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03 親ではない何か

少女視点です。

やっと出会います。

 私が最初にさらわれたのは、赤ちゃんの頃だったんじゃないだろうか。

 なぜなら、今の私には、本当の親の記憶がただのひとつも無いからだ。

 物心ついた時にはもう転々として生きていて、親というものは定期的にどんどん入れ替わっていくものだと思っていた。


 例えば、公園の砂場で遊んでいると、急に強く手を引かれて車に乗せられたりする。それは、さっきまで一緒に遊んでいた女の人ではなく、見知らぬ男の人だったりするのだ。


 そしてまた、浴衣を着せられ、お祭りに連れていかれたりすれば、その時の『親』とは確実にお別れが待っていた。宵闇の人混みというものは、連れ去りには絶好の好機だからだ。


 通りすがりに目が合っただけで、いろんな大人が私の『親』になりたがった。次から次へとさらわれ続けて、私の保護者はめまぐるしく替わっていき、かりそめにつけられた名前はもう覚えきれないほどだ。


 だから、私に、本当の親はいない。本当の名前もない。

 着せ替え人形のように、次々と違う『親』に愛玩される。

 素直にしていれば、住む場所と服とご飯がもらえる。

 それが私にとっての普通であり、私にとっての日常だった。

 その日常が当たり前で、それが良いとも悪いとも思わない。

 この生活がずっと続くことにも、何の不満もなかったのに………。


「脱げよ、サキ」


 今、私の日常世界が、ガラガラと崩れ去っていこうとしていた。

 ついさっき私をさらったこの男が、『親ではない何か』になりたがっているからだ。


 ビリッと嫌な音を立て、胸元のリボンが裂けた。


「なんだこの服、めんどくせぇな」


 キンパツ男が悪態をつく。

 コブトリがくれたドレスは、背中に隠すように小さなボタンが連なっている。知っている人でなければ、着替えさせるのは難しい。


「脱げっつってんだよ、サキ」


 鼻の穴をふくらませて、ギラギラした目をして、キンパツが唇をゆがめている。

 なんだろう、この状況。

 今までの『親』とぜんぜん違う。

 『親』とは新しい服を与えてくれるもので、脱げなどと乱暴に言うものじゃない。


 どうしていいのか分からない。


 キンパツは私に靴も履かせず、荷物のように車の後部座席に放り込んで、あの家を離れた。

 いつもなら、私をさらった新しい『親』は、私に新しい名前を付けて、新しい服を与え、新しい住処をくれるものなのに。

 キンパツに連れてこられたのは、家ですらなかった。寒くて、汚い、古びた廃工場のような場所だ。


「ほら、さっさと脱げよ!」


 キンパツはドレスの襟元をつかみ、またビリリッと裂いた。

 私はつかまれている手から逃げようと身をよじり、反動で尻餅をついた。


「いたっ」


 何かの破片が手のひらに刺さる。私は驚いて、血の流れる自分の右手を見下ろした。

 キンパツは私がケガをしたことを気にした様子もなく、楽しそうにのしかかってくる。


「ああもう、着たままでもいっか」


 と、片手でスカートをまくりあげようとしてくる。


「や……」


 ぞわり、と悪寒が走った。

 キンパツの手がスカートの中で下着をまさぐってくる。


「やだ……や……」


 ぞわぞわと寒気がする。

 汚い。

 気持ち悪い。

 汚らわしい。

 吐き気がする。

 こんなのは違う。

 こんなのは『親』じゃない。

 こいつは『親』じゃない!


