ハルの力
領主として着任し、そこからは息つく暇も無いほどに、日々仕事に追われた。
ドンレムの村での俺達の住む住居作りとネルン湿地帯の村人の住居作り、ハルが作り出した稲穂の収穫と測量、そして収穫した米の保管倉庫、北の蛮族に対しての防壁の強化と大きくなるであろう兵舎の改築。計画を立てて分担して進めていく。
皆の頑張りでドンレムは急速に発展していった。
「ここでいいよね?」
淡い光がハルの掌から放たれ、地面を包み込むと同じ幅、同じ長さ、同じ高さの石柱が大地から生み出された。
ハルが造ったのは俺が前世の記憶を頼りに作り出したツーバイフォーサイズの石柱だ。
石柱と言っても重く嵩張るものではない。
段ボールのようなハニカム構造で軽くて丈夫、重いものにも衝撃にも耐えられる優れモノだ。
そして同じくハニカム構造の石板に釘にL字金具、神の御業で作り出すそれらはプレハブを作る為の建材で、これからさらに規模が拡大していくドンレムにはうってつけの素材だった。
「まったく、ジル坊ちゃんとハルの嬢ちゃんがこんなに凄いものをいとも容易く生み出すなんて思ってもいませんでしたよ」
ハルが魔法で建築資材をポンポン作り出している横でホラントはホクホク顔で数を数えては手の空いていた衛兵指示を出し、ハルが作り出した建材を運ばせている。
別の場所では建材を組み合わせ壁を造り、基礎の上に設置してツーバイフォー工法で建物を立てていく。凄まじい速度でプレハブ住居が出来上がり、整然とした住宅街が出来上がっていく。
この前出来上がったばかりの大型の食糧倉庫には収穫された米がどんどん運ばれている。
ドンレムの住民、そして湿地帯の村からの移住者を含めて約千人が3食しっかり食べて3年は持つくらいの収穫量が倉庫に収まっている。
そんなあわただしい中、俺は一人、畑を耕していた。
ハルの魔法は何でもかんでも無限に出来る魔法ではない。
火を起こす事は出来ないし、水を出せるわけではない。土や鉱石などの大地に関わる物の形状を変化させたりするようなものだ。
そして神の眷属たる俺が知りえる範囲の形状変化しか出来ないし、そして神威と呼ばれる魔力の源泉を短剣に流し込まなければならない。
神威は有限であり、それを得る方法は加護によって異なる。俺の場合は土いじりだそうだ。これを止めると神威がなくなりハルは魔法で建築資材を造れないので俺は別行動で効率よく街づくりをすすめていく。
鍬を振り上げ大地に振り下ろす。額からは汗が吹き出し、作業着の袖で拭っても次から次へと流れてくる。
「ふー」
居住区の隣の区画である畑にようやく品種改良用の水田10面分が完成した。
「思ったより時間がかかるけど、不思議と疲れはしないな」
1週間程この通り、田畑を位置から造り続けたが毎日朝から晩まで耕しても身体はすこぶる調子がいい。ハルに聞くとびっくりするくらい神威が身体を巡っているそうだ。
「ジル! お疲れ様! 飲み物持ってきたよ」
水筒を持ったハルが弾けるような笑顔で走ってきた。予備も含めてプレハブ五百軒分の建築資材を頼んでいたのだが途中で神威が切れてしまったのだろうか。
「ハル、神威足りなかったか?」
水筒を受け取りつつ思いうかんだ事を聞いてみた。
「まさか、あんなにいっぱい神威を流されても使い切れないよ」
少し困った表情のハルは呆れているようにも見えるがそれも可愛い。
ハルの背格好は俺と同じくらいで、顔立ちはとても整っている。前世で好きだったアイドルとアニメのキャラクターを足して割ったような……俺好みの顔立ちをしていた。
この世界では彫りが深い人ばかりで特別美人という評価にはなっていないが俺の中では最高に可愛い。
そんな感じでハルの本体であるこの短剣を持つ俺の影響がハルやハルが使う魔法にも出ているらしい。この世界にハニカム構造やら、ツーバイフォー材なんてものは存在していないのでこの能力はかなりのアドバンテージになるだろう。
その他にもこの世界にはないはずの便利道具をいろいろ造ったが、大量に造っているのは建築資材だ。まずは人を呼びこまないとまともな戦いにもならない。
「言われていた建築資材? だっけ? 目標だった五百軒分造り終わったからどうするか聞きに来たの!」
かなりの数だったけどもう終わったのか。受け取った水筒を傾け喉を潤す。冷たい水が身体に染みわたる。前世では絶対に農業、土いじりなんかしなかっただろうし、ただの水がこんなに美味いものなんて思いもしなかった。
「ずいぶん早かったな! それじゃ今日で建築資材は終わりにしよう。蛮族対策の防壁を強化しに行こうか。」
ハルは顎の下に指を当てて首を傾げている。不思議そうな表情まで浮かべているとゴーレムとは思えない、本当に人間のような仕草だと思う。
「あれ? ホラントに聞いてなかった? それ二日前に終わってるよ? 午前中は防壁の強化で、午後からが資材づくりだもん」
どうやらホラントの奴が勝手に予定を前倒しで進めていたようだ。そうすると他の作業も進んでいるのかもしれない。
「そうか、一度ホラント達の所に戻った方がよさそうだな。」
俺は空になった水筒をハルに手渡しながら鍬を肩に担ぐ。ハルと共に農道を歩く。
ネルン湿地帯に住んでいた村人たちが農作業の手を止めてこちらに声をかけてくる。
「領主様! 今日の作業は終わりですか?」
結構離れた場所から大声で声をかけてくれている村人達、他の領地の領主が見たらびっくりするだろうな。この世界では不敬罪と言って切り殺す領主もいると聞いた。もちろんクーランで領主となる為の教育でそういう風に教えられている。
が、今ここはクーラン領でもなければ、そんな不敬罪を執行するような機関もない。ただののどかな村だ。
そもそも俺はクーランだった時に村人達との距離を詰めていた。顔なじみの人達に態度を変えて接する必要もあるまい。ミシェルやホラントはもう少し威厳を持って領民と接しろと言っていたが。
俺は村人達に手を上げて応え、無茶するたなよと声をかけておく。
俺の横でハルはニコニコ微笑んでいるのが目に入った。
「どうしたんだ?」
「ジルは皆に愛されてるよね。それが嬉しくってさ」
恥ずかしいことをサラッと言ってくれる。恥ずかしかったのでハルの頭をくしゃくしゃと撫でまわしてやった。
「ちょっ、やめてよ! 髪型崩れるじゃん!」
ハルはゴーレムだけどほとんど人間だ。動力こそ俺の神威で動いているが髪の質感や肌も人間のそれと変わらない。そして可愛い。だから照れ隠しも含めてちょっと意地悪したくなる
から仕方がない。
「ここってすごく平和だよね。神代の時代もこんな平和な場所は無かったよ」
ハルは何か思い出しているのかどこか悲しそうな表情で言った。
「クロノス様が言っていたけど、ジルは早くここみたいな場所を増やしてね」
「そうだな、俺に出来る限りの事は頑張ってみるよ。ハルの事も頼りにしてるから力を貸してくれよ?」
ハルは俺の視線に気付いたようでいつもの笑顔で俺の頭をくしゃくしゃと撫でまわした。
二人でじゃれ合い、けらけら笑いながらホラントたちが待つ居住区に向けて歩んでいく。
残り約5年、オルフェウスの舞台となるこの大陸全土に広がる戦いが始まるまでに万全の体制にするんだ。
この平和を大陸全土に広げて見せる。