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05 冬十郎

冬十郎視点です


「あの、冬十郎様」


 廃工場で保護した少女がじっと私を見上げている。

 その黒い瞳を見返すと、なんだか不思議な感覚がした。

 不快なわけではないが、少し眩暈がするような感覚だ。

 特別に美形というわけではないが、存在感のある子だった。なぜかとても目を引かれる。たとえ雑踏の中にいたとしても、きっとすぐに見つけられる。うまく言えないが、少女の周りだけうっすら光っているかのような、まるで『私を見て、私をかまって』と周囲に対して信号を発しているような……。


 やはり、この子は普通の子ではない。

 廃工場での一件といい、人の精神に干渉するような、何かしらの力を持っているようだ。


―いわゆる異形。

―人の理から外れたもの。 

―人であって、人ならざる何者か。


 ふっと笑いが漏れる。

 だから何だというのか。

 そもそも私自身が化生の者だ。


「あの……」


 少女は怪我した右手を左手でぎゅっと握っている。

 手足の細い華奢な体付き。

 子供の年はよく分からないが、十代前半くらいだろうか。

 肩までの茶色がかった髪は乱れていて、肌が蒼白というほど白い。

 寒いのか、まだ恐怖が残っているのか、ずっと小さく震えている。

 抱き寄せて背中をさすってやりたい気もするが、あんな目にあったのだから男が怖いかもしれない。

 私はできるだけ優しく笑って見せる。


「どうした」

「汚してしまって、ごめんなさい……」


 少女の見ているのは私の背広とコートだ。

 血の染みが少しついている。


「気にせずともよい。私の意志で君を保護したのだから」

「でも……」

「謝るのではなく、礼を言ってくれた方が私は嬉しい」


 笑みを深めてみせると、つられたように少女も微笑んだ。


「助けてくれて、ありがとうございました」

「うむ。君の本当の両親は必ず探し出す。安心しなさい」

「……はい」


 少女は一転、困ったような曖昧な笑みを浮かべ、目をそらした。

 両親の記憶さえ無いのだから、不安でいっぱいなのだろう。

 その頭を撫でてあげようと手を伸ばして、はっと思いとどまる。

 怖がらせてはいけない。

 行き場のなくなった手を握り込み、私は何となく腕を組んだ。





 私達の住むマンションは都内にある。11階建てで、住民は身内のみ。空いている部屋も多い。

 加賀見『冬七郎』が企業し、今は孫の『冬十郎』が引き継いだということになっているリフォーム会社と、清掃会社と、葬儀会社の合同社員寮だ。表向きは。


「おかえりなさいませ、ご当代様」


 この建物全般の管理人をしている七瀬が、出迎えのためにマンション前に立っていた。

 車まで走り寄ってきて、後部座席のドアを開ける。

 葬儀には来なかったが、ネクタイは黒だ。


「ほかの者は?」

「急に依頼がありまして」

「依頼? 私も行こうか」

「いえ、何も無かったことにするだけの単純な仕事ですから」

「鬼童関係か」


 葬儀場で会った恭介は何も言っていなかったが……?


「いえ。鬼童経由での依頼ですが、依頼主も死体も人間です」

「そうか」

「はい……」


 眩しそうに目を細め、七瀬は私の顔を見た。


「やはりその若いお姿の方が良いですね」

「ああ、だいぶ楽だ」

「はい」


 うなずく七瀬の髪が揺れる。

 七瀬はいつでも肩に届かない位置で髪を切りそろえている。

 髭や爪と同じように、髪も毎日きっちりと手入れをしているのだろう。

 髪は伸ばして結んでしまった方が、ごまかしがきいて楽なのだが。


 私が先に降りると、後ろから少女も続いた。

 寒そうにコートの前を掻き合わせるが、裾を引きずっていることに気付いていない。

 まるで幼子のようで、少し笑ってしまう。

 少女が七瀬を見て、小さく「さんごう?」と呟いた。


「何か言ったか?」

「いえ、あの、みんな似ているなって、思ったので」

「ああ……」


 みんなとは、私と三輪山と七瀬のことだろう。


「親戚のようなものだからな」


 皆、同じ血を引いている。

 我らは昔から、『蛇の一族』と呼ばれている。

 嘘か誠か証明のしようもない話だが、鬼灯ほおずきの目を持つ白蛇の化身が始祖であるとか。

 鬼灯の目と表現されるのは赤っぽい色の瞳をしていたからだろうし、白蛇の化身と呼ばれたのは多分、肌や髪が白かったためだろう。先天性色素欠乏症、つまりアルビノだったと考えられる。言い伝えから分かるのは、祖先にアルビノの人物がいて、周囲の人間から『白蛇の化身』と崇められていたということだけだ。それでなぜ、我々が老いない体を持っているのかは、まったく説明がつかないのだが……。





