26話『封印を破りし竜 1』
精霊王によって施された封印は、予想よりも遥かに強力だった。命を犠牲にしてまで行使した封印はそんじょそこらの魔物では簡単に破れやしない。
しかし、封印した相手が悪かった。その竜はダンジョンが生み出した特別製。強力な封印にも関わらず、竜は無理矢理破ろうと暴れる。
本来ならそれでも封印が破れることはないのだが、ほんの少しのヒビが生じた。そのヒビから魔物を誘い込む匂いを放ち、誘われた魔物達はより匂いを吸おうと封印を破壊するのだ。
エルフが魔物を倒しても、無限に沸く魔物を対処することはできない。
封印が破れる日は近づいていた。
眠い目を擦りながら、灰は起床する。起きたばかりだからか脳が完全に起動せず、欠伸を噛み殺していると隣で寝ていた直人も起きていた。
ただ、いつもとは違う空気を醸し出して灰は戸惑う。張り詰めた空気を出す直人が見る先、外に出る事ができる扉の方を見ている。
研ぎ澄ましたナイフのような鋭い眼光で睨みつけ、一挙手一投足見逃さないというほど集中していた。
いつもとは違う直人に、灰はどうしたんだろうという疑問を感じた時だ、灰もまた異変を感じ取る。
それは灰が冒険者で、常にダンジョンに行っていたからこその勘、というべきもの。もし普通の人間なら、気づくことはなかっただろう。
灰が感じ取ったのは、空気だ。
ダンジョンのような、死の隣り合わせのような空気が灰に襲い掛かっている。
二日目の朝は、こんな事はなかった。朝ということもあって少し肌寒い、その程度でしかない。
しかし、今はその肌寒さも早朝だというのになく、灰も感覚的に異変を感じ取る。
その異変を探ろうと、扉に向かう
。直人からしてみれば、灰の動きが蜜に誘われる虫のように、意思をなくした人形みたく身体が左右にフラフラと揺れており、危険だと察知した。
「灰ッ!!」
直人が灰の声を大声で叫ぶ。意識を取り戻そうと大声で叫ぶのだが、そもそも灰は意識がある。左右に揺れていたのも、寝ている所を突っ切った為に、足を踏まないように配慮したがためだ。
名前を呼ばれた灰は、当然振り向く。それと同時に、扉の取っ手に触れる。
「どうした?」
「いや、なんでもない」
普通に振り向く灰を見て、直人は誤解だと気づいた。周りも直人の大声で目覚め、ゆっくりと身体を起こしている。
眠たい目を擦りながら、どうした、なんだよ~、と各々起きた。
起こしてしまった事に、直人は罪悪感に襲われる。本来なら、もう少し眠っているはずなのだ。それなのに自分の勘違いで、それも大声で起こしてい待ったことに。
罪悪感襲われている直人を余所に、灰はどうしたんだろう? という疑問が頭の片隅で考えながら扉を開けた。
「は?」
その景色は、あまりにも異常だ。そして、灰には見覚えがある。
外が白い霧に飲み込まれ、手前はうっすらとだが見えるが、奥は霧が濃すぎて何も見えない。それが霧であれば、灰は動揺するだけで終わる。
だが、白い霧の一部に見覚えのある霧があるのだ。
紫色の煙。それを霧というにはドロドロとしていて、全くもって別の何かだ。もし、灰が初めて見たなら霧と認識していただろう。
だが、灰は既に見たことがあった。だからこそ、別の物だと認識した。魔物を誘い込む瘴気だ、と。
それはエルフを滅ぼそうとして、封印された場所で漏れ出していたものだ。魔物を誘い込む性質があるのだが、その問題は今重要ではない。
何故、こちら側にその瘴気が流れているのか、それが一番の問題だ。
扉に釘付けの灰に、直人は何があったのか興味を抱き近づく。灰もそうだが、直人も同じように異変を感じ取っていた。感じ取ってなければ、あそこまで灰に接することはない。
直人が灰の横から顔を出し、霧に飲み込まれた世界に絶句する。
異常、という二文字がピッタリな光景などあまりない。それと同時に、直人の耳には何かが近づく足音が聞こえた。
それは小さく、軽量な足音。走っているようだが、人の足音ではない事は明らか。
直人は警戒度を跳ね上げる。顔が険しくなる直人だが、灰は未だ気づかず。瘴気の事に気を取られていた。
走って近づくそれに気づいたのは、景色の一部に影が新しく生まれ、どんどん近づいてくるからだ。
その正体が分かったのはすぐ、距離を詰めて跳んできた。
緑色の肌に、子供のような小柄な体系。肌が剥き出しで、腰巻しか巻いていない。手に持つのは石や木の棒、武器というにはあまりにも原始的すぎる。
ゴブリン、人が住む世界と隣り合わせに存在するダンジョン、そこに住む化け物が人の世界に侵略してきた。
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