7.春風のさようなら
3月も下旬となると、春の気配が濃くなってきた。
桜はまだ咲いていないが、風は微かに温かい。
もっとも気持ちの高揚も関係しているのだろう。
周りを見ると、みんな正装に身を包んでいた。
男はともかく、女性陣の袴姿は中々に華やかだ。
「これにて卒業生の答辞を終わります。一同立席。礼」
アナウンスに従う。
ぱちぱちと拍手が鳴った。
柔らかい陽射しが降り注ぎ、卒業生の足元に影を作る。
屋外型講堂というのはこういう時いいな。
季節感がある。
見上げると、ただ青い空が広がっていた。
そのまま左隣を見る。
「エージ、お前このあとどうする」
「夕方からゼミのさよならコンパがあるんだよね。それまでは暇かな」
「そか。じゃ、体育館行くか」
ノスタルジーってやつだ。
それ以外にこの感情を表す言葉が無い。
「いいよ」とだけエージは答えた。
人で溢れる講堂を離れた。
皆思い思いの表情を見せている。
卒業か。
俺はきちんと出来ているのか。
いや、今は自問しても仕方ないな。
答えが出るのは数年先かもしれない。
二つほど学部棟の横を通り、体育館に着いた。
部活が行われているらしい。
時折声が聞こえてくる。
そこに鋭い音が混じった。
キュッ、というバッシュがフロアに擦れる音だ。
聞き慣れた音が耳に残った。
「最後に覗いていくか」
「だな」
遠慮しつつ、二人でそろりと顔を出す。
ボールがダンダンと弾み、全員がよく動いている。
島田が声を張り上げてチームを鼓舞していた。
最初は頼りなかったが、今では立派なキャプテンだ。
「おい、そんなことじゃエージ先輩みたいにダンク出来ないぞ!」と言っているのは、どこまで本気なんだろう。
「尊敬されてるようですねえ、エージ先輩」
「茶化さないでくれよー」
からかってやると、エージは苦笑した。
あの経大戦のダンクはやはりインパクトが強かった。
しばらく時の人だったもんな。
おっと、忘れないでくれ。
その前の俺のパスも激賞されたってことも。
「ほっちゃん、声かけてく?」
「いや、いい。邪魔するのも悪いだろ。現役組に任せようぜ」
「うん、そだね」
「てわけで行きますか」
くるりと背を向けた。
体育館から遠ざかる。
一歩ごとに遠ざかる。
懐かしさと充実感とほんの少しの寂しさが、胸の内に湧き上がった。
はは、何とも言えないな。
今の気持ちは。
「エージ」
「ん?」
「俺、約束果たせてやっぱ良かったわ。バスケを心置きなく辞められるし。ありがとな」
「……今さらでしょ」
俺は左拳を突き出す。
応えてエージは右拳を。
コツンと小さくぶつかり、離れて。
お互いこれからは別々の途を歩んでいくんだ。
お付き合いいただき、ありがとうございました。