「いや!」


 叫ぶと、空気がピリッと震えた気がした。


「触らないで!」


 キンパツが息をのんだように固まった。

 私はその下から這うようにして逃れる。


「サ、キ……お前……」


 キンパツがすごい形相でこちらに手を伸ばしてくる。


「いや! 来ないで!」


 悲鳴のように叫ぶ。

 何かに押し戻されるように、キンパツが一歩、後ろに下がった。


「は、離れて! 近づかないで!」


 また、一歩、キンパツの足が後退する。


「サァ、キィー……」

「やめて! 私はサキじゃない!」


 全身全霊で叫ぶ。

 キンパツは弾かれたように後ろへ倒れた。


「お前……今、何をした……?」


 キンパツの充血した両目がこちらを睨んでくる。


「え、なに……」


 怖い。


 私は震えながら立ち上がり、その場を離れようと足を踏み出した。


「ひっ」


 だが、私が進んだ分だけ、キンパツもじりっと近づいて来る。


「逃げるな、サキ。お前は俺のもんだ……!」

「いや……誰か……」


 誰か、助けて。


 私は廃工場の中を、助けを求めて視線をめぐらした。

 壊れかけたブラインドから、外の光が差し込んでいる。

 埃をかぶった機械類が無機質に光る。


「たすけて」


 かすれた声が喉から漏れる。

 まるでそのタイミングを計っていたかのように、奥の扉がぎぃっと軋んで開かれた。

 ひゅっと小さく私の喉が鳴った。

 扉を開いたのは、背の高い男の人だった。黒っぽいロングコート姿で、長い髪を後ろで一つに束ねている。


「なんだ、てめぇ」


 キンパツがチンピラのようにすごむのを、男の人は硬い表情をして見返した。

 ズボンのベルトが外れているキンパツと、破けたドレス姿で震えている私を順に見て、無言のままゆっくり室内に入ってくる。

 カツン、カツン、と革靴の音が殺風景な工場内に響く。


「な、なんだてめぇ」


 キンパツが同じセリフを繰り返すのを、男の人が軽蔑の目で睨んだ。


「強姦か」

「うるせぇ!これは俺の女だ!」


 殴り掛かるキンパツをさっと避けて、男の人がキンパツのみぞおちを蹴った。

 キンパツがうずくまって咳き込む。


「おや、気絶させるつもりだったのに……。荒事は久しいせいか、どうも鈍っているようだ」

「何をごちゃごちゃ言ってやがる!」


 また大振りで殴り掛かるキンパツ。

 男の人が避けざまに手刀でその首をとん、と叩いた。

 キンパツがどさっとその場に崩れた。

 気絶したらしく、その後ピクリとも動かない。

 男の人は確認するようにキンパツを上から見下ろした。

 一つに束ねている髪が、さらさらと肩の上を滑った。

 男の人が顔を上げ、今度は私の方を見る。

 私はぶるっと震えて、後退りする。


「や……」


 怖い……。


 今まで、私に近づく者はすべて『親』になりたい人だった。私を自分の子供と思って、その人なりの愛情をくれたものだった。

 でも、キンパツは違っていた。キンパツはまったく『親』じゃなかった。これまで生きてきた私の常識のすべてが、キンパツ男のせいで180度ひっくり返ってしまった……。


 目の前の男の人が、『親』なのかどうか分からない。

 得体が知れないものは、とても怖い。


「ん?」


 男の人は私に近づこうとして立ち止まり、怪訝そうな顔であたりを見回した。


「なにやら、ぴりぴりするな」


 と、手を挙げて、何もない空間を触るようにする。


「圧力……?」


 男の人が私を見た。


「これは、君の仕業か」


 何のことか分からなくて、私は震えながら答えた。


「わ、分かりません」


 喉の奥からやっと出た声は、かすれて、ひっくり返っている。


「そうか」


 男の人が安心させるようにふっと微笑んだ。

 その時、初めて、その男の人がすごくきれいな顔立ちをしているのに気付いた。


「姫」


 男の人は私をそう呼んだ。


「そう怯えずともよい。私は姫に怖いことも痛いこともしない」

「ヒメ、というのが私の新しい名前ですか」


 今までの親はみんな私に名前を付けた。

 この人が私の『親』になってくれる気があるのかどうかを知りたかった。


 男の人はちょっと不思議そうに首をかしげた。

 後ろで束ねた髪がまたさらさらと揺れた。

 こんなに髪が長くて、きれいな男の人を初めて見た気がする。

 黒髪美人。

 私は男の人を心の中でそう呼んだ。





読んでくださってありがとうございます。

やっと出会いました。

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