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第01話 金を望む英雄は意外と多かった。

 木之元真一(きのもとしんいち)と名付けられて、もうすぐ40年。

 自分の人生は本当に普通で、ごくごく平凡なものだと思う。

 義務教育を受けて、学校を卒業して、社会人になって、それなりに生きてきた。

 気休め程度の昇給はあったが、昇格はない。

 万年平社員で会社の歯車に過ぎなかったけども、それほど不満があるわけでもない。

 1年後の明確なヴィジョンも持たないまま、結婚する機会もなく、何となく働いて、じわーっと年齢を重ねて…、今日も月曜日らしい気だるい気持ちで会社に向かっていた。

 慣れ親しんだ最寄り駅までの道。

 いつも見かける社畜仲間たち。

 いつもの交差点。

 いつもの横断歩道。

 少しズレたメガネをくいっと持ち上げ、歩行者用信号がちょうど青になって歩き始めたのだけど、いつもとは違う気配を感じた。

 歩きスマホをしていたほうが良かったかもしれない。

 右から高速で迫ってくる10tダンプ。

 硬直した筋肉では、避けるための予備動作さえできなかった。

 バカみたいに、動けずにいた。

「車には気ぃつけなあかんで」という母の言葉が一瞬にして浮かぶが、圧倒的な大きさの鉄の塊がスピードを落とさず突っ込んできたらどうしようもないと思う。

 たった一回のまばたきの後、体験したこともない衝撃がくることを確信する。

「あ、死んだ」と思考できるほど、俺は意外と冷静だった。

 運転席で電話をしている男に、イラッとするくらい余裕すらあった。

 こんなやつに轢かれるのか……、そろそろ交通事故にも殺人罪は適用されるべきだと思う。




 ―――視界が真っ黒に染まる。



 ―――音が消える。



 ―――指先すら動かない。



 ―――立っているのか、横になっているのか、逆さになっているのかすら、わからない。




 これが死ぬってことなのかな?

 それほど孤独感はなかった。

 随分あっけない最期だ。

 両親より先に逝くことに罪悪感を感じていると、遠くから光が近づいてきた。

 瞼を開けているのかもわからないまま、光は大きく、さらに大きく、そしてすべてが光に飲まれていく。

 白い世界は、とても温かく、とても新しく感じる……、天国のような気もしたが、自分程度の人間が行けるとも思えない。

 もし奇跡的に生存していて、病院のベッドの上ってことなら、逆にリハビリが大変そうだと考えていた。

 ある意味、全身不随で意思疎通もできないような現実だったなら、それこそが地獄ではないだろうか。


『―――お前は何を望む?』


 声が聞こえた。

 合成音声のような、男か女かわからない声だ。

 どうせ夢ならもっと楽しいものがいいのに。

 いきなり望みを聞かれても、気の利いた答えなんて出るわけないじゃない。

 権力?財力?腕っぷし?若さ?英知?不老不死?……無理やり捻りだしても、どれもこれもピンとこない。

 改めて思うと、強く欲しいと思えるモノなんてなかった。

 本当に何も浮かばなかった。

 それよりも、誰かから何かをもらうこと、借りを作ることが怖かった。


「何も望みません」


 スラッと出た答えは本心で、偽りなんかない。

 ちょっと胡散臭い感じがするし、夢だったらガッカリするし、魂と引き換えだとか後から言われても困るからね。


『千年に一度選ばれる英雄の13人目であるのに』


『意志を持ったまま生まれ変われるというのに』


『他の英雄はすでに身の丈を超える希望を叶えたというのに』


『対価も代償も必要としないのに』


 同じ声のような、違うような、1人なのか、複数なのか。

 ちょっと鼓膜が痛い感じがする。

 気持ちの問題なんだろうけど、片頭痛の予感がする。

 痛み止めほしい。

 というか、同じような境遇の人が13人もいるのか、かわいそうに。


『1人目の英雄は強靭な肉体を望んだ』


『2人目と3人目の英雄は富と地位を望んだ』


 待て、待て、待て。

 全員の個人情報を勝手に暴露する気かこの野郎!

 名前も顔も知らないけども、人間の一番深い欲望をバラされて気持ちいいヤツなんていないだろう。

 拒否権もないまま、ドンドン情報が伝わってくる。

 莫大な財宝、美貌、億万長者、魔法の力、大金、ハーレム、空を飛ぶ能力、運気、尽きることのない金。

 うわぁ、お金ばっかりかよ。

 運気を望んだ人って、もしかしてギャンブル運じゃないだろうな。

 ハーレムは少し気持ちがわかるし、魔法は確かに使ってみたい。

 空を飛ぶ…ってのは魔法で何とかできそうだから、なんか気の毒に思える。

 それにしても、金かぁ。

 訳が分からない状況で、突飛な望みを言うほうが難しいか。

 よくハーレムなんて言えたもんだ。


『今一度問う―――お前は何を望む?』


 他の人と被る望みを言うのは何かイヤだし、やっぱり後出しで言うのはズルをしている感じがして納得できない。

 もともと交通事故で死んでしまう予定だったらしいし、生まれ変われるならそれだけで充分だろう。


『英雄となれるのに』


『あらゆる望みが叶うのに』


『もう元の世界には戻れないのに』


 いつの間にか、真っ白な空間の一部が赤く染まっていた。

 5メートルくらい先に黒ずんだ赤い水たまり。

 その真ん中に、良く見知ったくたびれたスーツと、少し白髪が混じったツーブロックの髪。

 せめて普通に横たわっていたらよかったのに、役目を終えた操り人形のように、強引に固めて無造作に置いてある。

 顔が見えなくてよかったよ。

 なに、これ、脅し?

 自分の亡骸を見る趣味はないぞ。

 今の自分は魂とか、精神だけの存在とか、そんな何かなんだろうか。

 ホラーは大好きだけど、グロ耐性はそんなにないんだぞ。


『何を望む?』


 なんか、ちょっと、声に深みが……イラっとされても、こちらとしては困るわけで。

 適当に何か言うにしても、全然浮かばない、どうしよう。


「いえ、本当に何もいりません……、何か決めないといけないのなら、お任せします」


『えっ!?』って聞こえた気がする。

 ゴメンて、苦手なんだってこういうの。

 一発芸どころか、カラオケで歌う曲もスグには決められないんだ。

 自分をアピールできる人ってすごいと思うよ。

 マジ尊敬、俺にはできない。


『何度も英雄の望みを叶えてきたが、お前のような者は初めてだ』


『何も叶えないのは、初めてだ』


『無力な英雄は、初めてだ』


 驚かれているのか、呆れられているのか、スゴい言われようだ。

 俺が悪いんだろうか。

 何か、納得できないぞ。


『異例ではあるが、認めよう』


『せめて、守護者をつけよう』


『風変わりな英雄よ、第二の人生を歩むがよい』


 変人呼ばわりされた気分だ。

 白い世界は徐々に薄暗く、そして再び黒の世界へと変貌する。

 最後にサラッと守護者がどうとか聞こえたけど、オマケ程度に言うくらいだから、心配しなくてもいいだろう。

 それにしても、俺の第一の人生……、あっけなく終わったなぁ。

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