 私達二人を降ろすと、三輪山は駐車場へと車を発進させた。

 七瀬とともに正面玄関に入る。

 広いロビーになっていて、いくつかのソファセットが置いてある。

 そこに、中年の女が待っていた。

 一族にはもう五十年以上子供が生まれていない。子供に慣れている者が社員にいなかったため、仕方なく人間に頼んだのだろう。


「以前、加賀見リフォームで事務員をしてくれていた佐藤さんです。保育士の資格を持っているので、急遽お願いしたんです」


 七瀬の紹介に佐藤がぺこりと頭を下げる。

 私が冬九朗だった頃の社員らしい。

 見覚えはあるが、冬十郎とは初対面ということになる。


「佐藤と申します。この度はお悔やみ申し上げます。お父様には生前、大変お世話になりました」

「ああ、そうか。父の生前には世話になった。まぁ、よろしく頼む」


 短く言って、少女を前に出す。


「何か温かいものでも食べさせてやってくれ」

「この子、ですか?」


 佐藤が驚いたように少女を見る。


「どうした」

「いいえ、子供というからてっきりもっと小っちゃい子かと思って……あなた、何歳? 多分中学生ぐらいよね?」


 問われて、少女は私を振り返った。

 自分が何歳かも覚えていないのだろう。


「どうやら記憶が曖昧なようでな。直に医者が来るから、彼女に任せるように」

「ええ? まぁ記憶が? 大変だったわねぇ」


 佐藤が馴れ馴れしく少女の肩を抱く。


「では、102号室へどうぞ」


 七瀬が先導して歩き出す。

 佐藤がその後ろに続こうとするが、少女が歩き出そうとしないのに気付いて、その顔を覗き込む。


「どうしたの? お部屋はあったかいわよ。早く行きましょう」

「冬十郎様は、一緒じゃないんですか?」

「ああ、私の自室は最上階だ。君のような少女を、男である私の部屋に連れ込むわけにもいくまい」


 少女は視線を揺らし、かすれた声を出した。


「冬十郎様は、私の親じゃないから……ですか?」

「ああ、そうだ」

「そう、ですか……」


 少女は沈んだ声で呟き、下を向いて歩き出した。

 佐藤が近づき、当たり前のようにその手を握る。


「あら、まぁ、冷たい手! 体も冷え切っちゃって! それにあなた、靴も履いてないじゃない!」


 と、佐藤が少女の肩を抱いてさする。


「ホットミルクでも飲む? それともココアがいいかしら? 大丈夫、おばちゃん怖くないわよ。ねえ、お名前教えてくれる? ああ、そうね、覚えていないんだっけ?」


 賑やか、というより少々うるさい女性だが、七瀬が手配したなら身元は確かなはずだ。

 少女は困惑したように私を見てくるが、慣れてもらうしかない。


「また後で、様子を見に来る」

「わかりました。さ、行きましょう」


 佐藤が少女の背を押す。

 私は息を吐きつつ、エレベーターホールへ向かった。

 最上階直通エレベーターのボタンを押し、ふと振り返って、ドキリとした。

 少女がまだこちらを見ていた。


「行きなさい」


 安心させるように、笑ってうなずいて見せる。

 少女は私を見つめたまま何も言わない。

 佐藤が駆け寄ってくるのが見える。

 エレベーターの扉が開き、私は少女を気にしながらも、乗り込んだ。

 扉が閉まる瞬間、佐藤の声が聞こえた。


「こっちにおいで、しょうこちゃん」




読んでくださってありがとうございます。

マンションは都内のどこにあるとか、この物語は西暦何年を舞台にしているのかとか、いろいろなことを曖昧なままにしてあります。ぼろが出ないように(笑)

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