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第08話 引退と野望と我儘。

 ――――――わし、大魔王やめるわ。




「はい?」


 さっきまでとんでもなく真剣な面持ちで考え事をしていたクロエは、仁王立ちでドヤ顔をしている。

 ちょっとでもカッコいいと考えてしまった自分が情けない。

 さっき英雄を辞めたいって言ったシンイチが、ディアボロに不可能だと断言されたのを忘れたのかこの野郎。

 まず、隣でフリーズしてるディアボロに謝れ。


「守護者をやめるならわかるけど、大魔王をやめるってどういうことかな?」


「結果的に守護者ではなくなるからの、お主も気を遣わなくてよくなるぞ。誰一人、損をすることはない」


 悪戯めいた笑顔で言われると、何を考えているのか聞くのが怖くなる。

 大きな不安はあるが、もしクロエが守護者でなくなるなら、シンイチも気軽にこちらの世界を謳歌できるかもしれない。


「ディアボロ、ちと力を貸してもらうぞ」


「はっ!もちろんでございます。ご自由に我が身をお使いください。しかしながら、クロエ様の真意は、私ごときでは片鱗をも伺い知ることはできません。お考えをお聞かせ願いたく……」


「わしの野望を叶えるためじゃ、ただそれだけよ。そのために、お主の時を操る能力を使ってもらうぞ。今回は止めずともよい。どの程度、加速させることができる?」


「効果範囲は限られますが、1日で100年ほど進めることが可能です」


「僥倖、僥倖。わしの役に立ってもらうぞ」


「お任せください」


 さっきまで完全に硬直していたディアボロは、少しの隙もなく跪き、会心の敬意をクロエに捧げた。

 絶対の信頼を感じる所作であった。

 クロエの役に立つ歓喜に震え、恐らく高揚感に溢れた表情をしているのだろう。

 時を止めるとか、加速させるとか、もはや常識外れの問答をする2人。

 シンイチも少し慣れてきたのか、あるいはマヒしてきたのか「あー、できるんだ」くらいの感想で流してしまった。


「まずは第一段階じゃ、わしの魔力の一部をシンイチに譲渡する」


 魔王の魔力を割譲する際の刻印を右目に行い、英雄の証である文様を上書きする。

 契約というのは、より強い契約を交わすことで、更新できるらしい。

 その原理を利用して、不利益な奴隷契約の破棄や反故を行えることは知られている。

 ただし、身体に文様を描くほどの契約を上書きするためには、とてつもない力の差が必要となるため、一般的にはほとんど行われることがない。

 人間であれば、ほぼ不可能…、魔力の多い種族でも命懸けになる。

 それをあっさりできてしまうのはクロエだからだ。

 もはや何でもありである。

 その後、意図的に転生をするらしい。

 本来ならば滅びた後に魔力のこもった魂が時間をかけて再構成をするのだが、自分の意志で行うこともできる。

 確実に弱体化するため、意味がない行為とされているのだが、今回クロエにとっては好都合らしく、弱くなることもまた計画のうちだという。

 そもそも現段階において、大陸を丸ごと消滅することもできる規格外のクロエを滅ぼしえる存在などいないので、転生を望むのであれば自発的に行うしかない。


「でも、わざわざ転生して弱くなるってメリットなさそうなんだけど」


「恐れながら、私にもわかりかねます。魔力の譲渡だけで充分だと思われるのですが」


「くっくっく、そうでもないんじゃぞ?すべて計画通りに進んだ暁には、ネタ晴らしをしてやろう」


 なぜかシンイチの頭を撫でながら、クロエは屈託なく笑う。

 大魔王様が考えることは、ディアボロですらわからない。

 何かを企んでいるのは間違いないが、その真意がつかめない。


「少しでもシンイチに魔力が宿っておれば破綻する計画じゃが、ゼロでよかったわ。くくっ、少なからず運命というものを感じるぞ」


 一般人でも普通はわずかながらの魔力ぐらいは宿すらしいが、シンイチはそれなりにレアな魔力ゼロの人間だったらしい。

 魔法のある世界で、それを行使できないのは残念だったが、魔力をもらうことで使えるようになるようだ。

 自分のことを考えての行動ならとてもありがたい話だ。


「さっそく渡すかの」


 シンイチを優しく撫でていた手に力がこもるのがわかる。

 円ではなく球形の魔法陣が2人を包む。

 意味の分からない文字や図形が浮かび、規則的に蠢きながらその力を増していく。

 えっ、ちょ……いきなりですか?事前準備とかいらないんですか?

