神は命じられました
神は命じられました。
「世界よ、完全なる円となれ」
その言葉とともに形の悪く四角だった世界は完全なる円となりました。大地の変動に伴い、四角い世界を囲んでいた大地の壁はなくなりました。そして、海の水は円の世界の外に流れ出していきました。海の水が減っていきます。
「海よ、世界の中心から湧き続けよ」
世界の中心にあった大地から海が湧き出でて、やがて世界の中心は海になりました。海の水は均衡を保つようにずっと湧き続けています。その中心を囲むように大地が存在しており、またその大地を囲むように外周りに海が存在するようになりました。
引用 神の書 第一章――『世界創造』 第二十九節から第三十一節
*
「きっとその頭の痛みは、今目覚めたばかりだからだよ」
と少女は言った。そうかも知れない。確かに思い出そうとする時の痛みは少しずつなくなっていった。しかし、痛みはなくなったが何も思い出せない。
白い靄がかかったようだ。なんだか釈然としない感じ。現実でないような感覚。夢だったら、と思うがどうやら夢ではないらしい。頬っぺたをつねってみたが、痛覚はちゃんとあった。
「記憶を失ったのはきっと海で溺れたためだろうね」
何故海にいたのか、その経緯もわからない。
「そういえば、君が助けてくれたんだよな。君の名前は?」
俺は少女に尋ねる。改めて少女を見てみる。黒髪のショートカット。歳は俺より四つ下に見えた――そう思って気付く。俺の歳はいくつなのだろう。十八か十九だった気がするが曖昧だ。
「私の名前はサキ」
「サキか。助けてくれてありがとう」
彼女は少し微笑んだ後、右手で自分の髪を撫でた。
「まっ気にしなくていいよ。この御時世、助け合わなきゃ生きてなんていけないしねー。ところでナシンは言葉は覚えてるよね。あとはわかる? この国のこととか覚えている?」
「いや……」
「この国はメイディ共和国。知らない?」
聞いた覚えがなかった。馴染みのある単語という気がしない。
「全く覚えてない」
「重症ね。もしかしてソルデ王国の人だったり……まぁあたしは別に気にしないけどね」
「ソルデ王国?」
「この国の隣にある国」
「ソルデという言葉を聞いても、ピンとは来ないな……。ところでもしソルデの国民だったら何か不都合があるのか?」
「ほんと何もわからないのかー。ソルデとメイディは今戦争しているんだ。四年前に戦争が始まった。最初はソルデとメイディだけの戦争だったんだけど、今はお互いに連合を組んで大きな戦争に発展してる」
戦争……。俺はもしかすると兵士だったのかも知れないのか。
「なぁ、俺はどこに打ち上げられていたんだ?」
「この先の砂浜。十五分ぐらい歩いたとこかな。けっこー運ぶ時辛かったよ」
サキはそう言って笑った。
「サキ一人で俺を?」
「うん、死んじゃうかも!って思ってたからね。ほんと目が覚めてよかった」
「そういえば、サキの家族は?」
「うーん」
明るかったサキの表情に一瞬、翳りが走る。
「みんな死んじゃったんだ」
「あ、ごめんな……」
「いいのいいの。もうどうしようもないことだから」
そう言って、サキは微笑んだ。
「ナシンはもしかしたら冒険家だったのかも」
「冒険家?」
「だって、あの砂浜に打ち上げられるってことはガッシンブルーを航海したってことだから。あ、そうそう、あたしの家はメイディのかなり北の方なんだ」
「悪いがガッシンブルーのことも覚えていない」
「ええーー!!?」
と言ってぴょんととび跳ねた。
「まっ、名前もわからなかったししょうがないか。ガッシンブルーはその名の通り、湧き出でる海。世界の海の水は、世界の中心にあるガッシンブルーから湧き出て、そして世界の外側に消えていく。正確には落ちてくのかな。当たり前よね? 世界は円なんだから」
「そうなのか……」
「ガッシンブルーは謎が多くてね。どこから水が湧き出るのか、とかね。ガッシンブルーの謎を解こうとする人達は多い。それ以外でガッシンブルーにいるとしたら武器とかの輸送だろうけど、陸のルートを使った方が楽だからなぁ……」
「距離的にはそこを通った方がいい場合もありそうに思えるけど」
「ガッシンブルーは中心から外側に流れる海流がある。だから真ん中を突っ切ることはできなくて、ガッシンブルーの外周を通ることになるの。そうすると岩とかにぶつかったり座礁したりで、ガッシンブルーを使った輸送ルートはあんまりないかな」
ということは俺は冒険家だったのか……? そのガッシンブルーを調べるために海に飛び込んで溺れた……? なんだか実感が湧かなかった。確かに、水中にいたような気はする。それもつい最近のことだ。気がするだけで確証は全くない。そして、何のために海で溺れたのかもわからない。
「でも、この時期に冒険家なんているかな。かなり大きな規模での戦争がやっているからなー。ここからガッシンブルーを越えて、向こうの国は戦争に参加してないとこもあるだろうけどさ」
「俺が冒険家だったって言う実感はまるで湧かない。そんなに熱心だったらガッシンブルーのことを覚えていてもいいだろうし……」
「うーん……」
サキは腕を組んで悩ましげな声を漏らした。
「やっぱナシンの正体、わかんないなー」
ぐぅ。俺のお腹が鳴ったようだった。
「あ、お腹減った? そうだよねー二日も食べてないんだもんね」
「二日間も寝てたのか……」
「そうだよ。じゃご飯の準備するから」
と言って彼女は部屋から出て行ってしまった。俺はベッドに寝転がることにした。
何でもいいから思い出したい。きっと、きっかけがあれば思い出せる。寝転がったまま足や手を動かしてみる。体の調子は悪くない。むしろ二日間動いていなかったせいで、体が動きたがっている感じだ。
もう少ししたら外に出てみたい。俺はそう思った。