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ホラントの商才

 居住区に戻ると俺たちに気付いたホラントが揉み手をしながらすり寄ってきた。


「ジル坊ちゃん! 予定していた5百軒分の資材は完成しましたよ! 北の防壁についても当初の計画通り中央門を残してそれ以外の門を閉じて全面を増強いたしました」


 ホラントは満面の笑みで作業が進んでいる事を報告してくれた。


「なんか計画よりだいぶペースが早い気がするんだけど……」


 でっぷりとしたホラントのお腹がぽよんぽよんと弾みながら近づいてくる。なんか助けた時より大きくなってないか?


「よくぞ聞いてくれました! ミシェル殿がドンレムの守備隊の教育をしたいから手伝わせてくれと申し出がありまして! 守備隊の皆さんが建築資材の運搬から建築、防壁の強化と大活躍でして!」


 なるほど、ミシェルが張り切ってしまっているのか。だったら仕方がない。俺にまで被害が及ばないようにどうにか調整しなければ。


「そうか。それでホラント、失礼だとは思うけどちょっと見ないうちに太ってないか?」


 よくよく見ても一回りは大きくなっている気がする。ちょっと食べすぎたとかそういう感じではないのだが。


「いやぁ、恥ずかしながら、ここで取れるごはんが美味しくてつい食べ過ぎてしまいまして。今まで税が厳しかった事もありますが、他の街に大規模に輸出するほどの米が大量にあるなんて事がありませんでしたからね」


 いくらなんでも食べすぎだろう。健康のためにも少し控えさせた方がいいなと思いながらホラントの言葉に違和感を感じた。


「そうそう、輸出で思い出しましたが、私の部下にここの米を売り歩かせているんですが、これがバカ売れで。領地運営に必要な現金もなんとか都合が付きそうなんですよ。それにね、売り歩いた先の村々でドンレムに移住したいって希望者がたくさん居まして、今は湿地帯の方に住まわせてますがかなりの数が集まっているんですよ。いやぁ、ジル坊ちゃんもハルのお嬢ちゃんも若いのに凄いですよ」


 ホラントは何を言っているのだろうか。米を輸出? 移住希望者? この街で移住の受け入れ体制も整っていないしや治安維持の衛兵や北の蛮対策も、ほとんど何も出来ていない状況だぞ?! そんな状態でここに食料があることが他の領主たちに知られたら真っ先に狙われてしまう。


「ホラント! すぐに輸出は中止だ! 今集まった移住希望者はとりあえず明日この村に迎え入れて水路を一度潰そう! クーラン領はすぐに動かないだろうが、他の領主に気付かれると厄介だ。ネルン湿地帯の村に一度戻ってそっちの村を偽装しよう。 ホラント、商売が上手すぎるのも考え物だ。土いじりばかりしてこちらに顔を出さないでいた俺のミスもあるが、輸出に関しては一度は領主である俺の指示を仰いで欲しかった」


 俺の焦りがホラントにも伝わったのかホラントは付き人に指示を出し、輸出する米を最小限として輸出先である村に謝罪に回らせる。


 そしてネルン湿地帯の開発をする事を伝えてドンレムに目を向かないようにしよう。幸いハルの水路が使えなければネルンの村からドンレムまでの移動はかなりの日数がかかる。


 早急にしなければならない輸出の停止とネルンの街の偽装を終えて、ドンレムでの開発計画を再度話し合うために集まった。


 出来上がったばかりの集会所に集まったのは俺とハルを含めて7人、ミシェルとホラント、ドミニクにドミニクの奥さんであるアンナさん、それにネルンの村長をしていたフレデリックさん。


「今日はみんな忙しい中、集まってくれてありがとう。みんなの頑張りでドンレムが領都として機能する準備が進んでいるんだけど、そのことについて、今日は皆に大事な話があるんだ。」


 話始める前ははどこまで話をしていいか悩んだが、結局この世界でクロノス神という少し変わった神に目をつけられてしまった人間として話を進めることにした。


 これから5年後大きな戦争が起こり、この大陸で多くの人が死ぬ事を神から告げられ、それを止め、平和に導く使命を受けたこと。クロノス神は軍神ではないので戦いは極力避けなければならないこと。戦争の前にここが他の領主に見つかってしまうとどうなる5年を待たずに戦争になってしまう可能性があり、そのことで俺も予想が付かなくなってしまう事。


 そして、ここドンレムは俺がいる限りどんな事をしても5年後の戦争には巻き込まれてしまい命を失ってしまう可能性が高いという事。俺は長く喋ったと思う。その間皆は真剣な表情で俺の話を聞いてくれた。信じれない内容だし、一部の情報、俺が転生したこの世界の人間では無いことなんかは皆に伏せている状態でごまかしている部分もあった。


「巻き込んでしまって申し訳ない。俺は俺の領民であるあなた達を尊重したい。他国に居れば争いに巻き込まれることは無いかもしれない。どうか決めて欲しい。残るか、去るかを……」


「ジル様……」


 俺の言葉はミシェルによって遮られた。


「私はジル様が小さい頃より剣術の指南を通して、そして騎士団を除隊した後は側仕えとしてジル様のお姿を近くで見てまいりました。ジル様は我々大人が思いもしない事を散々されてきました。ジル様は初めて紙を造った時のことを覚えておいでですか?」


