表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/45

02 呼ばれる

冬十郎視点です


 加賀見『冬九郎』の葬式は身内だけで形式的に行われた。

 享年72歳。

 存外に長く使った名だったが、さすがに限界だった。

 今日からは、白髪混じりのかつらも付け髭もサングラスも要らない。加賀見『冬十郎』は、戸籍上25歳。変装のようなことをせずともよいというのは、かなり楽だ。


 よく似た他人の遺体を火葬し、骨を拾い、納骨する。

 冬七郎の葬式の時には複雑な思いを抱いたものだが、冬八郎、冬九郎と、自分の葬式も三回目となればもう特別な感慨はない。ただの一区切りといったところか。


 目下の悩みは次の名前だ。冬十一郎では座りが悪い。冬をつけるのをやめて、ただの十一郎にでもするか。それとももう一度、冬一郎からやり直すか。


「よう、冬九朗。若返ったな」


 一通りの儀式が終わり、ほとんどの者が帰った後、葬式には不似合いな明るい声が私を呼んだ。


「冬十郎だ、恭介」

「お、そうだったな」


 黒の紋付き袴に軍靴のようなブーツを履いた大男が、「とうじゅうろう、とうじゅうろう」と口の中で呟く。


「面倒なことをするものだな。いちいち死んだことにして名を変えるとは」

「人の社会と深く関わって生きるには仕方あるまい」

「あんたのところも裏稼業だけにすれば良いではないか」

「表の仕事も気に入っているんだ」


 冬七郎を名乗っていた頃に、葬儀会社と、清掃会社と、リフォーム会社を立ち上げた。

 裏稼業に都合が良かったからだが、今では普通の人間も雇って支社まで作り、少しずつ規模を広げている。


「がつがつと働く必要があるか? 不動産やらなんやらと相当資産を持っているのだろう」

「人と交わる生活の方が好ましい。常に時間が流れているから」

「へぇ……なるほど」

「恭介、面倒なら来なくてもよかったのだぞ。誰が死んだわけでもなし」

「ああ、ちょっと悪趣味な儀式が気になっただけよ。だが、思いのほか退屈であった」


 のんきな言いように苦笑が漏れる。

 鬼童恭介、外見は三十代半ばといったところだが、本当の年齢は私と同様に見た目通りではない。


「どうだ、この後うちの屋敷へ来ないか」


 恭介が手酌のような仕草をして誘ってくる。


「屋敷? このまま京へ帰るのか」

「いやこっちの別荘の方だ。清香も呼ぼうかと思ったが連絡がつかん」

「どうせ新しい男のところだろう」

「……ああ、違いない」


 恭介が苦笑する。


 私はふと、こめかみを指で押さえた。


「どうした、頭痛か」

「いや……」

「まぁ、あんたが病に罹るわけがないか」

「うむ、先程から妙な感じがしてな」

「妙とは」

「何というか……何かに呼ばれているような」

「ほう、そいつはあんたを冬十郎と呼ぶのか、それとも冬九朗か」

「いや、名を呼ばれるのとは違う。テレパシーのように声が聞こえるわけではないのだ。うまく言えぬが、こう、気持ちが引っ張られる感じだ。あっちの方から」


 と、指さす方には火葬場がある。

 恭介が嫌そうな顔をする。


「誰が呼ぶのだ。身代わりにされた男か」

「いや、別に私が殺したわけでなし……。身元不明の遺体を供養してやっただけだ。ついでに利用させてもらったわけだが……」


 二人、顔を見合わせて苦笑いする。


「それに、火葬場を通り越して、もっとずっと遠くから呼ばれている気がするのだ。恭介、お前は私より顔が広いだろう。そういう力を持つ輩に心当たりはあるか」


 恭介は顎を撫で、少し考えたようだが、すぐに首を振った。


「無いな。思念を飛ばすとなると、精神に干渉するような力なんだろうが……。そんな力は最近じゃ珍しいからな」

「そうか」


 私も恭介も人間ではない。

 だが、平安の昔から人間とはうまく共存してきた。

 私の一族は単に年を取らないだけ、恭介のところはやたら力が強いだけで、もともと平和的で穏やかな種族だ。


「冬九……じゃなかった、冬十郎、分からないものは放っておけ。迂闊に近寄らない方が良いぞ」

「……ふむ、そうだな」


 恭介の意見には全面的に同意する。

 同意するが……。

 どのような者が私を呼ぶのだろう。

 そしてなぜ、私を呼ぶのだろう。

 私はもう一度、その方角を振り返った。





読んでくださってありがとうございます。

見た目は美青年、中身は300歳(笑)

ちょっとでも気に入っていただけたら、感想・評価・ブクマをお願いします!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