第06話 ディアボロ先生の講義。
この大陸には20を超える国家が存在する。
ディアボロが統治する魔族の国『ギルトゲインヘル』。
様々な獣人たちが集まり創りあげた『カオスドヘイズ』。
鍛冶が得意な小人族が住まう山脈『ユミル』。
自然を愛する長寿の森の民が治める『アールヴフォレスト』。
少数ながら強靭な肉体と叡智を誇る竜の都『ヴォルガドラッヘ』。
大陸最大の湖の中にある『カナルブール』。
魔力を利用した道具を開発し続ける魔導国家『ガジェッチェドグリモワ』。
その他はすべて人間の国である。
個々の力では他の国家、種族には及ぶべくもないが、繁殖力が強く数が多い。
思想の違いにより団結をし、時に対立をし、短いスパンで領土も名前も変わってしまう。
ただし、大陸のほぼ中央に存在し、最大の領地を有する帝国『アルカード』は、数千年の歴史を持ち、千年ごとに1人以上の英雄を有している。
ほんの少しのキッカケで人間の国同士で争うことはあったが、それ以外の国家は過度の干渉をしなかった。
国交は結ぶが、不利益はもたらさない。
それぞれの国家が特有の力を有し、均衡していたからこそ、絶妙なバランスが取られていた。
統一種族が治めている国の場合は完全なる不可侵を貫くこともあったが、それも時代が流れることによって変化していった。
種族に関係なく旅をする者が増え、それぞれが力を増し、繁栄していった。
結果として、どの国家にも属さない街や村も多数生まれ、なかには死を超越したアンデッドが集まる地下都市まで存在する。
また、例外として絶対不可侵の領域がある。
それが大魔王クロエ・ヴォルフィードの城がある『グノーシス』。
侵略を考えた愚かな国が幾度も滅び、例外なく大陸全土を巻き込む災厄が起こったために、全国家間で最初で最後の協定が結ばれたのだ。
クロエ自身がそのことに気付いたのは、つい500年ほど前の話である。
種族によって寿命は異なり、時間の流れもまた異なる。
数万年を生き、年齢を重ねるごとに強くなる竜族。
1000年は生きる魔族。
寿命の概念すらない魔王種。
その他の種族も含め、寿命が長ければ長いほど、怠惰に過ごす者が多かった。
短い余生を懸命に生きているのは、人間のみだった。
世代交代は早く、どんなに強い者もあっという間にいなくなる。
だが、彼らの経験は蓄積され、研鑽され、洗練されていった。
特に武術と魔法の発展は他の種を凌ぐほどであった。
剣・槍・弓・拳・盾・杖…それぞれの武器をさらに細分化し、多くの型が生まれた。
火・水・風・土・光・闇…系統ごとにまとめ、言語化し、根源たる力をマナと名付けた。
弱々しくも成長していく人間を皆が愛した。
そして、傲慢にも侵略を企む人間はことごとく滅ぼした。
弱者は強者を恐れる。
弱者は強者を妬む。
弱者は強者に縋る。
竜王や魔王を崇める者が現れた。
信仰する者が現れた。
さらには全ての頂点に立つ神を信じるようになり、思想が生まれ、信仰が始まった。
怠惰に過ごす者たちは気づかない。
人間たちの強さは群体としての強さであり、成長速度であり、常識外の発想力であるのだ。
「その愛らしい成長を見るのが私の秘かな楽しみなのです」
ディアボロは教壇に立っていた。
いくつもの長机と椅子が、部屋の後方に行くにしたがって、少しずつ高くなるように設計されている。
ディアボロに一番近い場所に陣取りながら、シンイチは大学時代の懐かしさを思い出していた。
広い黒板には大陸の地図が描かれていて、大きなヒトデのようにも見える。
その一番北が『ギルトゲインヘル』、その西には『アルカード』が位置している。
最初に大局を伝え、細かいところを補足し、興味を失わないように有意義な情報を交えながら、ディアボロは丁寧に教えてくれた。
深く渋い声が心地良い。
ちなみにクロエは隣で寝ている。
動かそうとすると「放っておけ…」というのでそのままだ。
「最近、個人のステータスを細部まで確認できる魔導具が開発されたようで、実に興味深いものです」
今まで教鞭をとっていたどんな教師よりも、集中して講義を受けていた。
武術や魔法については割愛されたものが多かったが、何となく世界を知れた気がする。
まだ疑問はたくさんあるものの、聞くべきことは1つに絞れた。
「これほど真面目に聞いてくださるとは。私の部下にあなたの爪の垢を無理やり飲ませたいほどです。私の個人的な意見も交えてしまいましたが、いかがですか。質問はございますか?」
せめて煎じて飲ませてあげてほしいという言葉はグッと抑えて、「はい」っと手を挙げた。
きっと意図的に説明から省いた部分を聞かなくては。
「どうぞ、シンイチ殿」
手を挙げて指名を待つなんて、子どもの頃以来だ。
懐かしいような、恥ずかしいような、嬉しいような。
ついやってしまったけれど、こういうのもいいな。
「お主、さっきビビった相手によくもまぁ…、案外据わっておるのぉ」
うるさいよ?
