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ジャドの叫びとネルのつぶやき -クーラン領にて-

クーラン領にて


クーラン家筆頭執事のジャドの所にまたもや頭の痛くなる報告書が届いた。といっても半年以上前から書類に日々追われる生活をしている為、頭痛もそれが当たり前となっていたのだが。


今回届いた報告書は各貴族家の治める土地の民が次々と失踪している件だ。税が減少し、今まで通りの量を治めるのが難しいので勘弁してくださいというなんとも情けない書状が山のように届いている。


これまでも、クーラン領では飢饉で大幅に人口が減ったことなどは何度もあった。


しかし、飢える民からなんとか税を取り立てて領の安定を優先してきた。それに農民がいくら減ろうともあいつらはネズミのように増えるのだから、食料がなく飢えで死のうが、天災で死のうが領主と領を動かす為の我ら役人さえ生き残れば数年で元通り。それまでの税収まで戻り平和な生活が戻るのだ。


今回も慌てることはないと思い何度も放置してきた報告書類だった。


それが今、税収という形で明確に危機が襲い掛かってきている事が分かったのだ。何が大変なのか、それは今は飢饉も災害も病害も何も起きていないのに民だけ減っているという状況なのだ。


原因不明の人口減少はここ半年で顕著になり、税を例年通り取る事を各貴族家に通達した頃にはこの事態の重大さが領主である逆賊の英雄ピエールに隠しきれないほどの大きなものになっていたのだった。


今年の税は貴族家の備蓄を放出させる事で何とかなったが、貴族家や役人の中では来年はどうにもならないと予測を立てる者達ばかりだった。


「どうしてこうなった……どうして……」


またもこちらに駆け込むであろう足音が聞こえてきた。


「報告します!」


「もうよい! 税収の件であろう? この領は終わりだ!」


もうどうすることもできない。そんな諦めの表情のままジャドは投げやりに叫んだ。


「ジャド様! 失礼ながら申し上げます。 この人口減少の原因が判明いたしました」


人口減少の理由だと? なぜ今更になって分かったのだ。もう各貴族家から嘆願書が届き始めて6か月は経つのだぞ?!


「ネルン湿地帯に大規模な集落が出来ており、各村から出ていった者達がそこで共同生活をしている模様です。現在、難民に紛れ込み密偵を潜入させております」


「それは本当か?! 詳細は!」


ジャドの暗く沈んだ表情が報告一つで救われたような表情へと急変した。


ネルン湿地帯はクーラン家直轄の開拓地であり、一律の税を治めることでそれ以上の税を絞り取ることはしていなかった。とはいえ開拓には命がけの場面も大きい、住居はいびつなあばら屋が基本だし、衛生面も良くない。そんな場所に大量に人が集まっても上手くいくはずがないのだ。


それがどうだ。建物は見たことのない建築様式で上下水道もしっかり作られている。これだけでも驚きなのだが、さらにここには教育施設があった。簡単な計算と文字、そして建築や農業などの職業訓練が行われているというではないか。



ジャドは、にわかには信じられないがと言った様子で報告を聞いている。そしてひらめいた。そこまで人がいるのであれば新たに村として認めこちらの役人を送り込み、税を取り立てる事ができると。


ジャドはすぐに行動に移った。信頼のおける部下を送り込み、その場で備蓄を根こそぎ持っていく。荷馬車を10台と役人、そして久しく戦に出ていなかったルネ様を神輿として騎士団も連れて行く事となった。




