謁見の間
ソルデ王国の首都には悠然とそびえたつ城がある。それは権力の証だ。王の力を見るには、その城を見ればいい。
首都にそびえたつ城は、それ単体で町になりえるほどの大きさだった。ソルデ王国の王が棲むのだから、当然と言えば当然なのかも知れないが。
「確かおまえは――\\"影縫い"と言ったな」
王座に座る王は厳かに言い放った。
「はい」
そう答えるのは、王の前に跪く女。黒い服、そして腰まで伸びる黒いストレートの髪が印象的だった。
「おまえの活躍は耳にしている。おまえはつい一月ほど前に軍に入ったばかりだというのに、めざましい功績を残したと。一人でメイディの軍隊と渡り合ったそうだな?」
実際のところは渡り合った、という程度ではない。あれは虐殺だった。彼女は恐れをなして逃げるものも容赦なく殺した。
メイディ兵の数はというと、軽く百は超えていただろう。それを彼女は一人でいなした。彼女の力で。
「残念ながら首の数が多すぎて、すべてを国王陛下に持ち帰ることができなかったのが最大の悔みでございます」
女は演技過剰気味に、唇をかみしめた。
「私は身分や軍の滞在期間など気にせぬ。必要なのは実力だけだ。そこで、おまえには大役を任せたい。現在、メイディの預言者"ビュワ"という女を奪取を試みている。魔法兵団の選りすぐりを少数送り込んだのだ。もし、その奪取が成功した場合、奪取した者達はメイディの兵に追われることになるだろう。おまえはそれの手助けをして貰いたいのだ」
「ありがたきお言葉。国王陛下のお役に立てるのであれば、わたくしめは至上の幸福でございます」
彼女は跪いたまま、恭しく頭を深く下げた。
「下がってよい。詳細は追って知らせる」
彼女は立ち上がり、踵を返した。かつかつと靴の音を響かせながら、彼女は部屋から出て行った。
謁見の間には彼女のことを快く思っていない者も多かった。嫉妬だけではない。突然この国に現れ、たった一月でめざましい活躍をしてのし上がる。なんとも、いかがわしいものだった。
しかし、諫言するものはいなかった。いや、できなかった。
彼女が跪いている間、王以外は誰も動けなくなっていた。身体を何か紐のようなもので絞めつけられているようだった。口を動かすこともできない。息をすることはできた。
恐怖でそうなったのではない。まさしく、あれは魔法などの類だった。しかし、その場に魔法使いがいたがその力に逆らうことは全くできなかった。解呪の魔法を試みたが、その力が緩むことはなかった。
その場にいる王以外の全員が、彼女の力を認めざるを得なかったのだ。魔法の類のものではあるが、魔法ではない何かの力。王以外の全員がその力の前に屈した。
一人で何百人と渡り合う力が偽りでないものを確信したと同時に、彼らは恐怖した。彼女の気まぐれ次第では、彼ら全員が死んでいたかも知れないということを理解したからだ。
何の力だったのだ。彼らは皆見当さえつかなかった。詠唱をした様子もない。ただ彼女は跪いただけだと言うのに。
しかし、王だけは気付いていた。彼女の影が薄く伸び、この部屋全体を覆っていたことに。
王は彼女が去った後、薄い笑みを浮かべた。部屋の誰もが、恐怖に怯えていたというのに彼は笑っていたのだ。