23話 四層にいる『化け物』3
「行くぞ!! ONE FOR ALL≪一人は皆のために≫」
灰の持つスキル、『ONE FOR ALL』はテイムした魔物を強化できる。デメリットとして、自身は弱体化されるのだがそれを補って余りある強化が出来る。
全てのテイムしている魔物を強化できる、という強いのだが今の灰にはスラ参とヤークトしかいなかった。
スラ参はオオサンショウウオの魔物の胃の中。この場にはヤークトしかいない。強化されたヤークトに対し、灰は自身の身体に見えない重りが圧し掛かるような感覚に陥る。
動けない訳ではない。程よい疲労感とでもいうべきか、とにかく動きにくい。それでも、ヤークト含めて一人と一匹になった以上、前に出るしかなかった。
「ヤークトッ! 挟撃するぞ」
二手に分かれる事で、相手の対応を遅れさせる事が目的だ。灰が全力で距離を詰めるが、『ONE FOR ALL』で強化されたヤークトの方が早く辿り着く。
通りすがりざまに、オオサンショウウオの魔物の右目を前足の鋭い爪で斬り裂いた。速度と体重の乗った一撃に、サンショウウオの魔物は身体を仰け反らせ、苦痛の声を上げる。
片目を失ったオオサンショウウオの魔物は、残った左目を憎悪の炎に燃やし右側に回り込もうとしているヤークトを睨みつけた。
オオサンショウウオの魔物がヤークトに向いている時、灰は自由に動ける。ヤークトとは反対側、左側に回り込んでオオサンショウウオの魔物の前足、身体を斬り裂く。だが、『ONE FOR ALL』で能力が低下していることもあって傷は浅く、致命傷など到底与え切れていない。
斬った感触がまるで鉄を叩いてるかのように硬く、思った以上に『ONE FOR OLL』のデメリットが効いている事に、灰は歯ぎしりする。
灰にはもう、テイムした魔物達を頼るしかない。あとは、注意を引くことだけだ。
致命傷を与えられなくても、灰はヤークトを支援するためにオオサンショウウオの魔物を斬る。それは剣術という武術の言葉は存在せず、ただひたすらに、がむしゃらに剣を振るっているだけだ。
灰は冒険者になって一ヶ月過ぎただけで、武術の心得など何も学んでいないから当然だ。
斬りかかる灰に、最初は見向きもしなかったオオサンショウウオの魔物。ヤークトを襲うが俊敏に動いて捉えきれず、怒りを沸々と上がらせた所で、ひたすら斬り続ける灰に沸点が飛び越え、怒りをぶつける。
灰の方を向き、左の前足を振り上げた。
その動作に灰はすぐに下がる。『ONE FOR ALL』で身体能力が低下している以上、いつものように避けようとすると当たるかもしれない。
だから、いつも以上に早く避けようとした。灰が避けてすぐだ、さっきまでいた所に前足が振り下ろされる。
地面を砕く一撃に、破片が至る所に飛ぶ。灰はオオサンショウウオの魔物の動きに、一つの疑問が浮かぶ。
ワンテンポ、動きが遅れたように感じた。でなければ、灰に当たっていたはずだ。
効いている、のか? 思惑通り進めばいい、と願いながらも灰は戦い続けた。それはヤークトも一緒だ。強化されているからといって、一撃で倒せるわけがなく、何度も何度も叩き続ける。
灰とヤークトの攻撃に、オオサンショウウオの魔物は正面から迎え撃つ。迎え撃つことしか出来なかった。
ダンジョンの道を圧迫するほどの巨体。それ故に前と後ろにしか動くことが出来ず、避けようとしても後ろに下がるだけ。すぐに追いつかれてしまう。
オオサンショウウオの魔物は、全力をだせずにいた。
それは灰も理解していた。だから、このダンジョンを最大限に活かそうと戦う。戦いながら、灰はあることを思い出す。それは昨日の夜の出来事である。
ダンジョンから帰ると、また真由が家の前で待っていた。その日が肌寒いということもあって、身体を震わせて手で擦って温めていた。灰を見つけると、寒がっていたが強気な態度を見せる。
「遅い!!」
「真由さんは何故、いつも家の前で待ってるんです?」
「師匠よ」
「あ、はい」
まだ続くのかと言いたかったが、言えば面倒になる事は分かっているため胸の中に留めた。
「それで師匠、どんなご用件で?」
「明日、アレを倒しに行くんでしょ?」
「ええ、まあ」
何で知ってるんだ、この人。まだ誰にも話していないのに。
知られているとは思わず、灰は少しばかり怖くなる。ここまで動きが察知されていると思うと、内心怖くなってきた。
「私は手伝いはしないけど、ちょっと助言をしにね」
「助言?」
「灰が戦うオオサンショウウオみたいな魔物だけど、あれを調べたら十階層より下に出て来るコドラ系の特異個体だという事が分かったわ」
「特異個体……」
それはヤークトも一緒だ。ヤークトもハロンドの特異個体で、二階層で群れを作ってそのリーダーであった。リーダーの風格があったが、今はもう見る影がない。完全に愛玩犬だ。
「特異個体は強いけど、四階層に出るからには弱体化されていると思う」
「理由は?」
「簡単。ゲームで例えると、序盤に魔王の幹部が出てきたら、全てを滅ぼすわ。バランスが崩れるの。ダンジョンがそういう事はしない」
「言い切りますね」
「ええ。だって私冒険者だから、長年の勘というやつよ」
その言葉に、灰ははあと曖昧な言葉でしか返せなかった。ただ、言いたい事は分かった。
ダンジョンは、勝てない相手を用意しない、と。その言葉を信じて、灰は戦っている。
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