤバいと思ってる」
「なんでだ?」
「四年も続いてるのよ。そろそろケリをつけたいと思って、大きな手を仕掛けてくるかも知れない」
「大きな手?」
「うん。そういうのをこっちの国も、あっちの国も持ってるの。連合国も持ってるところがある。ま、大きな爆弾みたいなもの」
「爆弾? その威力は?」
「一国が――いや、もしかしたら」
ざざざっ。頭の中にノイズが走る感覚。痛みがノイズと一緒に走る。ノイズが頭の中を駆け巡る。それと一緒に痛みが頭の中を走り回っている。
「世界が破滅する」
「世界が破滅する」
サキの声と、そして頭の中で再生した誰かの声が同時に聞こえた。その瞬間俺は思い出した。
そう――俺は世界の破滅を止めなくてはいけないことを。