6.例えこれがただの意地でも
両軍もはや出し惜しみ無し。
総戦力をつぎ込んでぶつかり合う。
修応は逃げ切りを狙い、とにかくインサイドへボールを集める。
まずは垣内に入れてからってことだ。
こちらはゾーンDFで対処。
垣内の動きを少しでも封じにかかる。
何より、その手前でも止めにかかっていた。
ハーフラインを越えるまでがポイントだ。
俺と島田の2ガードが前から当たる。
簡単にボール運びをさせない。
「くっ、さっきからねちねちと」
「ルールの範囲内だろ」
相手のPGが毒づくが軽くあしらってやった。
今はボールマンは島田がマーク。
俺はこいつについている。
パスコースを切り、こいつにはパスを出させない。
ディナイと呼ばれるDFの基礎だ。
常にハンズアップして、パス出来ないと思わせる。
"時間を削れば楽になる"
インサイドの攻防では修応が上なのだ。
そこに到るまでの部分で優位に立たなくてはならない。
極端な話、残り1秒で垣内がボールを持っても怖くない。
俺と島田の頑張りが海凛の生死を握っている。
"ここまできたんだ。やらなくてどうする"
大学の四年間だけではない。
ミニバスの三年間、中高の六年間もだ。
思えばずいぶん長くバスケットボールと付き合ってきた。
途中で辞めたいと思うこともあった。
それでも続けてきたのは何故だ。
続けてこれたのは何故だ。
荒い呼吸の片隅で、思考が瞬いている。
「修応がボール運びに苦しんでる!?」
「海凛の2ガード、こんなにDFで粘るのか!」
「でもこれ、最後まで保つのか」
「あんなべったりついて、すげえ疲れそうだぞ」
うるさいな。
疲労など承知の上だ。
確かにオールコートDFはしんどい。
相手を追い回し、急なストップ&ダッシュに振り回される。
ドリブルのコースに体をねじ込み、どうにか邪魔しようと試みる。
しかも毎回ボール奪取出来るわけじゃない。
せいぜい数秒削っただけということの方が多い。
だがな、それでも俺はやる。
言葉ではなく姿勢でだ。
イップスになったとしてもバスケは出来る。
こういう形で貢献出来る。
けれどチームのためだけじゃない。
けして自己犠牲しているつもりはない。
"こうしなきゃ前に進めない"
相手のパスがずれる。
サイドラインを割った。
マイボールだ。
一歩追いつく可能性が広がった。
肩で息をしつつボールを拾う。
スローインは島田に投げた。
"逃げたくなかったんだろうな"
イップスに侵され、シュートタッチを失った。
何千何万本も練習してきたのに、全部無駄になってしまった。
悲しいというより虚しかった。
過去の一部を削り取られたと思った。
"それでも辞めなかった"
攻守が目まぐるしく展開していく。
ルーズボールに追いついた。
身体を張って取りに行った。
競り負けた。
垣内のでかい手にボールをかっさらわれた。
シュートを決められる。
縮んだはずのスコアがまた開いた。
"辞められなかった、が正しいのか"
俺は一人じゃなかったからだ。
皆がいて、エージがいたからだ。
あいつらに顔向け出来ないままでいいのか。
いつかはバスケを辞める。
それは構わないし自然なことだと思う。
けれどだ。
せめて綺麗に辞めたいじゃないか。
満足して辞めたいじゃないか。
訳の分からないイップスに負けたままじゃ。
いや、考えている場合じゃない。
そのエネルギーも行動に注げ。
"自分に落とし前をつけないままじゃ"
スコアボード。
77−71。
残り5分か。
凄いな、俺達は。
あとたったの6点だ。
3Pラインでボールをもらう。
俺にはシュートという選択肢は無い。
入らないシュートは撃てない。
だからさっさとエージに渡す。
"辞めるものも辞められないだろう"
くだらない意地なのかもしれない。
だけどこれしか思い浮かばなかった。
走って跳んでキャッチして、更に必死でDFして。
たかがバスケでも14年も続けてきたんだ。
自分の意志以外のものを、最後の選択に関わらせてたまるか!
