洋菓子店 Pumpkin lake 最終話
ここは、町外れにある洋菓子店「Pumpkin lake」
もう随分前からそこにあるお店は、朝から晩までぼんやりとした暖かい灯りが窓から漏れています。
風の噂によると、店主はまだ若い青年で、来店できるのは一日に一組と言うのです。栗毛色した扉にある貼り紙には
「来店時間はお客様の都合の良い時間に。お代は戴きませんが、その代わりに貴方の大切な思いを聞かせてください。」と書いてあります。
その言葉を疑って来店をしない人達もいますが、今夜もまた誰かが、お店の扉を開きました。
いらっしゃいませ、こんばんは。メリークリスマス。
やぁ、こんばんは、メリークリスマス。ここはいいお店だね。
今夜のお客様はサンタの格好をしたおじいさんでした。絵本に出てくる様なふっくらとした体と長い真っ白な髭、真っ赤な衣装はとても暖かそうで窓外には大きなトナカイが引くそりまでありました。この時期になるとこう言う方はよくいらっしゃるので、店主は特に驚く事もなく笑顔で挨拶しました。
サンタは店内を見渡し、最後にショーケース内のケーキを一つずつ見てふんふんと鼻を鳴らしながら吟味するとメロンをふんだんに使ったケーキを指差して注文しました。
これにしようかな。お代もちゃんと持って来たよ。
いえ、お代は……
入り口の扉にもある通り、このお店でのお代は誰かに対する特別な想い、なのです。
お代を断る店主を見て、サンタは一度外に出るとそりに備え付けていた大きな白い布袋からクリスマスカラーで綺麗に包装された大きな箱を持ってきて店主に差し出しました。
所謂、物々交換なのかと店主は納得していましたがサンタがにこやかに喋りだしました。
今年ようやく、わたしのプレゼントリストに君の名前が載ったものでね。こうしてサンタがやってきた訳だよ。
え…?いや、でも…
わたしを疑っているかい?
違います。サンタさんは、人間の子供へプレゼントを届けに行くのでしょう。私は…子供でもありませんし、人間でも…ありませんから。
いつも笑顔を絶やさない店主がこの時ばかりは眉尻を下げて困った顔をしていました。
それから、話を続けます。
私はアンドロイドなのです。だから、サンタさんが来るはずがない。
目の前に差し出されたきらびやかで大きな箱を睨むように、店主はそれっきり口を閉ざしてしまいました。
そんな店主をサンタは眺めていましたが、ショーケースの上に箱を置くとゆっくりとした口調で話し掛けます。
君はここ数年間、いや、何十年も前から色んな人間と関わってきたね。人間だけではなくて、時には天気や動物とも…。その中で君は、人間達が持つ、色んな想いを手にとって見てきた筈だよ。昨日はお姫様にキスをされて、どうなった?アンドロイドが顔を赤らめるかい?ドキドキしたはずだよ、それは人間が持つ、感情なんだ。違うかい?
店主はサンタの話を聞くと、今まで出会った人達のことを思い出して泣いてしまいました。
初めて自分が作ったケーキを食べてくれたのは若かりし頃のあの老夫婦であったこと、その人達が今度はこのお店に来てくれたこと。そのお孫さんもまた老夫婦に恩返しが来たくてやってきてくれたこと。入学式の度にケーキを買いに来てくれていた家庭の子供が夢を叶えたこと…皆が気付かないだけで、ずっと前から見守っていたこと。
アンドロイドは泣くのかい?
サンタは優しい口調のまま、店主を見つめて問い掛けました。
店主は顔を上げると、姿見に映る自分の姿を見て信じられないけれど信じたくなりました。
泣きじゃくった顔は赤くなり、涙も決してオイルなんかではない。指先も心無しか温かく、唇もいつもよりふっくらしている様な…。
長いこと掛かったようだけど、君も少しずつ人間になっていった。だからようやく、いい子リストに君の名前が載ったんだよ。おめでとう、メリークリスマス。
……ありがとう。サンタさん。
店主がサンタに見せた笑顔はとても可愛らしく、サンタから初めてプレゼントを貰う世界中の子供たちと同じ顔をしていました。
それから店主は慌てて、サンタが注文したケーキを箱に詰めると貰ったプレゼントと交換。
店の前から空に飛んでいくサンタは次の目的地までゆっくりとケーキを楽しみます。…今年のプレゼントに、生クリームがついていても怒らないであげてくださいね。