ビュワの苦悩
いよいよ今日だ、とビュワは考える。昨日見えた未来の情景のことが気にかかってしまう。レオンの死、そして私を救おうとした黒髪の少女の死……。
おとなしく捕まるしかないのだ。きっと、それが一番良いはず……。敵はあと一時間ほどしたら来てしまう。私を連れ去る、三人の魔法使い達……。
「ねぇ、レオン。ちょっといい?」
「なんですか?」
「今、未来が見えたの。明日、国境付近にソルデが奇襲を仕掛けてくる! 敵の数はよく見えなかった……。時間も曖昧だけれど、日が落ちて少し経ったぐらいの時間かしら。多分そんなところ。今すぐ、これを街に駐在する軍に伝えてきて!!」
「わ、わかりました! 今すぐ行ってきます!」
レオンは嘘と気付くこともなく、そのまま駈け出していった。ビュワのいる家から軍の駐在地まで、急いだとしても往復二時間ほどはかかる。
――これでいいんだ。
これで、レオンが死ぬことはきっとないのだから。さて、次は私を助けようとした少女だ。
彼女が来ることは、先ほど見えた。一人でこの家を訪れる様子が見えた。レオンに嘘をついたように、彼女にも嘘をついてここから離れさせればいい。ただ、それだけだ。
あと十数分程度でその少女はここに現れる。彼女はそれまでの時を、窓から外を眺めて過ごすことにした。
捕まったら、もうこの街に戻ることはないだろう。彼女はそう確信している。だから、彼女は外に視線を向ける。
もちろん、何も見えることなどない。しかし、見えないけれども、そこには街が確かに存在している。目を向けることでその存在を感じられるような気がして、彼女は窓から機能しない瞳を街に向けるのだった。
嘘。それがいいことではないことを彼女は知っている。しかし、嘘がいつであっても悪なのかと言ったら、そうではない。
嘘で人を救うことがあるのだ。たとえ、それがまやかしであっても、救いを与えている――精神に安堵を与えていることには変わりがないのだ。この国にもまやかしの救い――あるいはある種の宗教と呼ぶべきか――それは存在している。
ビュワはそのまやかしを破ったことがあった。彼女は自らの持つ力で、教祖の悪事を表に出したのだ。その宗教は人から必要以上に金を集めていた。そのせいで暮らしが貧しくなるものもいた。
その嘘を破ったことで、救われた人もいた。しかし、少数ではあるが、嘘を壊したことで逆に傷ついたものもいたのだ。信じたものの喪失。そのせいで、何にも信じられなくなった人もいたのだ。
嘘が何かを救うこともある。彼女はそれを知っている。
罪悪感で人を救えるというのなら安いものだ、と彼女は思った。