2話 『スキル』という情報
朝、登校は列車を使う。
列車の中は朝で登校や出勤の時間ということもあって人が多い。それでもラッシュよりも早い時間に乗っているため、吊り革を握って列車が揺れる度に身体も揺れる。
外を見て学校までの時間を暇つぶししていると、看板に俳優と一緒に『冒険者になって君も変わろう』という文字が載っていた。
変わりませんでした。なったのはほぼほぼボッチです。
今の自分と他の冒険者を比べ、なんだか悲しくなってしまう。
冒険者は稼げる。それはもう高級車を買えたり、女性をとっかえひっかえできるほどらしい。
女性癖の激しい冒険者が、朝のニュースでホテルに行ったなどと報じられていた。
冒険者になったら本当に変わるのだろうか? 灰の疑問には誰も答えてくれず、学校の最寄り駅に着く。
灰の通う高校は武蔵之市にある武蔵之高校と呼ばれ、偏差値は平均で在籍生徒の人数も平均的、あまり特徴のない高校と言える。
学ランに身を包んだ灰の教室は一年B組。朝が早いということもあって、教室にはまだ人が少なく、片手で数えられるほどだ。
自分の机の左端から右隣の列、一番後ろに座る。横に鞄をかけ、朝のホームルームが始まるまでの間の暇つぶしに、灰はテイムを調べる前にまずは『スキル』を調べることにした。
最初にスキルという言葉を検索しても、出てくるのは技能という意味でのスキルやゲームに出てくる単語。
続いて冒険者を加えて検索すると、冒険者の特殊な力。魔法や技といった類。それらが総じてスキルと呼ばれているようだ。という事は、テイムもそういった魔法や技の類ということだ。
昨日、スキルの『テイム』を手に入れた後、冒険を続ける気にならずそそくさと帰った。
帰った後、テイムの事を調べてみるが情報を一切得られずにどうしたものかと悩む始末だ。
寝て気分が変わるか、と思ってもみたが変わらない。悩みの種は消えない。
スキル、テイム。ゲームならば魔物を仲間にする力だ。
それが手に入ったというのなら、かなり貴重だ。そして戦力になる。
だが、本当にそうなのか? テイム、とは言うがようはペットだ。完全に仲間になるとは思えない。反抗的な魔物もいると思う。
慎重に試してみよう。一先ず、帰ったらすぐに家に戻って武器防具一式を持って行かないと。
今後の予定を立てたその時、教室の扉が開かれ元気一杯の挨拶が聞こえる。
「おはよう!!」
大きく手を挙げて挨拶をするのは東雲真冬≪しののめまふゆ≫。
黒のミディアムロングで笑顔の似合う少女。
彼女の挨拶に女友達数人も同じように、手を挙げて挨拶をしていた。
東雲は明るい性格で、誰とでも打ち解けて会話できる珍しい少女だ。それ故か、あまり女性経験のない男子からモテている。
同級生の男子が、そう言う目で見ているのが傍から見ても分かってしまう。
灰も危うくそういう気持ちになりそうだったので、敢えて一歩引いてアイドルのように可愛いな~と応援することにした。
東雲はその後、遅くやって来た同級生にも挨拶をしていた。それは男子も、女子も関係なく。
彼女は誰にでも気軽に話しかけるが、やはり壁を感じてしまう。
自分とは違う別の人間なのではないか、と。だから灰は自分から話しかけない。話しかけられない。
内面を変えようと冒険者になったが、変わることはなかった。
学校が終わって、すぐに帰宅する。帰る間際、友人からカラオケに誘われたが丁重に断った。
交友関係を深めるのもいいが、今はダンジョン。スキルが気になって仕方がない。
冒険者が使う武器や防具、道具を家から引っ張りだして自転車を使いダンジョンまで約二十分の道のりを漕ぐ。
五月はまだ肌寒い季節だが、自転車で二十分も漕げば身体は温まり汗が出るほどだ。
はあ、はあと息を吐きながら自転車を漕いでいると周りよりも一段と大きい建物が見えてくる。
その建物は縦にも大きいが、横にも広い。目の前に迫りつつある建物の中に、ダンジョンはあった。
世界ダンジョン管理機関。略してWLMO。
ダンジョンが現れてから、管理するために生まれた組織。ダンジョンを滅ぼすよりも、そこから出る旨味の方が大きいため管理することになった。
建物の中にダンジョンがあるのも、もし魔物が外から出ないよう檻としての役目もある。
目の前の建物はWLMO武蔵之支部。この町で唯一あるダンジョン、そして管理する場所だ。
武蔵之支部に入って要があるのは更衣室。そこで着替えて次に掲示板に向かう。
掲示板には仲間を募集する張り紙や、魔物の討伐、素材の回収の依頼など色々ある。ただ、灰が行ける一階層には依頼は基本ない。
今日の分の聖水を補充し、ダンジョンに入る。
長い地下へ続く螺旋階段を降りていく。中央にはエレベーターがあるのだが、あそこは大きな荷物などの階段で上がれない人限定が使うように指定されており、使うことはできない。
螺旋階段を降りてすぐ、そこはもうダンジョンだ。
