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第09話 大魔王は小悪魔になった。

 シンイチは夢を見ていた。

 大学生で初めて恋人ができた浮かれていた頃。

 お互いに思いやり、毎日が幸せと感じていた頃。

 デートコースを考えたり、服装に気を遣ったり、初めての経験をたくさんした。

 そして、卒業前に振られて慟哭した悲しい思い出。

 忘れたと思っても、何年経ってからでも、夢に出てきて強引に思い出させてくれる。

 そろそろ勘弁してほしい。

 新しい恋でもしたら、見なくなるんだろうか。

 そういえば、俺は死んだんじゃなかったっけ。

 スグ近くに女の子がいた。

 綺麗な黒髪を靡かせて、無邪気な笑顔を向けてくる。

 でも、顔がわからない。

「あぁ、これは夢だな」と確信すると、陰鬱な雰囲気が和らいでいった。

 どことなく見覚えのある少女と、もうちょっと一緒にいたいと考えた瞬間、世界が光に包まれていった。

 夢とはこういうものである。

 思うようにいかないものだ。






 気が付けばベッドの上。

 目を開けなくても上質なベッドだというのはわかる。

 慣れたくないけど、もう慌てたりしない。

 少し違うのは抱き枕が用意されていたところ。

 サラサラしていて、弾力もあって、少し甘い香りがする。

 夢見心地でまどろむ休日のようなふわふわとした感覚。

 目を開けるのも億劫な幸福感。

 うん、2度寝しよう。

 枕に顔を埋めて、そのもちもち感を味わう。

 ぐりぐりしながら、さっき見た夢を思い出そうとした。

 悲しい夢だったような、和やかな夢だったような。

 思い返したことで少し意識が覚醒したようで、眠気が収まり、代わりに違和感がシンイチを包んだ。

 頑張って瞼を開け、視界に映ったのは真っ白なシーツではなく、透明感のある肌色だった。


「ようやく起きたか、寝坊助め」


 疑問符が浮かびまくってる頭の上から、凛とした声が聞こえた。

 よし、落ち着いて考えてみよう。

 間違いなくシンイチはベッドで寝ていた……裸で。

 抱き枕と思っていたのは女の子で、密着して横になっていた……裸で。

 長い髪の毛ごと背中から抱き寄せて、左手はガッツリ尻を掴んでいる。

 そして、シンイチの頭は抱きかかえられて、ふわっとした胸の中にある。

 未だかつて寝起きでここまで俊敏に動いたことはないってくらい、勢いよく起き上がった。

 会社に遅刻しそうになった時でも、ここまで慌てたことはなかった。

 何人寝れるんだってくらい広くて円形のベッドの真ん中に、少女は横たわっていた。

 女子高生くらいのその女の子は、実に堂々としていて、涅槃像のように余裕綽々。

 情欲を抱くより先に、その雰囲気と美しさに心を奪われてしまった。

 バランスの良い体つき、絹のような肌、艶やかな長い黒髪。

 そして、黄金の瞳………


「下着くらい着けんか、バカたれ!」


 ぼふん。

 本物の枕を投げつけてやった。

 目の前の、なぜか美少女の姿をしているクロエは高らかに笑った。


「はっはっは、なんじゃ、もうバレたか。もっとからかってやろうと思っておったのに」


 半分は残念そうに、もう半分はすぐに気づかれて嬉しそうに、投げ放たれた枕を抱きながらゴロンと天井を向いた。

 まるで無邪気な子どもだ。

 それなのに妖艶でもある。

 控えめに言って魅力的なその肢体ではあったが、手を出そうなどとは微塵も思わなかった。

 心がおっさんである以上、女子高生に手を出すなど、事案発生だ。

 何より、クロエだと確信してしまった。

 その瞳の底知れない奥深さは、姿・声・性別すら違っていても、わずかも変わっていなかった。

 性転換した友人に会うようなものだ。


「わしよりも長く眠るとはのぅ、もう6日目じゃぞ。さすがに魔力が大きすぎたかと心配したぞ?」


 そういえば、なんか譲渡されたんだっけか。

 ハッキリした頭で思い出す。

 6日も眠って、空腹や渇きがないのは、もらった魔力のせいなんだろうか。

 ただ、強くなった気もしないし、特別な力が溢れる感じもしない。

 至って普通だった。

 すでに前世の面影などまるでないので、まぁいっか、くらいの気持ちである。

 それよりも、なぜ女体化したのかを問いたださなければなるまい。


「素っ裸で胡坐をかくんじゃない!ちょっとは恥じらいなさいよ」


「……お主、もうちょっと、こー……、ムラムラしたりせんのか?それなりのカラダになったと思うんじゃが」


「確かにキレイな体だとは思うけど、元々クロエは男だったじゃないか。ムラッとするほうがおかしくない?」


「むぅ、これは……ちと予想外じゃな」


「というか、なんで女の子になっちゃったの?大魔王をやめるのはいいけど、男までやめなくてもいいと思うけど」


 一体何がしたいんだ。

 長生きしすぎて、退屈だったからとか?