僕は、書類が山積みになっていた自分の執務室から1ヶ月ぶりに離れることが出来た。


しかし、ラフな執務服からフルプレートの鎧を着こみ、帯剣して騎乗するとは思わなかった。前後も同じように完全武装の騎士達が隊列をなして行軍していく。


久々に外に出れると思ったら湿地帯の調査。5年前と3年前にジル兄さんが調査に行た場所の再調査だ。


「ネルン湿地帯に難民が共同生活を送る村ができているんだって。どうして領内の農民が北の僻地ネルンにあつまったのかな? どう思うジャンヌ。」


僕は隣の馬に乗っている少女へと声をかけた。


「知りませんよ! それよりルネさん、今回は移動距離が短いんですから以前のように食料バラまかないでくださいよ。もう私責任取れませんからね」


ライル騎士団長と同じ艶やかな金髪を二つに結び、そのスレンダーな肢体を強調するような美しい革製の軽鎧を纏う少女は僕の質問には答えずにこれから僕がやろうとしている事を予言して見せた。


「何のことだい? 僕はこまめに休憩を取っていただけだよ」


苦いものでも嚙み締めたような顔をしたかと思うとジャンヌは僕の横から離れて補給部隊に指示を出しに行ってくれた。


彼女は本当に気が利く素晴らしい部隊長だ。ライル騎士団長の娘でなかったとしても騎士団に入っていたら同じく部隊長までは確実に昇進していただろう。


休息の段取りが終わったのか彼女が僕の隣に戻ってきた。


「ルネさんには申し訳ないっすけど必要最低限にさせてもらいましたよ」


「ありがとう。助かるよ」


ぶっきらぼうに報告するジャンヌに僕は労いの言葉をかける。


少し恥ずかしそうにするジャンヌの頬は少し赤くなっている。可愛い。


本来は立ち寄る必要のない村だが、休憩をかねて食事でも振舞えればと考えていたのだが村に入るとそこには誰もいなかった。


「この村の住民もネルンに向かったのか? これが近隣の村々で起きていたらそれこそ統治する貴族家の税収はほとんどないだろうな」


僕は農民の大規模な反乱が起きた可能性を考えつつも、それ以外の可能性、もしかしたらと嫌な予感が脳裏に浮かびすぐに頭を振ってその可能性を頭の中から追い出した。


「ルネさん、これってまさかとは思いますけど……」


村の中を一回りしたジャンヌが戻ってきて早々にある可能性を口にした。


僕は溜息をついてネルン湿地帯がある方向へと目を向けた。そしてその向こうにいるはずの僕の兄の顔を思い浮かべた。


「あぁ、きっと兄さんだ……」


ジャンヌも気付いたのだから、間違いないだろう。


ここ半年、クーラン領から大量の人間が行方不明になっている件は詳しく調べれば約一年前兄さんがいなくなった時から異変が起きている事だろう。


凄い兄だなと思う反面、もう少し目立たないように出来なかったのかと思ってしまうのだった。


「兄さん、やりすぎだよ……」


「兄弟そろってやることが派手なんすよ! お二人は!」


僕の呟きはジャンヌの罵声にかき消され、ネルン湿地帯に着くまでの間はジャンヌが僕と兄さんがやらかしてきた事を言いたい放題言ってきた。


ネルン湿地帯の手間の森を抜けると僕たちは自らの目を疑った。


クーランの領都にも負けないくらいの人の賑わいが突如現れたのだ。


領都のように華やかさこそないものの、村びとは皆笑顔で子供達も楽しそうにそこらを走り回っている。


「僕は夢でもみているのだろうか」


何処の村を回っても農民は頬骨を浮かび上がらせ常に飢えていた。それがどうだろう。ここの人々は飢えとは無縁のどこか別の国か何かだと思ってしまいそうだ


「夢じゃないっすよ。アタシにも見えてますから。総員ここでの野営の準備をはじめろ! 私はルネ様と共にネルンの代表者を訪ねてくる。かかれ!」


唖然とし続ける僕をよそにジャンヌは皆に必要な指示をだしてくれていた。本当に優秀な

騎士だ。


「それじゃ、お兄さんに会いにいきましょうか。ルネさんいきましょう!」


騎乗したままジャンヌはネルンの集落へ進む。


そこでようやく自分が立ち止まっている事に気付きジャンヌの後を追いかけたのだった。

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