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夕闇の中で

 ネルン湿地帯の村でルネと別れてから1ヶ月の時が経とうとしていた。


 そして俺は一心不乱に田を耕していた。


 じっとしているとルネの言葉が頭の中で何度も何度も繰り返される。


『私には私が背負うべき命が責があるのです』


 本来俺が背負うべきだった運命。


 ジルだったらこの業を背負ってなお、大陸中を戦禍に巻き込みながら乗り越えられただろう。


 けれど俺は望んでしまった。


 大勢の命が失われる前に、罪なき民の血が流れる前にこの大陸を統一しようと。


 逆賊の英雄、ピエール・ド・クーランこそが、諸悪の根源だと……


 けれど違った。


 それだけでは足りなかった。


 ルネはもともとオルフェウス(ゲーム)の主人公のような公明正大な奴だった。


 しかし、クーラン領の歪なまでの軍拡主義と内政への無関心原因で約1年の時間を掛けて彼は蝕まれていった。


 言い訳かもしれないが、俺のやったことは間違いではない。


 食料が無くなり餓死する可能性が高かった農民を事前に安全な場所へ移しただけ。ただそれだけだ。


 その行動が、クーランに残された者たちをより貧しく、より弱い立場に追い込むなんて思ってもみなかった。


「ジル坊ちゃん。もうそれくらいで良いのではないですか?」


 ミシェルが俺のところまで来て屋敷に戻る様に促してくる。


 既に日没前、沈みゆく夕日がドンレムの街を血のように赤く染め上げている。


 しかしまだ日は沈んではいない。


 俺がハルの力を借りて作り出した備中鍬が地面に突き刺さる。


 田を深く掘り起こし、稲が深く根を張れるようにと、一振り一振り丁寧に深く振り下ろした。


「ジル坊ちゃん……」


 ミシェルは俺の代わりにドンレムの内政についてハーフエルフのザックスと共に精力的に取り組んでくれていた。


 農具も何世代も未来の新しいものを作り出し、農民へ配りひたすらに食料の蓄えを作り出す。


 ここでこれだけ食料が取れても、敵国であるクーランでは餓死するものを防げはしない。


 あれから1ヶ月、自分の行いが正しかったのか、どうすれば良かったのか考えた。


 それでも答えは見つからない。


 これから4年後起こる未来は見えるのに、今はまったく役に立たない。


 仮説でしかないが、ここでどれだけ過去を歪めても、未来の大筋は変わらないのではないか。ルネとの会話でそんな事を思ってしまった。


 クーランとの戦いは必ず起きる。


 オルフェウス大陸全土を巻き込んだ大規模な戦争は必ず起きるのだ。


 そう仮説を立ててなお俺は悪あがきをするように戦争を回避する為にどうすればいいのか、シュミレーションしていた。


 未来は知っていても、やり直しは聞かないんだ。一手でも間違えば皆が死ぬ。内政をしている時は楽しかった。自分の力で皆が働きやすくなり、農作物の生産量が上がり、病気の者が減少した。


 戦う事から逃げ続けていた俺が、これから起きる戦争に向けて戦う事も選択肢に入れたとたん足がすくんでしまった。


「ジル坊ちゃん、私は先に戻りますが、動けなくなってしまう前にお戻りになってください」


 鍬を振り下ろしたまま動かなくなった俺を見てミシェルは俺を一人にすることを選んだようだ。


 夕日が地平に沈み薄暗くなる中、俺もまた、まとまらない思考の渦に沈み込んでいった。


 どれくら経っただろうか。気付けは鍬にもたれ掛かりしゃがみこんでいた。


「まずいな。これじゃダメだ」


 しゃがんだまま独り言を呟いた。


「そうだね。マズい。まず過ぎるヨ!」


 返事が帰ってくるとは思わなかったので驚いて飛び跳ねてしまった。


「あははっ、ジルでもそんなに驚くことがあるんだね」


 声の方へ振り返るとハルがおにぎりを持って近くにちょこんと座っていた。


「塩おにぎり食べる?」


 何とか暴れる心臓を落ち着かせ、ハルからおにぎりを貰う。


 塩をまぶしただけの塩おにぎりだが、疲れた身体に塩味が染みる。


 全身土塗れで畑の中で食べている事に気付き、弱小とは言え領主がこんな感じじゃ恰好が着かないと思えてきた。


「やっぱり、考え纏まらない?」


 優しい口調でハルが俺に問いかける。


「そうだな、正直何が正しくて、何が間違いなのか分からないな。これまで俺がやってきた事が

 全部間違っていたとは思わないけど、もっと上手く出来たんじゃないか。もっとたくさんの人を救えたんじゃないか、とは思うな」


 気付くと俺はルネと会ってからずっと考えていたことをハルに話していた。


「ジルは頑張ってる……ううん、ジルは頑張りすぎてるよ。それに……一人で抱え込み過ぎ」


 ハルは少し考えた後、言葉を探すように、俺を傷つけないようにと、話してくれている気がした。


「そうだな、それは思う……けど、どうしたらいいのか……」


「仕事のことはミシェルさんとか、ザックスさんとかに頼ってるのに……どうして相談しないの? みんなジルの事が好きで……」


 ボンと音がなったかと思うほどに顔を真っ赤にさせたハルがいた。ちょっと煙が出ている気もする。真面目な雰囲気が一気に緩やかな空気になった。


「好きで? どうしたんだ?」


 俺は急に空気が変わって戸惑ったが、可愛いハルをいじめたくなったので、ちょっといじわるを言ってみた。


「もう! 意地悪しないの! みんな心配してるんだからそろそろみんなと話をしよう! ジルが居ないからいろんな事が止まっちゃってるんだからね!」


「そんなことないはずだよ、俺がいなくてもミシェルとザックスが回してくれてるじゃないか」


「それはジルが頼んだ仕事だけでしょ? お米も小麦もたくさん収穫したけどそろそろ倉庫がいっぱいだよ? このあと色々作るんでしょ? それに農家の人たちも領主様に感謝の気持ちを伝えたいって言ってるのに、ジルが魂抜けたままだったから、農家の人たちは首を長くして待ってるんだからね。それにね……」


 ハルはまだ赤い頬をそのままに、ミシェルやザックス、カトリーナが内政を頑張っていること、ホラントとその部下が交易出来そうな品をリストアップして試験運用していることを、助けた農民や難民が毎日希望を持って暮らしていることを延々と聞かされつづけた。


「ありがとう」


 俺が感謝の言葉を伝えると、ハルはようやく落ち着いてきた頬の色をもう一度真っ赤にして、気付かれないようにとそっぽを向いてしまった。


「ハルが話を聞いてくれてなんだかすっきりしたよ。ありがとうね」


「いいの! 大丈夫! 大丈夫なんだから、これからは悩む事があったら私たちにもちゃんと話をしてね」


 塩おにぎりを食べ終わり、ハルと二人で家屋の光が零れる住宅街へと歩き出した。


「泥だらけだし、お風呂ちゃんと入らないとダメだからね!」


「そうだな、それじゃ今日は皆で入ろうかな」


 俺がハルを揶揄うと、予想外の答えが返ってきた。


「うん……ジル、疲れてると思うし……もうお風呂用意してきたから……一緒に、はいろ?」


 冗談で言ったつもりがなぜ?! そんな俺の驚きは置いてきぼりにされたまま、ハルに手を引かれて俺は自分の家に戻ったのだった。


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