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第07話 大魔王様は決意してしまった。

 ディアボロ先生の講義のあと、シンイチたちは応接室らしい部屋でくつろいでいた。

 テーブルには高級そうなティーセットやら、焼き菓子やら、果物やら。

 上級貴族ってこういう生活なのかなと思える空間だった。


「英雄を辞退することってできないのかなぁ」


 ぽつりと零してしまった。

 リラックスしたからこその弱気な独り言。

 なにせ、シンイチは普通の人間と変わらない……むしろ、弱っちぃただの人間だ。

 頭もよくないし、力もないし、魔法も使える気がしない。

 言っててしょんぼりする。


「できるのか?ディアボロ?」


「不可能でしょう。ご存じの通り、英雄の瞳には特別な文様が描かれています。当然シンイチ殿の右目にも刻まれております」


 えっ!?

 初耳なんですけど。

 クロエもマリアさんも教えてくれなかったんですけど。

 これはヤバくない?

 知ってる人が見たら英雄だってバレちゃうわけだよね。

 英雄として扱われちゃうわけだよね。

 何の力も持ってないとか想像すらしないわけだよね。

 もし、特殊な能力を何も持たないクソ雑魚だって知られたら、どんな仕打ちに合うかわからない。

 命の危険まで感じる。

 これはヤバすぎる。


「その瞳が契約書というわけです。クロエ様とも、その文様を媒介として繋がっているものと推測します」


「契約が破棄されたこととかあるのかな?例えば、事故か何かで失明するとか?」


「さて、そういった話を聞いたことはありませんが、契約自体が失われる可能性はあります」


「ん~~~、普通の生活をするためには、抉るしかないかなぁ……」


「平然と抉るとか言うな。思ったよりも豪胆じゃな、お主……それとも阿呆なのか」


 だって、利用されるかもしれない緊張感を一生持ち続けるなんて耐えられない。

 英雄の器じゃないって自覚もしてる。

 ぶっちゃけ、選ばれたことが間違いなのだ。

 とはいえ、せっかく拾った命なので、精いっぱい生きようと思う。

 そのためならば片目くらいは犠牲になっても仕方ないと諦められる。

 ………………イヤだけど。




 そもそも誰かに迷惑をかけるのは嫌いだ。

 借りを作ってしまうのも勘弁だ。

 誰かの行動を縛ってしまうなんて論外だ。

 だいたい守護者ってなんだ。

 世界で一番偉い存在がいるとして、それが神様だったとして、それでもそんな勝手は理不尽すぎる。

 いくらクロエが長寿で、人間の一生が短いとはいえ、シンイチのために時間を費やさせるワケにはいかない。

 クロエが嫌いというわけではない。

 ただ、負担になりたくないだけ。

 強制的な束縛を断ち切るためなら、自分が傷つくことくらい耐えられる。

 むしろ、そのほうが楽だ。

 もしかしたらあっさりと死んでしまうかもしれないけれど、それは自分のせいだ。

 そうならないようにまずは努力しよう。

 世界を学ぼう。

 必要なものを集めよう。

 漠然とでも目標を決めよう。

 ただの人間として生きていこう。

 人と出会い、交流を持ち、知人を増やし、友達を得て、もしかしたら恋をして。

 どうせなら愛する人との子どもも欲しい。

 2人とか欲しい。

 前世ではできなかったことに挑戦してみたい。

 とにかく人生を楽しもう。

 何ができるかまだわからないけど、やれることは山のようにある。

 朝起きて、電車に揺られて、仕事をして、帰って、寝て…そんな暮らしよりも充実しているに違いない。

 シンイチは拙いながら、飾らない言葉で、自分の想いのすべてを2人に伝えた。




「そういうワケで、できる限り痛みが浅い方法で片目を潰してほしいんですが」


 

