5話 地下『二階』
灰が初めて地下二階に行ったのは、冒険者になって一週間経っての事だ。スライムを聖水で倒し、それが作業のように飽きた。他にも金銭的な理由で、地下二階の攻略に乗り出した。
地下二階層はスライムもでるが出現度は下がり、出てくるのは狼のような魔物『ハロンド』だ。
灰にとって本格的な戦闘だ。スライムなど、おままごとに等しい。
『ハロンド』と初めて戦い、灰は敗走した。
目の前に迫る獰猛な狼に、灰は恐怖して手足が言うことを聞かない。なんとか盾で受け止め生き残ったが、灰は脱兎の如く逃げる。
追いかける『ハロンド』の見た目は狼。人が走っていても、余裕で追いついて来ていた。
ジリジリと距離が縮まっていき、気づけば『ハロンド』はいなくなっていた。他の冒険者が影で助けてくれたのだ。
それ以降、灰は地下一階でスライム狩りを励んでいた。
スライムを倒し続けた事には理由がある。密かに噂されている事だが、魔物を倒す事で隠しパラメーターの数値が上がるなんて話らしい。
それは本当かどうか分からなかったが、実際に冒険者が人では出来ないような俊敏さを見せ、魔物と戦っている光景がネットに上がっている。
ただ、それはダンジョンの中だけで地上では効果がないらしいのだが、灰にはその隠しパラメーターがあると信じて、ひたすらスライムを倒していた。
『ハロンド』の再戦を願って。
スライムの検証が終わったその日の夜、灰はパソコンでダンジョンの攻略サイトを開いていた。
そのサイトは有志が作ったもので、情報が色々と揃っている。
前回、地下二階を攻略した時は行き当たりばったりのように、何も調べずに行った。
その結果、敗走だ。次は倒して見せる。
誰しも自分は優れている、特別だと密かに思っているものだ。それは灰も同じで、地下二階で躓かないという油断が敗走の未来だ。
今の灰に油断というものはない。そのために、情報の収集に励んでいる。
「出てくる魔物は『スライム』に『ハロンド』の二体だけ。出てくるのはハロンドのが多い、と。注意すべき魔物はハロンド。凶暴な性格で好戦的、匂いで補足して襲って来ることもあるため、周りの音には気をつけよう。匂いに気づかれないために消臭スプレーを使うのも効果的。え? 消臭スプレー使えるの?」
ダンジョンでまさか消臭スプレーを使う事になるとは思わず、灰は目をシパシパと瞬きをする。
イメージで特殊な道具、ポーションなどの専用の道具を使って攻略するイメージだった。しかし、まさか消臭スプレーを使う未来が来ようとは。
ダンジョンの中で消臭スプレーを自分に振りかける、そんなイメージをしてしまい可笑しくて思わず吹き出す。
笑みが漏れると、顔の横をぴとっとヒンヤリした冷たい物が触れる。
横にいるのは『スラ参』だ。信頼関係を築くために、一緒にいようと灰は呼び出したのだ。
スラ参は灰の隣で一緒にパソコンを見ている。
文字は理解できないが、必死に勉強しているという空気を感じ取っていたため邪魔はせず、灰の横顔を眺めていた。
「ありがとう、大丈夫だよ。ちょっと可笑しくて笑っただけだから」
こういう時、スラ参が喋ったりしてくれたなら意図が分かる。だが喋らない以上予測する必要があり、分からない場合は全ての事を説明していた。
「今は明日に行く地下二階について調べているんだ」
もう一度サイトを向き、読んでいく。すると、消臭スプレーの注意点を見つけた。
「注意、消臭スプレーを使う場合は化学薬品の匂いを嗅ぎ分ける特異個体がいるため、気をつける事」
欲しい。
特異個体、という甘美な言葉が灰をテイムに狩りをさせようとする。テイムが何匹できるのか、まだわかってはいない。限界数があるのか、そこも確認しておくべきだろう。
その前にまずは、ハロンドの討伐だ。
翌日、灰は聖水の他に一番質の低いFランクの回復ポーションを購入した。もし怪我をした場合、治療のためだ。
ゲームなら回復魔法があったりするのだが、灰は使えないし使える人は貴重。
自分の身体が資本の冒険者なら、身体を大切にすべきだ。その保険である。
聖水よりも高い回復ポーションは予想外の出費だが、ハロンドを一杯倒せばお釣りがくるはずだ。
購入した物をポーチに入れ、灰はダンジョンに入っていく。入ってすぐ、スラ参を出したい所だがここは正規ルート。他の冒険者も通る。
テイムして安全だとしても、他の冒険者から見ればそうは見えない。そのため、灰は地下二階へ急ぐ。
正規ルートということもあって他の冒険者がスライムを倒しているせいか遭遇せず、すぐに地下二階の階段を見つけた。
広く、深く、大きい階段を降りて灰は地下二階へ訪れる。
ハロンドと戦うため、灰は素早く地下三階へ続く正規ルートから外れた。
召喚でスラ参を呼び出し、盾に貼り付かせて準備は完了だ。
いつでも来い、と意気込んでいるとそれは現れた。
大きな灰色の狼だ。
匂いに釣られたか鼻をクンクンと動かし、狼のようなシルエットをしている。大きさは動物よりも一回り大きく、口からは涎が垂れている。
ハロンド、実際に見て二度目だが怖いという感情があった。
だが、ここにいるのは灰だけではない。スラ参もいる。負けるわけにはいかない。
灰が一歩踏み出した時、戦いの火蓋は切って下ろされた。
歩き出した灰に反応するように、ハロンドは正面から疾走し飛び掛かる。
口を大きく開け、噛みつこうという姿勢。口から覗く鋭い牙が、自分の顔、首を噛まれて貫通し、血を流す事を想像できてしまう。
だが、それ以上に灰は驚いていた。
ハロンドと初めて戦った時よりも、動きが若干ながら遅く見えるのだ。これが一ヶ月、スライム倒した功績だからだろうか。
飛び掛かるハロンドに灰は左へ避け、ハロンドの身体を蹴り上げた。
キャインッ! と声を上げるハロンドだがその目に闘志は消えていない。すぐにでも噛んでやる、という意気込みが聞こえるくらいだ。
しかし、戦いはすぐに幕を下ろした
蹴られたハロンドが地面に転がった時、灰は追撃し剣で首元を突き刺したのだ。ゴリッ! という骨の感触が右手に伝わるが、それは気にしないものとする。
突き刺した剣を捩じり、引き抜くとその場には魔石が残っていた。
『ハロンドのテイムに成功しました。テイムしますか?』
「いいえ」
ハロンドを倒した事でテイム出来るらしいが、狙うはやはり特異個体だ。すぐにテイムを断った。
落ちている魔石を拾い、灰は少しばかり余韻に浸る。
楽勝だった。もう少し苦戦する、と思っていたがそうはならなかった。
準備しすぎた、というのもあるし負けたという事実が印象的すぎて、勝手に美化されていたのだろう。
だが、勝てた。これでこの地下二階は通用する。
内心、勝てた事に灰はホッと胸を撫で下ろしているのだった。
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