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 時計塔だ。俺のすぐ近くに時計塔があった。天から生える、厳かな時計塔。俺はどうやら、宙に浮かんでいるようだった。その時計塔ははるか昔に時間を刻むことは忘れてしまっている。そう、あの時計塔の役割は時計を刻むことではない。本来の役割は――。

「頑張って! 君なら世界の破滅をきっと止められる。 そして」

 誰かの声がする。誰だっただろう? なんだかすべてものが遠くなっていく。景色が、視界が遠くなっていく。声の主はすでに見当たらない。あの時計塔も、もう小さな点ほどにしかない。

 景色は一変し、突然俺は水中にいた。暗い水の中――いや、これは海水だ。水ではない。深い海の中なのだろう。水圧がひしひしと感じられる。

「そして、絶対に帰ってくるの。約束して!」

 頭の中に直接響く声。声の主がどうしても思い出せない。頭が痛む。

 俺の体は上に押し上げられていく。強い力だった。海流なのかも知れない。しかし、息が……。だんだん酸素が足りなくなっていく。薄れていく意識。だが、俺は意識が飛ぶのを踏みとどめた。

「じゃぁ、いってらっしゃい」

 もう少しだ……! もう少しで海面に出られる……! 俺は海面に向かってもがく。

 まばゆい光が近づいてくる。息が苦しいのを忘れるほどの美しさだった。光の美しさをその時初めて知ったかもしれない。そして、俺は海面に出た。

 俺は大量に息を吸い込む。危なかった。あのまま水中で気を失っていたら死んでいたかもしれない。

 ふと、俺は気付く。いつのまにか海の中ではなく、俺は誰かの部屋にいた。俺はベッドに横たわっていた。部屋を見回してみる。見覚えのある部屋だった。けれど、思い出せない。

 なんで俺がここに? 思い出そうとすると少し頭が痛む。服は乾いている。どういうことなのだろう? 夢――いや、そんなはずはない。

「明日、行っちゃうんだね」

 部屋の扉のあたりから声が聞こえた。さっきから聞こえていた声と同じ声だった。

 誰なんだ、と声を出そうとするが出ない。そして、俺の意思と反して体は起き上がる。体の自由がきかなかった。

「寂しいけれど、私誇りに思う。こんな弟がいてくれて本当に誇りに思うよ」

 弟? ということは声の主は姉? 俺に姉が――? 思い出せない。

 ――どうして思い出せないんだッ!!

 俺の体は扉の方へと歩いていく。俺はただ従うことしかできない。扉はまばゆい光に包まれていた。扉の隙間から光が漏れている。

 そして、俺はドアノブを捻る。きぃ、という音とともに扉が開き、神々しい光が俺を包んで――。



「あ、やっと起きたんだ」

 目覚めた――のだろうか? そこは見たこともない部屋で、俺はベッドに横たわっていた。近くには少女が立っていた。もちろん見たことのない少女だった。

「ここは……?」

「ここはあたしの家」

「どうしてだ……。俺はどうなった……痛ッ」

 思い出そうとすると痛む頭。そして何も思い出せない。

「大丈夫? まだ安静にしてた方がいいよ」

「いや、体は大丈夫なんだが、なにか思い出そうとすると痛む。……何も覚えていない」

「君はね、浜に打ち上げられてたの」

 浜に? どうして?

「何か覚えていることないの? 名前とかさ」

「名前……」

 思い出そうとするけれど、思い出せない。

 まるで暗闇でものを探している感じだ。何も見えない暗闇の中。俺は目的のものを手に取ろうとして、何かに躓いて床に体を叩きつけられる。目的のものだと思って取ったものは違っていて、しかもそれには棘がついていて俺の手に食い込む。そのたびに俺は痛みに悶えるしかなかった。

「だめだ、何も思い出せない。……名前すら。」

「何にも思い出せないのかー」

 少女は腕を組み、悩んでいるな仕草を見せる。十秒ぐらいそうしてから、今度は一人でうんうんと頷いた。

「名前、思い出せないんだよね?」

「そうだね」

「名前、ないと不便だよね?」

「そうだろうな」

「ってことはあたしが名づけてもいいよね?」

「そうだ……いやいや!」

 少女は俺が止めるのも構わずに続ける。

「よし、君は何も思い出せないから――」

 そこで少女は俺にびしっと指を指して、

「ナシン! 君は今日からナシンだ!」

 と言って無邪気に微笑んだ。そんな笑顔をされたらどうしようもない。やれやれ、と思ったが従うしかなかった。

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