新たな仲間
盗賊が逃げ去っていった方向からうめき声は聞こえてくる。
盗賊がまだ潜んでいるのかと警戒しながら近づいて行くと商人風の小奇麗な身なりのでっぷりとした男が、全身を縄で縛られ猿轡をはめられている。うん、なんとなくR指定だな。
見つけてしまった手前放置するわけにも行かないので縄をほどき、助けてやった。
「いやぁ助かりました!」
腕やお腹に縄の赤い痕を浮かび上がらせながら立ち上がる小太りの男はホラントという名だった。
ラヴルの商人としてその名前は有名であり、ホラント商会といえば王都にも顔が利くような商人であり、こちらの世界での父が生前世話になっていた。父はラヴルにはホラントがいるから安泰だとまで言っていたのを覚えている。
「あなたほどの方がなぜここに?」
俺は疑問をそのままぶつけてみた。
「私はラヴル領がまだあった頃から貴方の父上であるギース様やラヴル家には大変お世話になりました。恩返しも出来ないままギース様はクーランに討たれてしまいましたが……」
そこで話を区切って悲しそうな顔で俺の方へ視線を向けられた。
「御恩を返すためにギース様のお子であるジル様に仕える為に私はドンレムに向かう途中だったのです。まさかそのジル様に助けていただくとは夢にも思いませんでしたよ。お恥ずかしい限りです」
俺が追放されたのは今日の話だ、この男はそれを事前にしっていて行動にうつしていたのだろうか。
「親子そろって命の恩人です。こんな出会いになってしまいましたが、ジル様のお側で働かせていただけないでしょうか? もちろんギース様から頂いた御恩に報いるためにも必ず役に立って見せます」
でっぷりとしたお腹がたゆんと波打ちながら俺に近づいてくる。
「ホラント殿はギース様がご存命の時から財政を支えてくださっていました。これほど力強い味方はいませんよ」
ミシェルもこう言っているし大丈夫なんだろう。でっぷりとしたお腹にこれ以上迫られないように返事をしてしまおう。
「よろしくホラント! ラヴル領を皆で盛り立てていこう」
ミシェルと俺そして仲間に加わったホラントの3人はネルン湿地帯の集落を目指し歩き始めた。
足元が悪く、何度も泥に足を取られながらミシェルと歩いていく。
「ミシェル、付いてきてくれて本当にありがとう」
「いえ、私は坊ちゃんの世話役ですから坊ちゃんは何も気になさらないでください」
先ほどの冷酷な表情とは一変して好々爺然としている。
「私もおりますからね! お財布はまかせてくださいよ!」
綺麗な服を泥だらけにしながらホラントも笑顔で答えてくれた。案外ガッツのあるおじさんなんだな。
「ホラントも頼りにしている」
返事をしてやると顔をパーッと明るくさせご機嫌になったホラントは一生懸命泥を掻き分けて進んでいった。
ミシェルとホラントとラヴル領をどのように盛り上げていくかを軽く話しながら3人で進んでいった。
沼とも泥とも言えぬぬかるみの中進んでいくと木々を柱にしたツリーハウスの集落がようやく見えてきた。
「ジル坊ちゃん、着きましたな」
体力をごっそり持っていかれた俺はツリーハウスの主柱によりかかり身体を休めた。
皆とともに荷物を仕分けしていると後ろから声を掛けられた。
「ホラント! ミシェル様?! それにジル様ではありませんか! 何年ぶりでしょう」
振り向くとそこには懐かしい顔があった。
「村長さんお久しぶりです。湿地帯の調査以来ですかね」
「いやあ懐かしい、あの時もミシェル殿と一緒でしたな、今回も湿地帯の調査ですか?」
「村長殿。この度、ジル様は空席だったラヴル家の爵位を継いでドンレムを中心としたクーラン北方の領主になられたのです。急な話で申し訳ないですが、今後とも我らラヴル家をよろしくお願いいたします」
ミシェルは挨拶もそこそこに俺の売り込みを始めてしまった。村長も立ち話もなんですのでと宴の席を用意してくれてそこでラヴル家再興の話が転じてクーラン領の愚痴大会が開催されたのだった。
「ですから、湿地帯はこのクーラン領の領民全てが口にする食料を賄うための穀物倉庫なんです! たかが集落と軽々しく見てほしくないんです。幼い頃より類まれなる政治手腕を振るわれるジル様が領主になられると思って希望を抱き日々暮らしていたのにこれはどういうことですか!」
はははと相槌を打つが耳が痛い。
ここネルン湿地帯はもともとラヴルの領地だったが俺の親父が死んで以来クーラン家が管理するクーラン領となっている。そしてクーラン家当主で俺の祖父にあたるピエールはかなり危険な政策を取っている。
ラヴル家の吸収から始まった軍拡主義と略奪戦争で領地を広げてきた。統率された軍とそれを率いる軍神の加護を持つ指揮官をもってさらに領地の拡大を行っている。
他国や近隣の領主を圧倒する軍事力で快進撃を見せているが実際にはクーランはギリギリだ。特に内政がズタボロで目も当てられない悲惨な状況が続いている。そしてそんな状況に耐えられなかった俺が前世の記憶を頼りに領内各地を飛び回って領民の不平不満をそれなりに抑え込んできた。いわゆる知識チートというやつだ米麦の収穫量を増やす農法を指導したり、疫病を防ぐ為の施策をミシェル経由で実施していたのだ。そしてその無茶ぶりをを支えてくれていたのはこのネルン湿地帯の作物達。
この肥沃な大地が生み出す米は高品質かつ異常な収穫量だった。飢えをなくし過剰な拡張路線のこのクーラン領を支え続けたこの土地はまさにクーランの心臓と言っても過言ではない。
「ドンレムが落ち着いたらまた来ます。その時にまたこの地の未来について語りましょう」
「おや、もうこんな時間だ。いやはや、ジル様と共にいると時が経つのが早いですな。明日は朝食も用意させますので、僅かな時間ですがお楽しみください」
用意してもらった部屋で夜を過ごす。遠くの方からまだ宴の声が聞こえてくる。
本当にいい人たちだ。それだけに不安だ、俺が居なくなった後この地を適切に治めてくれるだろうか。前世の記憶知識をある程度共有したルネが内政を任されるのであれば希望を持てるが、あの過激な祖父がルネのような軍神の加護持ちを領内に留まらせる訳がない。
領内の民達の不平不満が溢れていたあの頃にもどってしまうのではないだろうか。クーランの未来に思いを馳せていると不意に視界が暗転した。
『我が祝福を受けし者よ。呼びかけに応えよ』
気付けば闇の中一人でぽつんと立っていた。あれだけ騒がしかった音が消え、先に聞こえた威厳に満ちた声がまた脳に響く。
『呼びかけに応えよ』
「誰?!」