華吐きと片恋
いつからだっただろう。
彼女を見つめる瞳に熱が宿りはじめたのは。
いつからだっただろう。
僕のまわりに華が散らばるようになったのは。
その全てが、思い出せるほど最近のことではないは
ずなのに、それでいて昨日のように覚えている。
鮮明に焼き付く赤い薔薇。
消えることは無い。
彼女の姿と共にまぶたの裏に張り付いて、消えてくれない。
片想いは楽しいなんてよくいう。
恋は美しいなんて物語の中だけに過ぎない。恋は残酷だ。
片想いなんて、滑稽だ。
馬鹿みたいに頭が働かなくなる。
使い物にならなくなる。使い方を忘れてしまう。
恋が成就するのはひと握りの限られた人間だけ。僕
は、その中にははいれない。恋を美しいものとして
認識することが出来ない。
僕が愛した女性は、僕を愛しはしなかった。
いつからだっただろう。
彼女が見つめる先に、あいつがいるようになったの
は。
いつからだっただろう。
彼女の瞳に僕と同じ色が宿ったのは。
僕が気づかないはずもなかった。
彼女は僕ではない、ほかの男を愛してしまった。
たしか、その時だったと思う。はらりと、花びらが
僕の足元に落ちたのは。
日に日に増えていく花びら。
僕の周りには、たくさんの薔薇が舞った。
あるとき、彼女はあの男の隣を歩いていた。
僕が願っても叶わなかった場所に。男は願われ立っ
ていた。彼女は男に笑いかけていた。
憎いと、思ってしまった。
僕の方がずっと前から彼女を愛していたのに。
伝えなかった自分が憎いのか、男が憎いのか、わからなくなった。
口からは、華が溢れていた。
この華が彼女への思いをものがたっていた。
つたえたい。と、切実にそう思った。叶うことは無いのに、この思いを彼女につたえたいと思った。
彼女にはすでに愛を手向ける相手がいるというの に。
けれど、気づいたら探していた。彼女が何処にいるのかを。
そして、みつけた瞬間に叫んでいた。
自分の想いをすべて。洗いざらい話していた。
だから、恋は醜いのだ。なりふり構ってなどいられなくなるから。
彼女の答えは僕の想像していた通りだった。
わかっていたけれど、辛かった。
あれから、どれくらいたっただろう。
僕の奇病は治らない。
あれから、華は増え続けるばかりだった。
忌々しい薔薇は増え続ける。愛しい薔薇は増え続ける。
息が詰まる。
この奇病、最後には華が喉につまり死に至るらしい。
大好きなあの子を想いながら死ぬ。
だから、恋など滑稽なのだ。自分の心で自分の首を
閉めてしまうから。
けれど、意識がうすれる中、思い出した。
彼女に恋をして、世界が色づいたこと。
彼女に出会って、世界が美しくなったこと。
ああ、ほんとに僕は彼女が好きなのだろう。
だって、死ぬ間際でさえ、彼女は僕を変えてしま
う。
恋だって悪くないのかもしれない、と。
ほんの少しだけ、そう思った。