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第05話 大魔王様よりも怖かった。

 ダークグレーのスーツに赤いネクタイ、光沢のある黒い革製のロングコートを着た男が静かに佇んでいた。

 190センチはあろうかという身長を羨むより先に、その異様な出で立ちから目が離せなかった。

 顔も髪型もわからない。

 ペストマスク―――鳥の嘴を象ったマスク―――を付け、眼鏡のような飾りのあるシルクハットをかぶっている。

 後頭部や首元はフードに覆われていて、まるで素肌が見えない。

 帽子も合わせると実に2メートル。

 少し身長が縮んだシンイチは、かなり見上げなければ、目も合いそうにない。

 というか、マスクの黒いレンズの奥はまるで闇のようで、こっちを見ているのかすら不明瞭だ。

 唯一、手袋のみが白く、そのおかげで身振り手振りが小さな動きでも強調されていた。


「クロエ・ヴォルフィード大魔王閣下、お久しぶりでございます。お呼びくだされば、他の何を差し置いてでも馳せ参じますゆえ、ぜひ次からはご命令ください」


 とても美しい流れで跪き、忠義を感じる姿勢でクロエの言葉を待っている。

 その状態でもシルクハット込みで同じくらいの身長だ。

 高身長というのも、一つの才能だと思う。

 非常に羨ましい。


「やめよ、やめよ。かーっ、相変わらずお堅いヤツじゃな、ディアボロ。お主はここの統治者じゃろ、軽々しく頭を下げるでないわ。同等の立場で接してかまわん」


「何をおっしゃいますか!お戯れを……私ごとき、あなた様の足元にも及びません。どうか手足のごとくお使いください」


「たった300年程度では、その難儀な性格は変わらんか。じゃが、前にも言ったが、敬称は付けるな。そして立て」


「畏まりました、クロエ様」


 外見からは想像もできないほどの洗練された動きで立ち上がるディアボロ。

 年齢などは全くわからないし、当てにもならないが、クロエよりも深く渋い声をしていた。

 不思議と安心感を与えてくれる声色だ。

 ただ、慣れていないだけなのかもしれないが、そのマスクで見られると少しずつ不安になってくる。


「クロエ様がお連れということは、こちらの方は13英雄でありましょう。最後のおひとりを保護されるとは、さすがでございます」


「世辞はいらん。ホント相変わらずじゃな。そうか、こやつが最後の英雄であったか」


 この2人にジーッと見られるのは、少し緊張する。

 それにしても、最後の英雄って何でわかるんだろうか。

 自分にもわからないステータスとか、実は見えてたりするんだろうか。

 いろいろ教えてもらいに来たんだから、まとめて聞いてやろうと思うけども……

 それは、今じゃない。

 今はマズい。

 2人のさらに後ろから、関心の目が一つひとつ増えていく。

 このままだとえらいことになる。


「ど、どこかに落ち着いて話せる場所に移動しませんか?」


 首のない巨大馬と豪華な馬車が止まっているだけでも注目されていたのに、ディアボロが現れてからは、さらに比ではない視線が集中していた。

 長く伸びた行列からのチラッチラッという視線が、ガン見に変わっていた。

 都市の統治者が現れただけでも目立つのに、すぐさま跪く姿は衝撃的だったはずだ。

 クロエがさらに上位の存在だと証明されたことも拍車をかけた。

 当然、シンイチも含めて、一体何者なのかと好奇の目で見られるわけである。

 多くの目が集中しているなかで会話を続けるほど、シンイチの肝は据わっていない。

 ただの、普通の、どこにでもいる、単なる一般人なのだ。

 10人ぐらいに注視されるだけで緊張する自信がある。


「クロエも、ディアボロさんも、まずは場所を変えま……」




 ―――ゾワッ。




 突然だった。

 世界が急に色褪せたような寒気が全身を巡り、汗が噴き出した。大きく震え声を出すこともできず、涙が滲む。

 今すぐに逃げ出したいのに、カラダは動かなかった。


「クロエ様に対して何の敬称も付けないとは、何と愚かしいことでしょう。とても許されることではありません」


 さっきと同じ声なのに、もっと深いところから骨の髄に届くように響いてくる。

 怖い。

 圧迫感なんて生易しいものじゃない。

