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猫沢黒の朝は早い。
特に月曜日朝早く家から出発する両親を見送りがある。
「じゃあ、行ってくるわね。また戻るのは週末になるけど、白と墨のことよろしくね」
心配そうな母と、
「いつも家のこと任せちゃって悪いな。また週末にはおいしいものでも食べに行こう」
ばつのわるそうに苦笑いする父。
毎週月曜の朝の風景だ。
職場が家から遠いため、両親は週末や祝日ぐらいしか家に戻ってこれない。
その間、妹と弟の面倒や家事は俺が担当している。俺は何とも思わないのだが、両親はいつも出発の際に心配と申し訳なさそうな顔で俺を見る。
「心配しなくて大丈夫だよ。さ、早く行かないと遅刻しちゃうよ」
そうだね、と言いながらドアを開く母。
「あ」
「うん?どうかしたの?」
「まだ、暗いから運転気を付けて」
朝のこの時間はまだまだ暗い。職場までは時間もかかる。
「父さんがいつも安全運転してるの知ってるだろう?でも気を付ける。ありがとう」
なでなで。
「ええ、交通安全のお守りもばっちりよ。ふふっ」
なでなで。
そう言って高校生の息子の頭をなでた後、両親は家を出た。
見送りの後はシャワー・鞄の中身の確認など学校に行く準備を進める。
それが終わったら、今度は朝ごはんの準備だ。今日はご飯にしようかな。
ご飯の準備をしているとかわいい兄妹猫たちが匂いにつられて起きてくる。
「わー今日もいい匂いーお兄ちゃんおはようー」
「兄ちゃんおはようー父さんと母さんは行ったー?」
目を擦りながらご飯が準備されているテーブルに座る二人。
女の子の方がー猫沢白で男の子の方がー猫沢墨。俺より3つ下の、双子のとてもかわいい俺の弟妹だ。
「じゃあ、俺は隣行ってくるから、先にご飯食べて準備してて遅くなりそうなら先に行ってもいいからー」
「はーい。アリスさんによろしくね」
「いってらっしゃーい」
二人がご飯を食べ始めるのを確認してから両手に自分の鞄とお弁当、そして今準備した朝のおかずを持って家を出る。
目的地はすぐ隣だった。隣、とは言葉通りにお隣さんのことで、そこには子供の頃から知り合いの女の子ーー芳乃アリスとその家族が住んでいる。女の子はいわば幼馴染だ。
だがそいつがまた困った奴で、朝まともに起きてこないし起きられなかった場合そのまま学校に行かなかったりする。そのせいで俺より1つ上のそいつは去年出席日数が足りなくて留年になった。
なんとかせねばと思いあいつと同じ学校に進学しこうやって毎朝起こしに行っている。
ピンポーン
「今日もか」
ガチャッ
俺は慣れた様子でお隣さんの家のドアのパスワードを入れロックを解錠し中へ入る。
「失礼しまーすって、おばさんまたソファーで寝てる…」
リビングのソファーにはおばさんーーアリスの母親が眠っていたい。
おばさん曰く、ここがいいだそうだ。
起こしたところで、気にしないでと言われるのでそのままスルーして2階へ上がる。
ちなみにおじさんはこの時間だと既に出勤している。
おじさんもおばさんも娘が出席日数が足りず留年したことを知っても特に何も言ってこなかったらしい。
これは、特に娘を放置しているとかそういうのではなく、ただこの芳乃家の事情で普通の学校というのをあまり重要と思われていないだけかも知れない:
2階へ上がればすぐ目の前に「芳野アリス」と書かれたプレートが目に入る。そのドアをトントン、軽くノックの後少し待ってからドアを開ける。今日もドアにはロックがかかってない。なぜ毎朝俺が来るって分かってるはずなのにいつも開けっぱなしなんだ。
ドアを開けて、入らず外から中を覗く。
そこには、マントと帽子を被り周りに淡く光ってる丸い何かを浮かばせてるアリスが立っていた。
そう、いかにも物語に出そうな魔女の姿で。
芳乃家の事情、それは俺の幼馴染みが、そしてその家族が魔法使いであることである。