夢――少年時代の記憶
俺達がサルヴォナに着いたのは、日が暮れる直前のことだった。
「よかったねー。夜になる前について。夜、オオカミ達に襲われたらひとたまりもないからね」
「そうだな。……俺達も強くならなきゃな」
「うん……!」
すぐに最寄の宿に行って、部屋を借りた。もちろん別々の部屋だ。
部屋に入る前、明日になったらサルヴォナを観光しようとサキは言った。俺は頷いた。
そして、疲れたせいかすぐに眠ってしまった。
俺は岩場に立っていた。視線の先には白い長髪の男。若い男だった。
「お前は能力をコントロールすることを覚えなくちゃならない」
と男は俺に向かって言ったようだった。
「はい、先生!」
俺はその白髪の男に向かって返事を返した。先生? けれど思い出せない。――これは過去の記憶だ。
しかし、いつの記憶なのだろうか。視界が今よりも低い気がする。何年か前の記憶だろうか。
「特に、お前の場合はコントロールが難しいらしいからな。俺の能力の場合、別にそんなことはないのだが。まぁ個人差があるのだろう」
白髪の男は、うんうんと頷いた。
「そこで、だ。お前は――そうだな。誰が適任だろうな……。アルサあたりか。アルサの影縫いとやり合ってみろ」
「ええ!?」
俺は驚いたようだった。
「アルサとですか? あいつ、スクールでほぼ最強じゃ……」
と俺は言った。 スクール? この単語には聞き覚えがあった。でも思い出すことはできなかった。
「だからいいんだよ。スリルがあるだろ。その方が能力のコントロールがうまくなる」
白髪の男はにやりと微笑んだ。
「えー、あたしー? めんどー」
俺はアルサという呼ばれた者に視線を向ける。ストレートの黒髪で黒い服を着ている、気だるそうに背筋を伸ばしているのがそのアルサという少女だった。
他にも何人か少年、少女が岩場から少し離れたところに座っていた。年は皆ばらばらのようだ。7歳やそこらの子もいれば、上は15か16ぐらいの少年もいた。アルサは13ぐらいだろうな、と思った。
「ま、せんせーに従うけどー。じゃ、さっさとやろうよ」
と言って、アルサはぴょんぴょんと岩を跳んで、俺と対峙する。
「じゃ、行くよ。『影縫い』」
アルサの黒い影が伸びてくる。やばい、と俺は本能的に感じ取った。このままじゃ――影に刺される、と。
影が宙にまで躍り出て、俺の胸を目掛けて直進してくる。そこで俺は――
「ナシンー! そろそろ起きてよー!」
扉の外からのサキの声で起こされた。子供時代の夢を見ていたようだ。白髪の教師。アルサという少女。この二つは忘れないようにしよう、と思った。
部屋の中には朝日が差し込んでいた。気持ちの良い朝だった。着替えやトイレ、身支度を整えてサキの部屋の前まで行く
「もういつでも出れるぞー」
うん、わかったーという声がサキの部屋の中から聞こえた。そして、すぐにサキは出てきた。
「じゃ、いこっか」
宿から出る間際、パンを二つ貰った。朝食の代わりだそうだ。礼を言って、俺達は宿を出た。
「とりあえず、まず適当にこの街を見てから次の街の行こうー。次はラティだね」
パンを齧りながらサルヴォナを観光することとなった。サルヴォナは活気に溢れた街だった。そこらじゅうで何かを売る人がいるし、旅商人を何人も見かけた。
「街はどこもこんな感じだよ」
とサキは言った。
建物はほとんどが煉瓦作りだ。地面も煉瓦を敷き詰めていた。そしてほとんどが二階建てだ。街は入り組んだ作りをしていて、裏通りなんかは迷ってしまうらしい。
お店もいろいろな店があった。パン屋や野菜屋から、雑貨屋、武器屋などもあった。
「剣を買ってあげようか? お金はまだあるから大丈夫だから」
サキにそう訊かれたので頷いた。斧を下取りしてもらい、剣を買った。一度振ってみたが、斧より断然使いやすい。
サルヴォナの中心には川が流れていた。大きな川だった。人を乗せたボートが何隻か通るのが見えた。どうやらあれは観光客用のものらしい。
「別に、移動手段であればボートにこだわる必要性はないからね」
この川は水の都ヴェーネまで伸びているらしい。もちろん、かなりの距離があるが。
俺達はこの川にかかる橋に来ていた。この街に一つしかない橋で、そのためとても大きく、人通りも多い。
橋からは街並みがよく見えた。綺麗な街並みだった。造形の整った赤い煉瓦の家が、ブロックごとに区切られて整然と並んでいる。
俺とサキは橋の手すりに寄りかかって川を眺めた。澄んだ川だった。川の底にある、人工的に積まれた丸石が見えた。川は観光客を乗せたボートを往来していた。
隣にいるサキに視線を向ける。風で彼女のショートカットの髪がなびいていた。彼女は街並みを見て、遠い目をしていた。
それから、橋に座ってアクセサリーなどを売る露店を見て回った。
「わぁ、かわいい!」
サキはそんな風にはしゃいでいた。村にはそう言ったものはないからだろう。
「ねぇ、これ似合う?」
と言って、アクセサリー(ネックレスだった)をつけてみたりもした。けれど、買わなかった。無駄遣いはだめだから、と言っていた。