 クロエの計画を肯定すらしていないのだが、もはや断れる雰囲気でもない。

 せめて心の準備くらいはさせてほしかったと思うシンイチは、初めて目にする魔法に戸惑いながらジッとしているしかなかった。


「そう緊張することもない。少し寝込むかもしれんが、大した時間もかけず回復するじゃろう。それと今から起こることは犬に咬まれたとでも思うがよい」


「シンイチが愛らしい姿でよかったわ」と言うが早いか、空いた手で顎を掴まれ、普通に唇を奪われた!




 ――――――!!!!!!?




 男同士とかそういうのはどうでもいい!

 舌で唇を開くな!

 逃がさないように頭を掴むな!

 ちょっと気持ちいいのが腹立つ!

 何か入ってきた!

 液体のような気体のような、濃密な何かが口腔から流れ、空気の代わりに肺を満たし、血管にまで溶け込むように全身を巡り始める。

 漠然と魔力だと理解した。

 呼吸をしていないのに苦しくない。

 飢えていた腹が満たされるような幸福感がある。

 右目が熱を持ち、滾り始めた。

 痛くも苦しくもないが、文様が書き換えられるのがわかった。

 瞳のなかに細かな文字が浮かび、端から少しずつ消え、六芒星のような模様が描かれていく。

 契約の破棄と、その再構築を脳が理解した。


「ぷはっ!……よしよし、うまくいったようじゃの」


「長いわっ!!!」


 せめて先に説明しなさいよ!

 がっつりキスされて、少し頬が赤くなったのが悔しい!

 相手は男なのに、男なのに!


「くっくっく、些末なことを気にするでない。説明したところで、どうせ実行するんじゃ。さて、第二段階に移るかの」


「サクッと流されたけど、全然小さいことじゃないからね!?どうせなら………うっ」


 世界がグラついた。

 痛みも不快感もなく、ふわったした感覚。

 お酒に酔った感じに似ていた。

 立っていられないほど、足元がおぼつかない。

 腰が抜けたようにストンと座り込んでしまった。


「魔力酔いが始まったようじゃな、慣れるまで寝ておれ。シンイチのことは任せたぞ、ディアボロ」


「はっ!メルト、カトル、シンイチ殿を客室へ丁重に運んでください」


 だんだん意識が薄れていくのがわかる。

 もう自分の意志では動くことはできなかった。

 言葉すら…発声できないなか、スーツ姿の女性が自分を運ぼうとしてくれている。


「カトルちゃん、ここは私に任せてもいいのよ?」


「シンイチ様は私がお運びします。とてもかわいらしい、役得です。お姉様であっても譲れません」


 あ、なんか2人の素を見られた気がする。

 最初に見た時より人間味があっていいなぁとバカなことを考えながら、シンイチは意識を失った。

 持ち上げる部分をしっかり分担して運ばれていく姿を見ながら、クロエは微笑む。


「転生を始めるが……、記憶や性格が著しく変わり、問題があると判断したら、わしを滅ぼせ」


「畏まりました。ですが、あり得ないでしょう。私のすべてを賭けて、クロエ様をお守りいたします」


「まったく、世界最強の大魔王が一番無防備になる瞬間、唯一無二の下克上できる機会じゃぞ」


「ご冗談を。クロエ様がどのようなお姿になられても、そのお力が弱まったとしても、私にとって永遠の主人であります故」


「お主は本当に魔王種らしからぬ忠誠心を持っておるのぉ」


 クロエは残った魔力で球体を作り出す。

 とても薄く、人が入れるほど大きく、虹色の液体で満たされている、水晶のような球体。

 その下にはまるで影のように魔法陣が広がり、植物が芽吹き、卵を守る母親のように育ち、球体に絡み、小さな樹木となった。


「ディアボロよ、これはわしの我儘じゃ。これまでの無為無聊な時を取り戻すため、大魔王の座を辞する。空白となったその地位、そしてマリアのこと、頼んだぞ」


 恭しく首を垂れるディアボロは、幸福感に満たされていた。

 任されたのではなく、頼まれたことに打ち震えていた。

 クロエは静かに球体に触れ、身を沈めていく。

 服も、髪も、皮膚も、臓腑も、骨も、溶けていく。


「あなた様がどのようなお姿になろうとも、何を成そうとも、私が活動を終えるまで、尽くしますとも」


 恐らく寿命の短いシンイチに合わせて、時間を加速させるであろうことを予想しながら生命の海を見つめた。

 久しく見たことがないほどの無邪気な笑顔をしていたクロエ。

 礼儀知らずで愚かしい英雄ながら興味を惹かれるシンイチ。

 停滞していた歯車が崩れ去り、小さく新しい歯車が2つ噛み合ったようなイメージが頭に浮かぶ。

 ディアボロも次の歯車として組み上げられ、世界を巻き込み、精緻で優雅な装置が出来上がっていく。

 ペストマスクの下で、小気味に笑う。

 大きく世界が変わる予感、もはや確信を胸に、ディアボロは結界を張り、全身全霊で時を進めた。

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