 ディアボロであれば、問題なく望みを叶えてくれる気がした。

 ちゃんと麻酔とかして外科手術とかやってくれそうな気がする。

 逆に予想だにしない方法でゴリッとやられる可能性もあるけれど。


「クロエも、よくわからない天啓か何かで、俺なんかに付き合う必要ないからね?」


 クロエは妙に静かだ。

 ただブツブツと小さく言葉を紡ぎながら顎に手を当てている。

 足を組み、ソファに体重を預け、真面目な横顔で、中空を見ながら独り言を続けている。

 改めてみると本当にイケメンすぎてため息が出る。

 高貴な空気を纏った今であれば、素直に大魔王だと信じていただろうに。


「クロエ?ちゃんと聞いてる?わりと真剣に考えてるんだけど。ちょっと、クロエ?」


「声は届いていると思われますが、しばらくお応えになることはないでしょう。クロエ様が長考されるとは非常に珍しい。私も久しぶりに拝見しました」


「どういうことですか?」


「クロエ様は私たちの想像を超える画策する際、今のように集中されることがあるのです」


 ディアボロも数度しか見たことがない。

 最も印象に残っているのは、多くの種族が特定の領土を持たず、混沌としていた頃。

 今のように声が届かない状態が続いたという。

 そして、考えが終わった後、不敵に笑いながら行動を起こした。

 できる限り多くの者達が繁栄を極められるように、また納得できるように、大地を分割したのだ。

 それも表立ってではなく、裏から誰にも気づかれることなく、年月をかけて調停を行った。

 直接関与しないという縛りの中で行ったのだから恐ろしい。

 大魔王にとってはパズルを解くような娯楽の1つであったのだが、誰が見ても偉業であり、実現不可能なことだった。

 その頃から国境がほぼ変化していないのだから、驚くべき先見の明を持っていると言えた。

 単純な武力や魔力ではなく、その知力にディアボロは惹かれた。

 感情で動くことが常ではあったが、思慮を巡らせた後のクロエは、まるで未来を見通してるかのようだった。

「単なる暇つぶしじゃ。たまには頭を使わんと錆びつくからの」と事も無げに言う。

 ディアボロが都市を創ったのも、その真似事。

 憧れにも似た感情で模倣し、少しでも大魔王の器に近づいてみたかったのだ。

 たった一つの都市ですら思うようにいかないが、その差を感じることすら喜びであった。


「ちなみに、その時は3年ほどあのままでした」


「うへぇ、大魔王様の時間感覚って怖い」


「今回はそれほどかからないでしょう。シンイチ殿にとっての最善を模索しているのではないでしょうか」


 片目を失うことが、手っ取り早いはずだけど、愚策なのかもしれない。

 意を決して手術をしたとして、その後も英雄としての拘束力が残っては目も当てられない。

 より確実な方法を探してくれているのかな。

 だとしたら、少しうれしい。

 自分のために真剣に考えてくれるというのは、それだけでありがたいことだ。

 シンイチには真似ができないスタイル。

 とりあえず、まずはやってみて、失敗しても「まぁいいや」と、そこから少しずつ学んでいくのがシンイチ流だ。

 説明書を読むより、とにかく実践をするほうが性に合っていた。

 もちろん、他者が傷つく可能性があるのであれば、ガチガチに、慎重に考えるが、自分のことになると極端に軽くなる。

 それがシンイチの生き方だった。

 自分に奥さんや子どもがいなかったこと、責任のある立場になかったことも大きい。


「そういえば、クロエもディアボロさんも長く生きているみたいですけど、お子さんはいないんですか?」


「私たちは魔王種ですから、子を残す必要がないのです」


 弱い生き物ほど、多くの子どもをつくり、種としての生存の可能性を広げる。

 ならば、強い生き物はどうか。

 寿命の長い生き物はどうか。

 強ければ強いほど、長ければ長いほど、子を成す回数は減り、数も少ない。

 そして、頂点に近づくほど“死”の概念も異なっていく。

 竜族や魔族はある一定のレベルを超越すると、死んでも転生して再び甦る。

 100年後か、1000年後か、記憶や能力の一部、もしくは全てを引き継いで転生を果たす。


「故に、種を残すために子を成すということとは無縁なのです」


 とはいえ、不可能でもないとディアボロは言う。

 ただ、魔力などの潜在能力が圧倒的に高い場合、子を宿せないことのほうが多いらしい。

 母体が負荷に耐え切れず死んでしまう。

 あるいは、子種が弱すぎて懐妊するに至らない。

 同等の者同士であっても子どもを産んだケースはとてもレアで、数千年に1度あるかないかの頻度であった。


「シンイチ殿が子どもが欲しいと言ったことは、とても新鮮でした。恐らくクロエ様もそう思われたことでしょう」


「人間だと普通のことだと思うけど…、そっか、強い存在だと種の保存とか進化とか、必要性がないんですね」


「魔王種が1人増えるだけでもパワーバランスが崩れますから、同じように考えないほうがよろしいかと」


 ディアボロの威圧感を思い出し、ブルリと身を震わせる。

 確かに、人間と同じペースで増えると考えたら、あっという間に人類が滅びそうだ。

 でも、強いからといって子どもを残せないのは少し悲しいと思う。

 もしかしたら、愛情という面だけならば人間は秀でてるのかもしれない。


「子育てで愛情とか芽生えるかもしれないのに、もったいない」


 クロエの子どもだったら、男の子でも女の子でも超美形になりそうだ。

 躾とかしっかりしたら、天使のように育つのではなかろうか。

 大魔王の子どもが天使になるとか、言っててどうかとは思うけども、想像するのは自由である。

 元の世界の同僚はほとんどが既婚者で子持ちだったため、独り身の自分としては憧れていたのだ。

 舌ったらずにパパとか言われているシーンは、ちょっと羨ましかった。

 この世界で実現できれば言いけど。 


「忠義や従属であればともかく、私たちに愛情という概念はありませんな。必要のないことでしょう」


「たとえば、ディアボロさんがクロエの子どもにいろんな知識を教える立場になったとき、『ディアボロ先生』って慕われるとしましょう」


「………………………………………………………………………素晴らしいですね」


 両手を胸に、天井を見上げるようにしているディアボロ。

 目を閉じて思いを馳せているその姿は、『ほんわっ』としてた。

 小さい花が飛んでそうなくらい呆けている。

 あまりに意外で、そのあとの言葉がかけられないくらい、トリップしてた。

 なんだ、愛情を感じる機会が少ないだけで、誰かを大切にする気持ちはしっかりあるんじゃないか。

 

 そんな話をしていたら、不意にクロエが動いた。

「失礼しました。素晴らしい可能性をありがとうございます」と、ディアボロが妙な感謝を述べて、トリップから戻ってきた。

 立ち上がるクロエに対し、隙のない姿勢を向けている。

 お花畑の雰囲気はすっかり息を潜めてしまった。


 それにしても、クロエの復帰は思っていたよりもずっと早かった。

 3年とか聞かされていたのに、10分ほどである種の瞑想は終わっていた。

 大陸を裏からコントロールすることに比べたら、それ相応の時間なのだろう。

 腕を組み、自信に満ちた表情で見下ろしてくるクロエは、子どものような笑顔で視線を合わせてきた。

 そしてとんでもないことを言った。




「決めたぞ、シンイチ。わし、大魔王やめるわ」

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