 藁半紙を作った時の事だろうか。勉強に使用するのは黒板でこの世界にはノートが無かった。それもそのはずで分厚い羊皮紙が紙の主流だった。


「紙がないのなら作れば良い。私も最初はなんだこのクソガキはと思いました。しかしジル様は皆が嘲笑するなか、藁をひたすら細かく砕き煮詰め、糊と混ぜ実際に紙を作りました。」


 恥ずかしい昔話だ。知識チートで皆を驚かせようとした正に子供みたいな調子に乗った話しだ。


「私はその時から、この子は未来が見えているのかそれとも未来を見てきた子供なのかと思ったのです。今回話して頂いた事もおそらくは全て事実となるでしょう。そうなってしまった時、私はなぜジル様の力になれなかったのか。なぜ側にいなかったのかと後悔したくありません。」


 凄い洞察力だ。ミシェル、半分正解でもう半分も合っている。むしろミシェルは超能力者なのか? こんなエピソードを聞いた他の五人は「幼児が紙を作ったのか?」みたいな顔をして驚いている。


「私の未来はジル様と共にあるのです。もしジル様の描く未来に私が居ないのであれば、どうにか席を用意していいただきたいのですがね。」 


 ミシェルの言葉にドミニクもドミニクの奥さんのアンナさんも視線を合わせてうなずいている。


「おらもそうだ! ネルンの村は廃村に成りかけた事がある。冷害や稲の病気が何度も何度も湿地帯を襲ってきた。その直前直後には必ずジル様が来てくださった。的確に指示をくれて村がギリギリ持ちこたえて今のように大きな穀倉地帯になったのはジル様のおかげだ。おらの命でよけりゃ、どうとでも使ってくれよ」


 ここまで話を聞くだけだったネルンの村長、フレデリックさんも情熱的な言葉で俺に付いてきてくれると表明してくれた。


「ホラント……」


 彼は下をうつむいたままだった。


「なんで……なんで皆、私の事を責めないのですか?! 私が独断でドンレムを危険にさらしてしまったというのに! なぜジル坊ちゃんも私のミスを叱りつけないのですか?!」


 ホラントは下を向いたまま自らを責め立て続けた。


 前世の俺も同じようなミスをした事があった。良かれと思って行動して裏目に出る。

 そんな事はよくあることだ。どうしようもない自責の念で囚われて何もできなくなってしまう。俺はそんな状況に陥った。その時は周りに誰も居らず自分で長い時間をかけて立ち直った。そんなことをしている間に同期の奴らは出世していた。残された俺は新たに出来た部下がそうならないようにと声をかけていたっけ。


「今の話を聞いて、私が取り返しの付かない過ちをしたことは明らかだ。それなのに誰も何も言わない。それどころかジル坊ちゃんは私に対して俺の領民と言ってくださった。私はここに居ていいのでしょうか?」


 俺が声をかける前にハルがホラントに近づいた。


 人影に気付いたホラントは救いを求めるように顔を上げた。


 きっとホラントは天使にでも会ったのだろう。ぽかんと口を開けてハルを見つめている。


 ハル優しそうな笑みを湛えてホラントの手を取り、立ち上がらせた。その場に座っていた5人の視線がホラントに向く。皆優しい目をしてホラントに頷き返している。


「ホラント、誰にだって間違いはあるんだ。それを認めて挽回する機会は生きている限り何度でもある。この世界の流通に関してここにいる誰よりも詳しく、誰よりも利に敏いホラントの力が必要なんだ。」


 俺が代表して言葉にした。


「俺に、ラヴル領に力を貸してくれないか?」


 ホラントは堪えていた涙を溢れさせながらお願いしますと言ってくれた。これからは何か自発的に行動する前には一度確認をすることを徹底させた。


 そして商いに関してはホラントに、農業に関してはフレデリックに軍については、ミシェルに、その中でも蛮族対策の守備部隊に関してはドミニクに、住民の相談役としてアンナさんを、領都の開発計画とルールの制定と全ての責任者として俺が担当することとして週に1度集まって計画の進捗状況の確認と次週の計画の確認を行う会議を開くこととした。


 若干リーダー格が少ないがこれは人が育ってきたら会議に参加させる人数を増やしていこうと思っている。


 そしてドンレム発展計画はドンレムの拡張とネルン村での受付活動の二本立てで進めていくことになった。


 ホラントの部下の人たちには米の輸出はネルンの開拓の為の移住者を集めるための方便だったと噂を流し、厳しい環境でも開拓した実績に応じて住居と土地が与えられる事も追加してもらった。


 対外的には人がドンレムに流れてしまったネルンの再開発のように見えるようにして、実際にはドンレムへの移住希望者を教育して基準に達した希望者をドンレムに徐々に送っていく事にする。


 一方ドンレムでは自重せずにこのままどんどん開発を続けていく。ネルンからの移住者には建築資材セットを渡して、自分で住居を建ててもらい。そこから各リーダーに人員を割り振っていこう。人手も直近で必要になってくる人数は目途が立ったし、あとは段階的に人を増やして力を蓄えていくだけだ。


 こうしてホラントが作り出した大きな人のうねりはどうにかトラブルに発展しづらい形でドンレムの開発速度を高めるものとなりそうだった。

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