 きっとただの人間であるシンイチにはわからない。

 同じ魔王だったとしてもわからなかっただろう。

 ただ…


「くくっ、教えてやろう!久しぶりに抱いたわしの野望を!」


「裸で仁王立ちすんな!」


 クロエに恥じらいがないのはわかった。

 とりあえず、無毛の丘にさっきより強く枕を投げつけたのだった。






「ディアボロさんもよく受け入れましたね、クロエのこの姿」


「クロエ様は、どのようなお姿になろうともクロエ様ですので。見た目や魔力量が少々変化しようとも、私の情義が揺るぐことはありません」


 どうしてそこまで忠義に厚いのか不思議に思うほど、ディアボロはまっすぐだった。

 5日間かけてクロエの時間だけ500年も進めちゃうくらいまっすぐだった。

 非常識なとんでもスキルだけど、もう驚いたりしない。

 でもさ、止めても良かったんじゃないかなー。

 ほら、見てごらんなさい。

 メルト&カトルペアが超楽しみながらクロエをコーディネイトしちゃってるよ。

 種族に関係なく、やっぱり女性はこういうものが好きなようで、とっくに大魔王様の威厳はなくなってしまったようで。

 目の前には赤を基調としたラッフルフリルのミニスカートがとてもよく似合うクロエが……ソファに胡坐をかいて、頬杖をついている。

 台無しだよ、いろいろと。


「ふむ、どうにも心もとなく、ふわふわする。似合っておるのか、コレ?」


「何をおっしゃいますか、クロエ様。とても愛らしいお姿です!」


「そうですとも!ぜひシンイチ様と合わせてコーデしたいですね!アシンメトリーのロングスカートとかお似合いになるかと!」


 やめて!俺を巻き込まないで!第一、俺は男だ!

 スカートは勘弁していただきたい!

 クロエもちょっとげんなりしてる様子で、こちらに助けを求めるような視線を投げかけてくる。

 生贄は一人でいいと思うの。


「わしの見た目はどうでも良いとして、話は聞いておったか。シンイチ?」


 ジト目でこっちを見ないでほしい。

 大人しく2人に髪型をハーフアップ&三つ編みにされるがいい、似合ってるから。

 正直、いろいろといじられながら話してくるもんだから、あんまり頭に入ってこなかった。

 何か、世界に不干渉だった300年を埋めるために大陸を回るとか?

 13英雄―――すでに6名は亡くなっているらしいが―――に会いに行くとか?

 大魔王を崇める宗教とやらを覗きに行くとか?

 ぶっちゃけて言うと「なんで?」である。

 シンイチに魔力を分ける必要もないし、意味不明な転生をする必要もないし、レベルダウンする必要もないのだ。

 極端な話、シンイチがいる必要もない。

 大魔王らしく勝手気ままに行動するだけでよかったのに、どうして生き方を変えるようなことをするのか。

 まったくわからない。

 世界から注視されている英雄であってもあっさりと死んでしまうような世界なのだから、シンイチのことなど放っておけばいいのだ。

 なのにどうして?


「それがクロエの野望なの?」


「いや、違うぞ。世界旅行は単純にわしが楽しみたいだけじゃ」


 おもむろにソファの上に立ち上がり、シンイチを見下ろし腕を組む。

 行儀は悪いが、妙に様になっていた。

 大魔王の威厳は転生くらいではなくならないらしい。


「わしの野望は、子どもを産み、育てることじゃ!シンイチのやりたいことを聞いてピンときた!」


「は…、うん?確かに家族を持ちたいとか言った気がするけど。じゃあ、世界旅行しながら旦那にする人を探すってこと?」


「は?何を言っておるか、わしを孕ませるのはお主じゃぞ」


「はあ?」


「なに素っ頓狂な声をあげておるんじゃ」と当然のようにシンイチの子を身篭るつもりでいるクロエは言う。

 いやいやいや、おかしいから。

 最初は男同士だったわけで、そんな発想ないから。


「クロエ様はそのために、魔力の半分をシンイチ殿に譲渡したのですよ。さらに転生をすることで、レベルダウンすると同時に性別を変更したのです。大魔王閣下と13人目の英雄が成すご子息、胸が躍ります」


 え、なに、重っ!!俺の意志はどこに!?


「わしもまだこの身体に慣れておらぬからな。世界を見ながら、その気になったときに抱いてくれれば良い。わしの他に嫁が見つかれば遠慮なく娶れば良い。ただ…、一度は身篭らせてくれぬか?」


 少し悲しそうな瞳で見つめてくる。

 クロエの外見は卑怯だ。

 しかも傲慢だったキャラが弱みを見せるのはズルい。

 誰でも戸惑うし、ドキッとするに決まってる。

 最初からこの姿だったら、間違いなくドギマギしていただろう。


「新しい世界のことは知りたいから旅をするのは賛成だけど……子どもの件は保留かなぁ」


「うむ、それで良い。安心せい、じっくり魅了してやるからの」


 ちっとも安心できないが、クロエの笑顔に明るさが戻ったことにほっとする。

 この世界で甦ったことがすでに理解を超えているけれど、日に日に常識が上塗りされてる気分だ。

 これから始まる旅もいろんなドッキリがあるんだろう。

 ちょっとだけ楽しみだ。


「メルト、カトル。わしが旅に出る前に、女としての生き方を教えよ。シンイチをメロメロにできるようにの」


 本人の前で言うことじゃないが、これがクロエの魅力だと思う。

 素直にまっすぐ、悩まず進むイメージ。

 直接求めてきたらどうしよう……、少しの不安を感じながらも、自分でも意外なほど世界を旅することを楽しみに感じていた。

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