神の眷属と神代の短剣
暗転した視界はまだ戻らない。頭の中に直接響くような声が俺の返事に反応した。
『あ、応えてくれた!』
先ほどの渋い感じのイケボイスから、うって変わって今度は幼い少年か少女のような声が聞こえてくる。
「え? 何?!」
『我が名はクロノス、神代第二の王である』
続く名乗りも少年のような声のままだ。クロノスってオルフェウスの中に出てこない神様なんだけど。てかこの声って何処から聞こえるんだろ。
周囲を見渡す動作をしてみても真っ暗闇で顔動かしているのか分からないし、腕を伸ばす動作もあやふやな感覚が返ってくるだけで腕を動かせているのかも怪しい。どうやらこれは夢か何かで、声は頭の中から聞こえてくる。そういうものなんだと思うことにした。
「君は誰? ココはなんなの?」
『君? あ、やばっ! 声変えるの忘れてた。まあいっか。今晩はジル君、今日も月が綺麗だね』
「え、あっ、はい。どうもこんばんは」
言われて気づいたが突如暗闇に輝く月があらわれた。
『反応薄っ! もう少し驚いてくれると嬉しいんだけどな。君は私に選ばれたんだ、おめでとう!」
拍手をしながら、苦笑いしている小さな少年が暗闇の中からすっと現れた。
金髪、金色の瞳にやたらと整った顔立ちの少年。ポンチョのような白いローブを身に着けた不思議な少年。
あの、ありがとうございます。それでクロノス様ってどちらさまでしょうか? なにぶんこの世界の歴史については疎いものでして……
『そっか、この世界では私は有名じゃ無いからね。でも君の元居た世界なら僕の事少しは知られてたと思ったんだけどな。因みに時を操る方のクロノスではないよ』
俺の記憶を読み取っているのか? すぐに思い浮かばなかったけど確かにオルフェウス以外のゲームに出てくる時間の神様はクロノスって名前もあったな。俺の記憶だけでなく前世のことを知っているのだろうか。
『まあ神様だからね』
口に出していない意識を読まれで驚いたが、神様ならこのくらいできるのか。
続けて口に出さずに喋りかけて見る。
今日、野盗から守ってくれたのも君なんだろ? 助かったよ
声が幼いせいか君と呼んでしまった。大丈夫だろうか
『正解! なかなか良いね。眷属選びは成功したみたいだ。それに私のことは君でもあんたでも、なんと呼んでもらっても構わないよ。眷属とはそういうものだからね』
加護と眷属は違うものなの?
『加護を与えた人間たちと共に過ごす為に眷属にするって感じかな。特に僕はジル君以外に加護を与えていないから専属契約だね。そしてそんな君にプレゼントだ。』
神様は掌に鎌と短剣を足して割ったような刃物をとりだした。
『これはハルパーといって、神をも刈り取る武器なんだ。これを貸し与えるから僕に代わってこの世界を救って欲しいんだよね』
神様から短剣を受け取ると何とも言い難い高揚感に包まれた。
世界を救う?
『そう。君の知識と僕の与えたその力でこの世界を平和にしてほしいんだ』
世界を平和に? そりゃ平和が一番だ。でも俺に世界を救う力なんてないよ。
『大丈夫、君が生きているだけで世界は良い方向に進む。その短剣の使い方は短剣《その子》に聞いてね』
『それじゃ、ジル君の活躍を側から見守っているよ』
すーと真っ暗闇から戻ってくるとやわらかい陽の光がカーテン越しに差し込む。しっかりと瞼を開けるとベッドの上だった。
なんだったんだ、手に残る短剣が先ほどまでのやり取りが幻では無いことを物語っていた。
「……っていう事があったんだ」
「流石はジル坊ちゃん、神の眷属になられていたとは……このミシェル、ジル坊ちゃんにさらなる忠誠を捧げます」
ミシェルは涙目になりながら俺の肩を掴みうんうんとうなずいている。なんか面倒なことになったな。まぁミシェルには言わないと話が進まないから言うんだけどね。
「それでさ、使い方は短剣《この子》に聞けって言われたんだけど、ミシェルは神の眷属とか、こういう神様からの贈り物とかの話を何か知らない?」
「申し訳ありません。残念ながら私にはわかりませんが、神託を受けたジル様がそうおっしゃるのであれば、文字通り問いかければ応えてくれるのではないでしょうか」
「そうだよね、やってみないと分からないよね」
「こういう時は名乗りを上げて聞くのがいいのではないでしょうか」
「やってみるよ」
すーっ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。考えるな、感じろ、この世界ではまだ15歳だ、中二病を患っていてもおかしくない年齢だ。さぁ、解き放て俺の中二心!
「我が名はジル・ラヴル! クロノスの加護を賜りし眷属なり! 我が呼びかけに応えよ!」
…………
沈黙が辺りを支配した。
何も起きないのかよ!
怒りと共に地面に投げ捨てた。
さくっという心地よい音と共に地面に突き刺さった短剣は地面に幾何学模様を描きそこから一人の女の子が現れた。
「ふぅー、ようやく外に出てこれた。アンタが今の所有者ね。」
身長はかなり低い、140センチくらいだろうか、オレンジの髪が眩しいショートカットの美少女が短剣を持って近づいてきた。
「はい、短剣! 次に呼び出したり、力を使うときはもっと丁寧に扱いなよ。女の子に嫌われるわよ」
「一応聞くけど君は?」
「私はアダマス、この短剣が作り出した人型ゴーレムよ!」
「アダマスって呼びづらいな。ハルパー……ハルって名前はどうだ?」
「し、しょうがないわね。もう復讐の道具では無いのだし、貴方から名前を貰うわ!」
頬を染める美少女ゴーレムは照れるのを隠さずにいた。
「話の流れ的にあっちの村に行きたいのよね?」
「確かにそうだけど……」
「それじゃ水路を作りましょ、ついでに船も作って子機に曳かせましょう」
「いっくよぉ! 顕現せよ!」
美少女は腕を振り上げて叫んだ。手をかざしていた方へ光が走り抜けるとそこにはコンクリートで造られたような水路が二本まっすぐに伸びていた。
雄大な自然に突如現れた人工物、違和感が半端ない。
「これが神の力……」
ホラントはどうにか呟きを漏らしていたが、ミシェルは口を開けて驚いている。ミシェルのこんな顔みるのは初めてかもしれないな。
視線をずらすとささやかな膨らみを誇示するように胸をそらした美少女はドヤ顔でこちらを見つめている。
凄いでしょ! 褒めなさい! そんな言葉を体現するとああなるのだろう。
「凄いな! やっぱりハルは凄いや!」
そう、こういう子はほめて伸ばすに限る。
ドヤ顔のまま嬉しそうにするハルは可愛かった。