ゴツゴツとした剥き出し石の壁で作られているダンジョンはまるで洞窟のようで、灰は迷わず進む。
目的は『テイム』。実験のために、まずはスライムをテイムするのが良いはずだ。
理想では強い魔物をテイムしたいが、ゲームなら死んでもリスタートが出来る、だが、これは現実。失敗して死ねば、もう終わり。
検証に検証を重ねたい。
そのために、まずはテイムするためにスライムを狙う。
一番弱いと言われる魔物だ。検証するにはもってこいである。
スライムをテイムするために、灰の戦いは始まった。
見つけては聖水を振りかける。
聖水に触れたスライムは苦しむようにもがき、身体から湯気のような白い煙を出しながら消えた。
その場に残ったのは魔石だけで、少し待っても変化はない。
テイムは失敗、ということだろうか。
一度失敗したが灰はめげず、二度三度四度五度……。
気づけば聖水の残りがもう一個。倒せるのはあと一匹だけになった。
補充した聖水は十以上を越えている。なのに、これだけ失敗したという事はテイムの方法が間違っているという事他ならない。
灰はどうすればテイムできるか、先程と違うやり方を考える。
その方法はすぐに浮かぶ、というか一択しかない。
聖水を使わない事。残る選択肢はその一つしかなかった。
だが、スライムの柔軟なボディは衝撃を殺し、生半可な武器では通用しない。逆に、接近すればスライムが吐く溶解液で武器や防具を溶かされてしまう。
幸い、生身の肉体には影響はないのだが武器や防具を溶かされるなりたての冒険者からすれば、溜まったものではない。
折角大金をはたいて買った物がすぐに駄目になってしまう。それが一番応える。そのためスライムは冒険者から嫌われ、極力戦わないようにしている。
それでも『テイム』のためならと、灰は覚悟を決めた。
スライムはすぐに見つかる。
左の腰に帯刀した剣を抜き、襲い掛かった。
灰が持っている剣は刀身が少し短い。それは冒険者になったばかりで本当の剣が重く、持てないからだ。
そのため灰の剣は短く軽量となっている。
左手に持つ盾も、肘より下を隠すほどの大きさしかない丸盾で、特殊合金で頑丈でいながらも軽量となっていた。
これだけの守りがあれば、スライムの攻撃もほぼ効かない。注意すべきは溶解液だ。
灰は持つ剣でスライムに斬りかかるが、ぶにゅっとした感触しか伝わらない。スライムの防御力は、予想以上である。
このまま斬りかかっても倒せないと判断して後ろに下がると、合わせるようにスライムが突撃してきた。
ピョンピョンと跳んでからの大ジャンプ。スライムの体当たりだが、サッカーボールを軽く蹴った程度の速度しかなく、子供でも余裕で避けられる。
スライムの体当たりを避け、無防備な着地を狩ろうとするが振り返ったスライムが溶解液を吐き出した。
思いも寄らない反撃に灰は目を白黒させるが、間一髪の所で避ける。
灰を通り過ぎた溶解液は地面に落ちると、ジュっ! と溶けるような音がする。案外無臭らしく、匂いは気にならない。
やはり、警戒すべきは溶解液か。
スライムが吐く溶解液に注意しつつ、灰はヒットアンドアウェイを意識して立ち回る。
だが、スライムは倒せない。
戦闘から約十分が経っただろうか、遠くで下の階層を冒険していた冒険者のパーティーがこちらを見てクスクスと笑っている声が聞こえる。
彼らからすれば、スライムと戦うのが懐かしいのか、それとも馬鹿にしているのか、そんな事を考える余裕すら今の灰にはない。
剣では斬れないか。なら、倒すべき方法は聖水だけ。だけど、聖水を使ってもテイムはできなかった。
スライムの攻撃を避けながら考えていると、三つ目の選択肢に気づく。
そういえば、まだあれを試していなかった。
腰のポーチを開け、取り出したのは聖水だ。それをスライムに投げる事はせず、剣に振りかける。
聖水で濡れる剣で、スライムに斬りかかった。
スライムは聖水に弱い。なら、聖水で濡れた剣ならどうなるか。灰の予想は当たる。
剣で斬りかかるとブニュッとした感触しか伝わらなかったのに、サクッと簡単に斬れてしまう。今までの戦いが拍子抜けするレベルだ。
スライムを倒すと、魔石が落ちる。いつもならこれを拾って換金しに行くところだが……。
変化を待つ事数秒も経たず、それは起きた。
スライムを倒した時に落ちた魔石を中心に、粒子から生まれ形を形成していく。それはスライムだ。
全くそっくりのスライムが、灰の目の前に現れる。
そのスライムは目の前に敵である人間がいるというのに、襲ってこない。敵意がないかのようだ。
「テイム、したのか?」
スライムの今の行動が狙ってのものだったなら、俳優になれるほどだ。しゃがんで、ゆっくりと恐る恐る右手を差し出すとスライムがピトッとくっついた。
『スキル、テイムが発動しました。スライムをテイムしますか?』
「はい」
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