 明確な殺意が重力を何十倍にも感じさせた。

 怖い。

 ディアボロの全身は青黒い炎に包まれ、その背後から鈍い殺意が怒涛のように押し寄せた。

 トラックに潰されるよりも、ずっとずっと恐ろしい。

 怖い。

 心臓が氷で串刺しにされたようだ。

 本当に……動きが……止まってしまう……


「―――――――――やめよ!」


 クロエのたった一言が、世界に温度を戻してくれた。

 腰を抜かしたシンイチの呼吸は荒く、未だに震えが止まらない。

 その頭を、クロエはそっと撫でていた。


「たわけが。呼び方ごときで動揺するでないわ。わしはシンイチの守護者じゃぞ、別に呼び捨てでもかまわん」


「はっ!……しかしながら、看過できかねます」


「敵意を感じぬ以上、大目に見るがよい。わざわざ命じたくもないぞ、ディアボロ」


「畏まりました」


 納得はできないが、クロエの希望を裏切るわけにはいかないと、ディアボロは渋々と了承した。

 怒気も殺気も覇気も、すべてを無機質な仮面に押し込んだように、その体から強者の気配は消えていた。

 ふーっ、ふーっ。

 やっと呼吸が落ち着いてきた。

 ディアボロのほうがクロエよりもずっと大魔王らしく、恐ろしいじゃないか。

 もうなんか、守護者とかなしで、気楽に旅とかして、気に入った土地で暮らしたい。

「こっち来てから良いことないなぁ」グスッと涙目でボヤいてしまう。


「ほれ見たことか。シンイチはわしが護るべき存在じゃ。あまりいじめるな」


「御心のままに。もしや英雄の王としてお育てになるのでしょうか?」


「それも面白いかもしれんが、保留じゃな……それよりも、ほれ。お主の癇癪で民が嘆いておるぞ、なんとかせい」


 こちらを凝視していた人々のほとんどが、動けずにいた。

 半数はひれ伏し、残りは気を失い、一部は粗相をし、ほんの一握りは強い心を保っているが、凄惨な状況であった。


「大変失礼いたしました。お心遣い感謝いたします。メルト、カトル、来てもらえますか」


 声に呼応するように、空間の一部が歪み、2人の女性が現れた。

 お揃いのスーツに身を包み、ディアボロの前で指先までピンと伸ばした右手を左肩に当てている。

 それぞれ美しい茶髪と紫髪をしていた。


「後のことはお任せします。私の失態ですので、丁重にお願いします」


「ディアボロ様に失態などございません」


「我らにすべてお任せください」


 とても整った歩き方でメルトとカトルは列に向かっていった。

 雰囲気がディアボロに似ている2人だった。

 まるで娘のようでもあるし、妹のようでもある。

 だとすると、怒らせたくはない。きっと怖い。


「では、クロエ様。私の屋敷までご案内させていただきます。その後、何なりとご命令ください」


「もうカチカチじゃのー…」というクロエの言葉が終わらないうちに、刹那の浮遊感を覚え、景色が一変した。

 ちょうど瞬きを1回した後、シンイチは屋内に移動していた。

 木なのか、石なのか、判断できない材質でできている床と壁。

 ダンスでも踊れるような広さの部屋の奥には階段。

 壁と接する中二階で左右に分かれ上へと続いている。

 シンプルながら彫刻が施されており、絵画や調度品がバランス良く配置されていた。

 上級階級の屋敷といいうよりは、もはや城のような内装だ。


「街の様子を見ながら歩いてもよかったんじゃがな」


「……瞬間移動した?」


「わりと上位の魔法なんじゃぞ」


 今まで不可能と思っていたことが、ドンドン当たり前に披露されていく。

 魔法かー、もう常識とか通用しそうにないなー。

 さっきもディアボロの逆鱗に触れただけで、気迫だけで死にそうになったし。


「どうぞ、こちらへ。最適な部屋をご用意させていただきました」


 本当に執事のような手際の良さだ。

 表情が読めず、キレたら怖く、強大な力を持っているペストマスクの男。

 これからその男から、この世界のことを教えてもらうと考えると、少し憂鬱になる。

 ただ、もうどうにでもなれ、という半ば諦めにも似た気持ちもある。

 せめて前世で不明瞭だった生きる目的や目標が見つかればいいなと、シンイチは少しだけ上を向いて部屋へと向かった。

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