「ぉおし!」
垣内が吠えた。
フェイドアウェイシュートが炸裂した。
ダブルチームでも振り切られた。
ここにきてまだ安定した得点力とは恐れ入る。
79−71。残り4:40。
「お返しだ!」
左45℃からレージのドライブインレイアップ。
DFのファウルを誘い、ボーナスFTを得た。
これも決めた。
79−74。残り3:52。
−−時間が過ぎる。
−−両チームとも疲れからシュート成功率が落ちていた。
−−くそ、あともうちょっとなのに。
−−たった5点がやけに遠い。
「DF!」
気力を振り絞り前から当たる。
当たり続ける。
駄目だ、相手のPGに逆を突かれた。
俺の左側を抜かれ、いや。
カバーに入ってくれたのは。
「エージ!?」
目を見張っている間に、エージのDFは成功した。
勢い余って相手はエージに激突だ。
ピィーと甲高く笛が鳴る。
チャージング。
攻撃側のファウルとなり、ボールは海凛に渡る。
倒れたエージに手を伸ばす。
「サンキュー」と笑いながら、エージが手を握った。
フロアから引き起こしてやる。
「無茶しやがって」
こちらのゴール下から前まで走ってきたのか。
疲れもピークに達するこの終盤に。
「へへ、でも結果オーライだろ」
「ま、そうだな」
まったく、ほんとにお前は大したやつだよ。
† † †
追いつきそうで並べない。
あと一歩が届かない。
もどかしさだけが募り、疲労が脚を鈍くする。
息を切らしたまま、DFにつく。
「ここで取らなきゃ」
まさに最終局面、残り23秒。
スコア、81−80。
あと1点まで詰め寄っていた。
けれどもこの1点が重い。
「修応、逃げ切れー! あとはボール回しだけで勝てる!」
「頑張れ、海凛! 絶対逆転できるよー!」
応援も最高潮だ。
ここまで競った展開になるとは予想していなかっただろう。
海凛にとっちゃまずいけどな。
ベンチも必死に声を枯らす。
「ディーフェンス! ディーフェンス!」
「一本、一本、スティール!」
分かってる。
ボールはハーフコートまで進められた。
ボックスワンなので、俺だけがマンマークだ。
ボールマンにへばりつく。
パスコースはうちのDFがディナイで切っていた。
俺が取るか、こいつが奪わせないか。
"手を出す"
敵のドリブルは右手。
俺の右手をボールに合わせにいく。
指をかすめた。
相手が慌てて引く。
惜しい。
でも、こちらの体勢が崩れ、いや戻りが間に合った。
"駄目か、簡単には取れない"
残り12秒。
あとは守りきるだけで修応は勝てる。
無理してシュートする必要は無い。
だったら。
その有利な立場を捨てさせる。
右半身を引く。
空間を作る。
圧迫されていたお前はどうする。
ここをドリブルで抜けば確実にキープ出来る。
逃げ切れる、そう考えるだろう。
だから。
"やはり"
餌にかかった。
乗ってきた。
左に持ち替えて、一気に俺の右から抜きにかかった。
けして遅くはない。
ドリブルだって悪くない。
けれども見抜けなかったようだな。
これが俺の意図した罠だってところまでは。
"間に合え"
反転。
時計回りの高速ターン。
背後から狙う。
目一杯に左手を伸ばし。
"触れた"
指先にかかった。
ドリブルをずらす。
相手のリズムが崩れた。
驚愕の表情で振り向く。
まだだ。
まだ取り切れていない。
左膝、次いで右膝を前に。
全身を押し出す。
手のひらがボールに触れた。
行け、このまま。
バックスティール……!
"やった"
崩れかけた体勢のまま振り向く。
時間が無い。
終わってしまう、あと何秒だ。
フロアが視界の右から差し込む。
倒れ、いや、その前に。
まだ終わらせない。
「走れ、エージ!」
あいつなら走ってくれる。
それだけを信じてのパス。
右肩から倒れながら、どうにかボールだけは繋ぐ。
フロアにワンバウンド。
二度目のバウンドの前に、あいつは追いついてくれた。
行け。
残り4秒。
体育館の空気はやかましいようで、それでいて妙に静かで。
垣内が追いすがる。
3秒。
それでもエージの方が前に出ていた。
一度だけ強くドリブル。
大きな歩幅で振り切る。
追いつかせない。
2秒。
跳べるか。
跳べるよな。
ここまできたんだ。
俺に約束を果たさせてくれ。
1秒。
エージは高く踏み切った。
最高のタイミング。
「おおおぉ!」
咆哮と共に叩きこんだのは、絵に描いたようなダンク。
右手一本でぶちこみやがった。
ぐらりと大きくリングが揺れた。
「あ」
「なっ」
「点数は」
「ブザービーター」
「てことは勝ったのは」
「海凛!」
ドッと観客が沸く。
凍りついていた時間が解けた。
右肩を抑えたまま、俺はスコアボードを見つめた。
点数……81−82。
ああ、どうにか間に合った。
劇的な逆転勝利を演出か。
「やったか」
安堵のため息が出た。
体の芯から疲労を感じた。
もう一歩も動けそうにない。
まったく、ほんとに手こずらせてくれたよ。
試合も、あいつとの約束もな。