指先を向ける人
眠れない夜だった。俺はサキに気づかれないように宿を抜けた。かと言って、どこに向かうというわけでもないのだが。適当に俺はぶらつくことにした。
夜でも栄えている街だった。酒を飲みに店を回るものをよく見かけた。風俗店もあった。
屈強な男達が集うからそれらが発達するのかも知れないな、と思った。
夜だというのに光が溢れていた。夜の街だ、サキが言っていたのを思い出した。
見回るのも飽きて、宿から少し離れたところにある石段に座ることにした。通り過ぎる人々を見る。
皆、何を考えているのだろう。戦争に行って、功績を上げることか。それとも、戦いというのを楽しんでいるのだろうか。あるいは、国のため、と思って戦争に行くのだろうか。
別に構わない。理由がどうであろうと。
ただ、こういう人々が、皆死んでしまうような感覚に捉われるのだ。戦いの上での犠牲、というものではなく、何らかの大量虐殺で。
何の大量虐殺なんだ!? と自分に問いただしても答えは出ない。ただ、漠然とした感覚での大量の死がある。
しかし、何故かそこに俺の死のイメージはない。遠くから見ている、という感覚だった。何なのだろうか。
せめて、何か記憶を引き出すきっかけがあればいいのだが。あるいは、ビュワに会って、何か俺のことを教えてもらえればいいのだが。
「やぁ、君、魔法使いだろう?」
見上げると、そこには男が立っていた。服装、顔立ちから「好青年」と言った感じの男だった。いやいや、好青年がこんな時間に立っていたら、それは好青年とは言えないだろうと自嘲した。
男は俺が言葉を発する前に言葉を続けた。
「いやー俺も魔法使いでね。え、こんななりでと思うかも知れないけど、そんなもんさ。みんながみんなフードかぶってるなんて馬鹿らしいじゃないか。一説によるとあれは自己暗示により、魔力を高めることになるらしいけどね。自分は魔法使いである、と誇示することによって。でもさ、自分が自分で魔法使いだ、と思っているなら俺はそれ以上はいらないと思うな」
と、まくしたてられた。あんまり関わらない方が良いかもな、と思ったが最早時既に遅し、というやつなのだろうか……。
「いや、魔法使いじゃないが……」
「本当かい!? びっくりだよ……! なんてね! わかるさ。君は魔法使いに決まっている。なんで嘘をつくんだい?」
「いや……」
「で、だ。勝負しないか? 魔法使い同士、さ。もちろん殺しはなしで、どっちが力量が上かはっきりさせたいだけさ。君はなかなかの魔力を帯びているからね。僕の勝負にはぴったり!というわけだ」
仕方ないので魔法使いではないということを説明することにした。魔法は使ったことがない、初級魔法を使おうとしてもだめだった、ということを言った。男はふんふんと頷いて聞いていた。
「だから、残念なことに魔法使いではない」
「ふうん……そういうわけか……わかったよ! いやぁ、でもその魔力、気になるな。素質がありそうな気はするんだが……。まぁ、物は試しだろう」
「物は試しって、何をする気だ!?」
「いやいや、大したことじゃないよ。気にしないでくれ」
男は俺から遠ざかっていく。10メートルほど離れたところで、男は立ち止まり俺の方に振り返った。そして、腕を伸ばし、握り拳から人差し指を突き出した。照準を合わせるかのように俺に向けた。
「もしかしたら、危機的状況に置かれなければ発揮されない、という類の力なのかも知れない、と思ってね。そういうのってあるだろう? それは魔法使いでもあるんだよ。危なくなって魔法が開花するやつとか、危なくなると魔法の強さが増すやつとかね」
「おい! 何をする気なんだ!」
「あはははは。大丈夫大丈夫。当てない当てない。ただ、君の力があるのであれば目覚めさせてやろうと思っただけだよ。決して危なくはないから安心してくれ」
そう言って微笑んでいるが、胸騒ぎがした。悪意のある笑みだというのがひしひしと感じられる。いや、当てるつもりまではないのかも知れない。しかし、こんな街中で問題を起こそうなんて思っていないだろう……とは言い切れなかった。ただ、漠然とやばいという感じは抱いた。
「弱い魔法を高速で打ち出すだけだから。それに、俺は当てる自信ないからさ。はは。大丈夫さ」
ふと、脳裏に俺の死のイメージが見えた。
「じゃ、いくよ」
魔力が奴の指先に集まっていく。そんな光景が見えた。魔力が正しいかはわからないが、何かが指先に集まっていく。
――弱い魔法、なんて嘘だ。
魔力の強さも認識できた。おそらく、人は簡単に殺せるほどの魔力を集めている。
この感覚は何なんだ? 感覚が研ぎ澄まされていく。
そして、奴の指から魔法が放たれた。
指先程度の大きさに圧縮された、高純度の炎の魔法だとわかった。恐ろしい速さで俺に向かってくる。
当たるかはわからないが、もう時間がない。恐らく避ける時間もない。
もうだめだ!
俺は目を閉じ、身を守るために前に手を翳した――。
「あれ?」
目を開けると、奴は首を傾げてそう呟いていた。後ろからはパチパチという音が聞こえる。振り返ると、斜め後ろにあった木が燃えていた。
どうやら、当たらなかったらしい。俺は溜息をまじりの安堵の息を漏らした。
奴は手を叩きながらこちらに近づいてくる。
「いやーすごいね。俺さ、ぶっちゃけると当てるつもりだったよ」
と言って奴は笑った。
「俺を殺す気か!!」
「死んだらそれまでのやつだったってことだよ」
急に真面目な表情になって、奴はそう言った。
「それにしても、ほんとすごいな。魔法を発動した様子もないのに、弾が逸れたよ。こう、くいっとね。気に入ったよ。君、名前はなんて言うんだ?」
「……ナシン」
そうか、と言って奴は笑った。
「俺の名前はライ。俺はこの戦争でのし上がるんで、よろしく! ナシン、是非とも俺のことを覚えてくれよ。じゃ、俺はそろそろ宿に戻るとするよ。じゃぁな、ぐっばぁい」
そうしてライと言う男は去っていった。変な男だったな、と思った。俺もそろそろ宿に戻ることにした。