それはそれ、これはこれ。
切り替えが大切だと思うの。
もうあんな思いはしたくないけどね!
「ディアボロ先生、英雄は何のためにいるんでしょうか?」
何のために異世界から呼ばれるのか。その役割はなんなのか。
英雄の存在意義がまったくわからない。
ついノリで『先生』って付けちゃうほど知りたい。
気のせいか、ちょっとディアボロが嬉しそうな気がする、マスクで見えないけども。
「敢えて詳しく話さなかったことに、シンイチ殿は気づかれたようですね、素晴らしい」
本当に機嫌がよさそうだ。
別に狙ってたわけじゃないけど、気持ちよく教えてくれるのはありがたい。
「ただ残念ながら、英雄に関しては確定した事実と、私なりの仮定でしか語ることができないのです」
まだ人間が食糧であり、家畜同然だった時代があった。
知性があり、意思疎通ができる便利な動物程度。
長く不遇な扱いを長い間受けていたが、複数の強い個体が突如として現れた。
たった数十年で一部の人間が団結し、かろうじて種としての地位を築き始めた。
一定の周期で顕現する個体は、人間を守り、一つにまとめていった。
時には滅びかけ、そのたびに賢く、強くなり、いつしか文明と呼べるほどの技術を手に入れた。
いよいよ魔法まで使うようになり、未熟ながら一つの国家が独立を果たす。
それが帝国『アルカード』。
歴史を紡ぐようになり、書物を残すようになり、ようやく人間に何が起きたかが判明する。
千年に一度、月に1人ずつ、1年をかけて13人の強き者が人々を救うという伝記。
皆は彼らを『英雄』と呼び、その力を借りて未開の地を開拓していった。
他の種族も人間を注視するようになった。
人間の国家は徐々に数を増やしていき、力を付けた人間たちは他種族と争うようになっていった。
まるで虐げられていた忌むべき歴史を払拭するかのように、戦った。
だが、魔族と竜族に10分の1にまで減らされた人間たちは、他種族との戦乱をようやくあきらめた。
代わりに、人間の国同士で争うようになった。
千年ごとに英雄を取り合った。
時代によっては「勇者には魔王を倒す使命がある」という勝手な理屈で、大魔王であるクロエに戦いを挑んだ者もいる。
絶対不可侵の協定を破る行いであったが、クロエにとって退屈しのぎであり、面白いケンカ相手でもあった。
命をかけて戦いを挑むその姿は美しく、愛おしかった。
クロエは命を奪わなかった。
何度も何度も訪れる勇者の成長を見るのが楽しかったのだ。
……だが、その英雄を配下にした王は、勇者のその戦いを危険視した。
いつものように瀕死の姿で戻ってきた勇者を、呆れるほどあっさりと切り捨て、命を奪った。
もう二度とクロエに戦いを挑む者はいなくなってしまった。
「まったく無礼で愚かで、楽しい人間じゃった。もっと強くしてやれたのにのぅ」
「勇者が味方であるはずの人間に裏切られ、倒されたときは、クロエ様ご自身がその国を滅ぼしました。本当に醜い国でありました」
「もう忘れよ、実に下らん」机に突っ伏したまま、少し寂しそうな声でクロエは呟いた。
大魔王だから悪だという先入観を、シンイチも少しは持っていた。
けれど、それは違う。
本当にそう思う。
……腹パンされたけど、たぶん違うはずだ。
「英雄に共通しているのは、特別な強い力を持ち、人間であること。なぜ13人なのかは不明ですが、ほぼ間違いなく異世界からの現れること。私の仮説ではありますが、虐げられていた人間を救済するためのシステムが『英雄』なのではないかと考えております」
そして、ある程度繁栄を果たした今、そのシステムは衰退していくのでは。
ディアボロはそう考えているらしい。
道理で自分は大したことがないはずだ。
英雄としては最弱と言ってもいい。
むしろ、大魔王と一緒にいる時点で、裏切り者扱いされて、殺されてしまいそうだ。
「俺以外の英雄はどうなってるんでしょう?」
「2人ほどアルカードにいるようです。他は各地に点在しており、どうやらすでに半数は亡くなっているようですね」
「はぁ!!!?」
「権力や財力を持った英雄が国家転覆を企んだとのことです。まったく理解できません。あまりに突飛すぎて虚偽である可能性もあります」
「………はぁ」
間違いなく、金・財産・地位を選んだ英雄の先輩たちだ。
ホント何やってるんだろうか。
宝くじや博打で大金を手にした一般人の末路を思い出してしまう。
きっと気が大きくなって、何でもできる錯覚に陥ったんだろう。
たぶん自業自得だ。
顔も名前も知らないけれど、とりあえず冥福だけそっと祈ることにした。
いろいろ初めてで、おっかなびっくりやっているのですが、
ブックマークとかポイントとか入れていただいて本当にありがとうございます。
まったり続けていきますので、
どうかのんびりとお楽しみくださいませ。